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どうやら医務室のあったレンガ造りのフロアは地下1階だったらしく、エレベーターの表示によるとまださらに地下階があるようだった。
MMMコンサルティング本社には今日はじめて足を踏み入れたけれど、エントランスをはじめ、一次試験を受けた部屋に移動するまでに通ったすべてが細部に至るまでモダンな印象だったので、意識が戻ったとき、医務室の雰囲気が意外だった。
でも医務室のフロアが地下だったと知り、なんだか腑に落ちた気がしていた。
もしかしたら地下フロアは昔からあるもので、地上階のみ建て直したのかもしれない……素人考えでそう結論づけたのだ。
エレベーターに乗り込むと、律ちゃんは後ろ手でフロアボタンを押した。
「正式に社員になるまでは、社員の同伴がないとエレベーターは動かないようになっているんだ。だから俺のそばを離れないで」
「うん、わかった」
律ちゃんの説明に、私は一も二もなく律ちゃんとの距離を詰めた。
「………そこまで近くなくてもいいけど」
「え?」
「いや、なんでもない」
律ちゃんがはぐらかすときは、何をどうしてもそれをひっくり返すことはできないということを、幼馴染みの私はよく知っている。
私はすぐに話題を変えることにした。
「ねえ律ちゃん、その決まりも、魔法でそう設定されているの?」
「ああそうだよ。エレベーターだけでなく、この本社に立ち入ることも、さらに言うなら、このMMMコンサルティング本社を見つけること自体、無関係の非魔法使いには不可能だ」
「それも魔法?」
「ああ。今日は入社試験があるから、一時的にその設定は緩められているけど、それでも魔法の元を持っていない非魔法使いには本社ビルを見つけることは難しいだろうね」
「じゃあ、一次試験を通らなかった人達も、魔法の元自体は持っていたんだ?……そっか、魔法の設定がされた広告を見て今日集まったわけだから、まったく魔法の元がないわけじゃないんだ……」
律ちゃんに投げかけた疑問を自分で回収した私に、律ちゃんはふわりと笑う。
「………なに?」
「いや、すっかり魔法を受け入れているんだなと思って」
笑みを広げる律ちゃん。
その笑顔に、ふいにドキリとした。
幼い頃からずっとそばにいたので、こうやって至近距離で見るのも別に珍しいわけじゃないけれど、今日の律ちゃんはスーツ姿で、しかもここは律ちゃんが普段働いているオフィスで………憧れの人のいつもと違う姿に動揺しても仕方ないだろう。
私は自分から近寄ったくせに、そっと、心持ちばかり離れながら返事した。
「さすがに、あれだけ色々あったら受け入れなきゃ逆に不自然だと思うけど」
「それもそうか」
「あ、でも律ちゃん!」
「うん?」
「さっき紫間さんにもお願いしたけど、勝手に私の心を読んだりしないでね?」
律ちゃんは笑顔をふと止め
「もちろんだよ。約束する」
怖いぐらいまっすぐに言った。
「なら、よかった」
律ちゃんなら心配いらないとわかっているけれど。
やがて、エレベーターは他の乗客を迎えることなく、律ちゃんのオフィスのあるフロアに停止した。
「こっちだよ」
律ちゃんに案内されるまま、毎日律ちゃんが過ごしているオフィスにはじめて足を踏み入れた。
地上フロアのモダンな雰囲気をさらにスタイリッシュにしたような部屋で、廊下からは想像つかないほどに広い。
床はフローリングになっており、扉を入ってすぐソファセットが置かれていて、その奥はガラスの黒格子間仕切りが設置されている。
間仕切りの向こうは大きなデスク、デスクと向かい合うように二脚のソファ、右側に天井までの壁面本棚、左側には天井から膝下ほどまでのガラス窓になっていて、高層階らしい景色が広がっているようだ。
「すごい………おしゃれなオフィス」
思わず素直な感想がこぼれていた。
「ありがとう。奥に行こうか」
律ちゃんは仕切りのガラス扉を押して開くと、「好きな方に座って」と言いながら、デスクの方にまわって、引き出しから何かを取り出していた。
私は指示に従い、手前のソファに浅く腰掛けて律ちゃんを待った。
律ちゃんはすぐに戻ってくると、手にしていたものをスッと私に差し出した。
「これは……?」
白い洋封筒だ。宛名は何も書かれていない。
不思議に思いながらも私が封筒を受け取ると、律ちゃんはデスクに腰をもたれさせた。
「俺の話を聞く前に、この手紙を読んでほしい」
「手紙……?」
封筒なのだから、手紙だということはわかっているけれど………
釈然としない私に、律ちゃんが端的に補足したのだった。
「ユキのおじさんとおばさんからだよ」
「――っ!?」
私は急いで封筒をひっくり返したけれど、差出人は書かれていなかった。
「さっき紫間さんの話を聞いて、ユキももう薄々は気付いてるんだろう?」
私は手紙から律ちゃんに視線を上げる。
目が合って、心臓が大きく震える。
「…………何を?」
確信が持てずに訊いてしまった私へ、律ちゃんが躊躇いなく明確な返事を告げた。
「ユキのおじさんとおばさんも、魔法使いだということを」
心臓が、さらに大きく震えた。
私は、とうとう聞いてしまった………という、ショックとも驚きとも違うような感情に巻き込まれはじめた。
…………そんな気はしていたんだ。
父も母も、実年齢よりもずっとずっと若く見えるから。
お父さんとお母さんだけじゃない、お祖母ちゃん、お祖父ちゃん達も…………
「………つまり私は、魔法使い一族…………ということ?」
恐々と、律ちゃんの様子をうかがうように問うと、律ちゃんは私がじゅうぶんに心を落ち着かせるだけの間を置いてから
「ああ、そうだよ。ユキは、魔法使い一族の生まれだ」
言葉のひとつひとつを丁寧に、慎重に、そして慈しむように告げたのだった。




