第四六話 焼き払われた希望
ザバァーン
ザバァーン
「おいっ。あれを見ろ! まさか……信じられん。本当に辿りつけただなんて」
初めに船内へ響いたのは、船の見張り台で進行方向の指示を行っていた航湖士の声であった。
「あれが、幻精ノ森か……なんと美しい……」
数日間の船旅を経て、森へ到着したことに兵士らは歓喜した。幾日も続いた長い夜が更けたのである。
「あの船は……皆が乗っていたものだ……!」
フィンは浜辺にある船を指差し言った。その声に、船内にいるすべての者が反応し、彼の指す方へと目線を向けた。
軍船は、浜辺から少しは離れた位置に着岸した。
ステラたちの乗っていた船へと歩いて向かうまでのあいだ、言葉を発する者はおらず、若干の緊張を孕んだ空気が漂っていた。
「クルヴス! ポニー! ステラ! !」
「ステラ王女様! お助けに参りました! カイザーにございます!」
フィンや将軍が声を張りあげても、船内から返事が返ってくることはなかった。そのため、即座に将軍が兵士たちを船の調査に向かわせる。
しばらく時間がたった。兵士たちは入念に調査を行っているのか、一向に戻ってこない。
フィンは痺れを切らし船内へ向かおうとしたが、なにかあってはとナスヴィッターに呼びとめられていた。
そうこうしているうちに、兵士のうちの一人が血相を変えながら戻ってきた。
「やはり、ステラ王女様は船内にいませんでした。それと……申しあげにくいのですが……」
「なんだ……。申してみろ」
「船内には生きている人間はいませんでしたが、首のない男の遺体がありました……」
兵士の報告を聞きながら、フィンはさっと血の気が引いていくのがわかった。
兵士の報告を聞き受けた将軍は、少し眉間にシワを寄せながら周りの兵士たちに向かって言った。
「森の奥へ進むほかないようだな。軍団兵! 速やかに整列せよ!」
「はっ!」
将軍の声を聞き、兵士たちが瞬く間に隊列を整える。
「これより、森の奥へと進む。状況から察するに、一刻の猶予もないやもしれぬ。みな臨戦態勢で向かうように」
一行がしばらく森の奥へと進んでいると、一帯がまっ黒に燃えつくされた集落が現れた。黒焦げの建物に、かろうじて立っている木々は数本の枝だけが残った状態でまっ黒な炭と化している。
また、注意深く見れば、なにか人ならざぬ存在が暴れていたとしか考えられないほど、巨大な爪痕や妙に赤黒く変色した草花があった。
「いったいこの場所でなにがあったんだ……」
引きつづき周囲を警戒しながら集落の調査を行っていると、焼け地と森の境界に生えた巨大な木々の下に、大きな窪みが見えた。近くへ寄ってみると一段下がったところに鉄格子の檻があった。
「こ……これは……!」
それは目を覆いたくなるような光景であった。
檻の中はびっしり埋めつくすほどに無数の人骨が散らばっていたのだ。また、骨の大半は原型を保っておらず、中には折れたり粉々に砕けたりしているものもあった。
「これはあまりに強大ななにかに襲われた跡のようだな。この骸がフィンの仲間のものであるならば、このどこかで王女様も……」
フィンは鉄格子を蹴りとばし、檻の中へと入った。その衝撃で、粉々に砕けちっていた人骨が粉塵のように空気中を舞う。
そんななか、彼は異様な形をした人骨に目が止まり、屈んで手に取った。それは彼にとって見覚えのあるものであった。
「これは……ルカが持ち歩いていた羽筆の一部……。なんでこんな所に……」
それは一部が折れて損失した鉄の羽であった。
「そのルカという者は仲間だったのか?」
「そうです。ルカは周囲に馴染めず、心を許すのは僕を含め三人だけでした。その内の一人は人当たりの良いステラ王女様で……ルカがステラ王女様の傍にいた可能性は高いです……!」
将軍は動揺し、倒れこんだ。
「将軍! 将軍! お気を確かに!」
将軍はエミルに支えられながら、窪みの外へと出ていった。
フィンは側に残った兵士たちの目もはばからずに、地面に両ひざをつき、声を荒らげた。
「ステラァァァ! クルヴスッッッ! ポニーィィ! 皆ぁ……!」
外では将軍が水を飲み、正気を保とうとしていた。
「儂はステラ王女様をお助けできなかった。この命に変えてでも守ると誓った御子を、守れなかった……」
悲嘆にくれる将軍に代わり、副官のエミルは兵士たちを整列させていた。ステラが死んだ可能性が高い今、森に滞在する理由はない。
彼には、感情よりも役目を優先するところがある。それはある意味冷酷だが、その事務的なところは、責任感の現れでもあった。
「将軍、号令を下してください。撤退するのです」
「フィンは檻から連れもどしたか……?」
「はい、ハンナがすでに。準備万端であります」
「そうか……」
将軍が王より賜った兵権である剣を鞘から抜き、撤退の号令をかけようとしたそのとき。
巨大な鳥が数匹上空に現れたかと思うと、鳥たちは旋回しながら、足で鷲掴みにしていた岩の破片を兵士らの頭上目がけて落下させた。
「まずい……軍団兵! 亀甲隊形!」
将軍の命令に兵士らは反応し、盾を頭上に構えながら、盾の隙間をなくすように固まった。亀の甲羅のように集合した盾の上に、岩が容赦なく降り落ちてくる。
「将軍! 撤退の命令を!」
「あれは……ハイペリオンか……! えぇい、交戦はせずこのままの隊形で撤退せよ!」
「撤退のラッパを鳴らせ!」
兵士は撤退ラッパを聞き、ノロノロと軍船まで進んでいった。その間も、ハイペリオンからの攻撃がやむことはなかった。




