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そう断言されると、返す言葉が出てこなくなってしまう。
律ちゃんがそうまで言うのなら、きっとそうなのだろう。
だって嘘をつくとかつかないとかの前に、魔法なんて想像もできなかったし、律ちゃんの働くMMMコンサルティングが魔法使いの会社だなんて思ってもみなかったのだから。
だから、律ちゃんが私に嘘をつかなきゃいけない必要性自体がなかったのだ。
「………これまではそうだったかもしれない。でも、律ちゃんが、私を守るためなら嘘も厭わないのは事実でしょ?だったら、これからの…」
「その心配はないよ。そもそも、もうユキには嘘がつけないから、大丈夫だ」
またもや私のセリフに重ねてきた律ちゃんは、ニコッと笑った。
なぜここでそんな笑顔が出てくるのか、嘘がつけないとはどういう意味なのか、私は「え……?」と訊き返した。
律ちゃんは私の手の甲の上で指先を踊らせながら言った。
「別に比喩的な表現じゃないよ」
「……どういう意味?」
「もうユキも自分が強い魔法の力を持っていることは理解しているだろう?」
私は躊躇いがちに「うん……」と答えた。
そんな自覚はまったくないけど、今ここではそう答えるのがベストだと思った。
「ということは、今後ユキは、他の魔法使いの魔法を誰よりも多く習得するだろうし、その習得速度も他とは比べ物にならないはずなんだ。今のMMMコンサルティングで一番多くの魔法を使える紫間さんだって、あっという間に超えてしまうかもしれない。そしてそれらの魔法の中には、”嘘を見抜く魔法” というものがあるんだよ」
「嘘を、見抜く……?」
律ちゃんが指先のダンスをやめ、ぽん、と私の手を包み込む。
「そうだよ。さっき紫間さんが披露した ”心の中を読む魔法” と似ているようだけど、少しだけ違う。”心の中を読む魔法” は、対象者の考えている内容を辿ることしかできないけど、”嘘を見抜く魔法” は、瞬時にそれが嘘だと判定できてしまうからね。だから、もし今ここで俺がユキにその場しのぎの嘘をついたとしても、そう遠くない未来、ユキがその気になればきっと………俺が嘘をついていたとすぐにばれてしまうはずだ。だから、そんな、どうせすぐばれる嘘なんてつかないよ。誓う」
誓う、とまで言った律ちゃんは、やっぱり嘘はついてないのだろう。
そしてこの先も、私には嘘をつかない……つけないのかもしれない。
魔法に関してまったくなにもわからない赤ん坊同然の私は、そうなのだと言われることを聞き入れるしかなかった。
けれどそれを聞き入れようとしたところで、ふと、怖くなってしまった。
「私が、律ちゃんの嘘を見抜いてしまうの………?じゃあ、いつか…………私に嘘をつける人がいなくなるっていうこと………?」
誠実でいることと、嘘をつけなくなるということはイコールではない。
私に対してのみ嘘がつけなくなるのなら、それは誠実とは言えない。
ただの強制だ。
魔法を習得した私は、律ちゃんやまわりの人達にそんな強制を敷いてしまうの?
けれど律ちゃんは丁寧に首を振った。
「あくまでもユキがその魔法を使った場合は、だよ。いくらユキでも、常に相手の嘘をチェックするなんて不可能だ。その魔法を使うためにも多くの力が必要だからね。だから通常は、これまでと何ら変わりはない。ユキがその魔法を使って確かめなければ、誰に嘘をつかれても勘以外で見抜くことないはずだ」
それを聞いて、私は湧きあがった恐怖心をどうにか振り払うことができた。
律ちゃんは私の手をしっかりと握ったまま、「でも…」と続けた。
「でも、もし遠くない未来にその魔法のせいででユキが傷付くような何ことがあったなら、そのときは俺が全力で守るよ。何があっても守る。嘘以外の方法で。だから、ともかく、今は俺の話を疑わずに聞いてほしい。優しいユキが、事故のことで自分を責めたくなるのもよくわかってる。だから俺もユキのおじさんやおばさんも、魔法のことをユキには教えなかったんだから。でも、俺が話す俺の気持ちを嘘だと決めつけてほしくない。これから話すことに嘘が混じっていると、聞きもしないうちに決めつけないでほしい。お願いだ」
律ちゃんは私の左手を持ち上げて、強く握り直した。
笑顔とは裏腹に、私にはその仕草が、まるで何かに祈るように見えてしまった。
”遠くない未来”
律ちゃんはこの短い間に何度もその言葉を口にした。
おそらく、律ちゃんの頭の中にはその未来図が思い浮かんでいるのだろう。
そして何より、律ちゃんの ”お願い” を私が拒否するなんてできるはずなかった。
「………わかった。疑ったりして、ごめんなさい」
私がそう言うと、律ちゃんは嬉しそうにホッとしたように「よかった」と破顔した。
律ちゃんは相変わらず私の左手を包んだままで、あのときのことを語りはじめた。
「あの事故のとき、俺は、無我夢中でユキを抱きしめていた。ちょうどさっきみたいに。でも、その次に記憶してるのは、病室のベッドの上にいる俺だった。病室には俺の親や、ユキのおじさんとおばさんがいて、医師や看護師もいて、それから、大泣きしてるユキもいた」
「………そうだったね」
あの事故のあと、私も律ちゃんも救急搬送されたけれど、私の方が先に意識が戻っていたのだ。
私は律ちゃんのおかげでほぼ無傷。
でも律ちゃんの意識は戻らないままで、私は泣いて泣いて泣きじゃくっていた。
検査入院中の病室を抜け出しては、毎日律ちゃんに会いにいっていた。
数日後、やっと律ちゃんの意識が戻ったときも、泣いて泣いて泣きまくっていたのだ。
でも、律ちゃんのおじさんとおばさんも泣いていたし、私のお母さんも涙ぐんでいたくらいだから、まだ子供だった私が号泣するのも当たり前だと思う。
律ちゃんのおばさんからは、何度も何度も「ありがとう」と言われた。
当時は、毎日律ちゃんの病室に来て、ずっと律ちゃんについていたことにお礼を言われているのだと思っていた。
でも、今事情を知ったあとでは、あのときのおばさんの「ありがとう」の意味が違って見えてくる。
おばさんは、魔法の力で律ちゃんが助かったと聞かされていたのだろう。
そしておそらく、あのとき私と律ちゃんが運ばれた病院も、医師も、看護師も、魔法使いのことを知っていたはずだ。
私だけが、今の今まで何も知らなかった。
「あのとき俺は……」
律ちゃんはまるで懐かしむように穏やかに言った。
「目が覚めてすぐ、今までの自分と何かが変わっていることを感じ取っていた」
「律ちゃん……」
「でもそれよりも、ユキが無事だったとわかって、心の底からホッとした。そのあと、ユキはともかく、俺の親とかユキのおばさんまでが泣いてるのを見て、めちゃくちゃ心配かけたんだなと反省した。だけど自分でもびっくりするほど体が軽くて、爽快だったんだ。まるで、生まれ変わったような気分だった」




