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生まれ変わった……
その言葉選びが、律ちゃんらしいなと思うと同時に、切なくもなった。
律ちゃんが ”生まれ変わった” と感じた理由は、”魔法” 以外に考えられないのだから。
「律ちゃん………」
「コラ。そんな顔するんじゃない」
律ちゃんは苦笑しながら私の手をぶん、と大きく振った。
「当事者の俺がポジティブに捉えてることを、わざわざマイナスに持っていかないでくれ。俺の心は俺のものなんだ。例えユキがどう思っても、俺は、魔法……当時はまだ ”魔法の元” の段階だったけど、その魔法の元が俺の中に芽生えたことに感謝していたんだから」
「感謝……?」
「そうだよ。だってそのおかげで俺は今こうしてここにいられるんだから。俺だけでなく、俺の親だって、ものすごく感謝していた。魔法にも、ユキにも」
「私に感謝なんて………そもそも事故がなければ、律ちゃんが怪我をすることもなかったのに」
「でも、さっきも言ったみたいに、あの事故がなかったとしても、俺がいつか ”魔法の元” を目覚めさせていた可能性は否定できない。それなら、あの事故で大けがを負ったタイミングでの覚醒がまさにベストだったと思わないか?そのおかげで俺は目を覚ますこともできたし、怪我からの回復も信じられないスピードだったんだ。そんな奇跡を起こしたのは他ならぬユキだろ?ユキの強い魔法の力が、俺の隔世遺伝を誘発したんだから。だったら、魔法のことを知らされた俺や俺の親がユキに感謝するのは当然だと思うけど?」
律ちゃんの話し声は落ち着いていて、何かを取り繕っている気配もない。
もっとも、律ちゃんが本気を出せば私はころっと騙されてしまうのだろうけど。
でも私は、律ちゃんの ”お願い” を聞くと決めたのだ。
律ちゃんの話に嘘がないと信じると。
私は律ちゃんの両手のひらに包まれている左手にきゅっと力を込めて言った。
「………そう…かもしれないね」
ぎこちなく笑みを作ってみせた私に、律ちゃんも「そうだよ」と笑う。
「だから、ネガティブは厳禁だ。いい?」
「………わかった」
「よし。とにかく俺は、生まれ変わった気分だった。そのあと、ユキのおじさんとおばさんと、俺の両親と、病院の先生と、それからMMMからは紫間さんが同席して、俺の身に起こったことを聞いた」
「紫間さんが?」
「そうだよ。そこで俺ははじめて魔法のことを知った。ユキの家族が魔法使いだということも、それから、ユキの魔法の力がこれまでに類を見ないほどに強いということも聞いた。ユキのおかげで俺は目を覚ますことができたし、ひどい怪我も尋常でないスピードで治ったということも、俺が魔法使いになる資格を与えられたことも知ったんだ」
それでもやっぱり、私が事故なんて起こさなければ………そう思いたい気持ちを、ぐっと振り払う。
律ちゃんは私が何も発言しないことを確かめるように少し待ってから、また話しだした。
「正直に言うと、そりゃ最初は戸惑ったよ。だって ”魔法” だろ?目が覚めて急にそんな話されても、ああそうですか、なんて納得できるわけない。さっきのユキみたいにね。でも………紫間さんが、さっきユキに見せたような魔法を俺にも見せてくれたんだ。俺の親は、俺が意識を戻す前に説明されていたみたいで、もうすっかり魔法を理解していたよ。その上で、俺が元通りに元気になれるのは魔法のおかげなんだと、心から感謝していて、俺にも、魔法使いとしてしっかり恩返しするようにと言ったんだ」
「恩返し……?」
「そうだよ。将来魔法使いとなってMMMコンサルティングで人のために働くこと、それから、ユキを守ること。このふたつこそが俺にできる恩返しだと言われた」
「私を守る?どうして?私はそのとき魔法のことも知らなかったんだよね?」
何も知らない私を、いったい何から守るというのだろう?
不思議がった私の手を律ちゃんは優しく揺らし、穏やかに答えた。
「何も知らなかったからだよ。ユキほど強い力の持ち主はいない。ユキ自身にその自覚があろうとなかろうと、魔法使いにはそれがわかってしまう。そしてさっき紫間さんの説明にもあったように、この国の魔法使いすべてがMMMコンサルティングの関係者でなければ、善人でもないんだ。ユキのおじさんやおばさんみたいに、魔法使いでありながらも魔法とは縁のない暮らしをしている人も多い。もちろんそういう人達のほとんどは善良な市民だ。だけど中には、MMMの目の届かないところで魔法を独自に習得して悪行に利用する者もいる。そういった連中にもしユキが目をつけられたりしたら、とんでもないことになる。だから一番近くにいる俺が、何も知らないユキを守る必要があったんだよ」
「とんでもないことって?」
「ユキにそのつもりがなくても、悪用のされ方次第ではどんな犯罪だって可能になるし、場合によってはこの国を支配することだってできるかもしれない」
「そんなに………?」
背筋に冷たいものが走った。
私が、そんな重要なポジションになるの?
この私が?
魔法の力が強いということが魔法の世界ではどういう扱いになるのか、或いは非魔法使いの世界にどういう影響を及ぼすのか、私はまだ全然理解が足りていないようだ。
自覚がない以上、しょうがないのかもしれないけれど、今後のためにも、律ちゃんのためにも、もっとしっかり知る必要があるだろう。
少なくとも、MMMコンサルティングに入って、魔法使いとして生きていくのであれば。
「そんなに、だよ。怖がらせたくはないけど、この際きちんと伝えておくよ。ユキの力の強さは、魔法、非魔法、どちらの世界も簡単に変えてしまえるほどのものなんだ」
「…………え?」
あまりのスケールの大きさに、きょとんとしてしまう。
そんな私を見て、律ちゃんはしょうがないな、という風に苦笑してから、やがて顔つきを厳かに整えた。
「今日はじめて魔法を知ったユキに自覚がないのは無理もないと思う。だから今日からは知っておいてほしい。―――ユキ。ユキの存在は、この世界をスイッチするんだよ。良い方にも、悪い方にも。だから、俺は、……俺達は、その世界のスイッチを守らなくちゃいけないんだ。つまり、ユキを」
律ちゃんのピンと張り詰めた言葉に、私の左手はしっとりと汗を握りはじめていた。




