第四五話 運命の旅路
ガタッガタガタッガタ
物資を載せた馬車が次々とヴィンドミナの街を離れ、港へと向かっていた。
「船の出港まであまり時間はない。将軍がご到着されるまで急いで準備を済ませるぞ」
出港準備の指揮を任されたエミルは、一足先に港を訪れていた。
国王の勅令を受け、ルドルフ・カイザー将軍率いる一行は、森へ向かうための準備を行っているところであった。
昼食を食べおえたフィンは、ナスヴェッターが手配した馬車に一人で乗っていた。その解放感に浸りながらも、彼は港へ到着するまでのあいだ、外を眺めていた。
国王の認可を得て、フィンは捕虜の身分から一転、国賓扱いであった。
「こんなにも悠々と空を突き刺すような建物を初めて見た。父さんが言ってたゴシック建築ってやつか……。美しい」
ため息をつくほどの感慨に浸りながら、彼は呟いた。
「君はこんなにも活気に満ちた街で、たくさんの笑顔に囲まれて育ったんだね……。明るい表情を見せてくれてはいたけど、本当はこの場所に帰りたかったのだろうと、この国の人々を見て……感じずにはいられないよ……。待っていてくれ……もうすぐだから」
少しすると雨が降りだした。馬車の外には鎧を着た兵士たちがいるが、きっと湿気に蒸し暑さを感じていることだろう。しかし、彼らは文句一つ言わず、黙々と馬車を囲みながら進むのであった。
二度と会えないと思っていたみんなに会える。フィンは、その機会がこんなにも早く訪れたことに感謝しながら、この数日間にあった貴重な体験をみんなにどう話そうか考えこんでいた。
キーーッ ガタン
馬車が止まったかと思うと、扉が開き、港へ先に着いていたナスヴェッターが声をかけてきた。
「さぁ港に着いたぞ。急げ、もうすぐ夕暮れだ」
巨大な軍船が二隻、帆を広げ、追い風を受けて森へと進む。
気がつけば雨はやんでいた。順風満帆な船出は、幸先の良い旅路を予感させるようであった。
「将軍。幼いころ、兄のエミルが言っていました。ヴァール湖の沖合いには、南方より生まれた怪物がいると……もちろん子供だましのおとぎ話だと思っています。しかし……漁師たちもみんな、沖合いでは漁をしないとか……」
「無論、承知しておる。その怪物オッドフィーラーが実在することもな……」
「まさか……じっ……実在するのですか?」
「あぁ、そうだ……」
そう言うと将軍は、追従していたもう一隻の船に合図を送ったのち、船内の乗組員へ告げた。
「皆に命ず! 松明を掲げ、船を照らすのだ!」
ハンナは怯えていた。兵士たちもまた将軍の命令の意図を理解できず困惑していた。
すると次の瞬間、望遠鏡を眺める偵察兵が声を上げた。
「ん? 西の方角に……な、なんだあのかっ……怪物は!」
慌てふためく兵士たちをよそ目に、将軍は厳しい表情を浮かべながらも動揺は見せず、兵士たちの緊張をほぐすべく威風堂々と立ちふるまった。
「将軍、引きかえしましょう。襲われればひとたまりもありま……」
「その必要はない。このまま進軍する!」
「し、しかし!」
「船は安全だ。不安から来る軽挙妄動が逆に危険を招く。命令を厳守しろ!」
「御意に従います……ですが教えてください。この松明の火とあの怪物になにか関係があるのですか……?」
「大アリだ。船を止めるでないぞ! 夜を明かす時間さえも惜しく船を出したが、今宵は天候が安定せぬ……」
ポツッ……ポツッ
悪いことは続くもので、まるで彼らを嘲わらうかのように、先ほどまでやんでいた雨が降りはじめた。次第に強まっていく雨と吹きあれる風で、松明が一つまた一つと掻きけされていく。
「まずいわ……松明が!」
気づいたときにはもう遅く、船は一瞬にして光を失った。船は夜の闇に溶けこみ、雨風で周囲の音が聞こえにくい状況は恐怖心を増長させた。
ザバァーン
遠くの方で、巨大な一本の触手が水面から現れ、水面を叩いた。それによって生じた巨大な波が船を揺らす。
「……船体に捕まるのだ!」
オッドフィーラーは触手をうねらせながら、二隻あるうちの一隻に狙いを定め、徐々に軍船と距離を詰めていた。それによって生じた波紋が船を大きく揺らす。
「弓兵! 弓を放て!」
エミルは懸命にも指示を出した。
兵士たちは合図を受け、次々と弓を放った。そして、放たれた矢はオッドフィーラーのブヨブヨとした触手に命中した。
「チッ。まったく効いていないな」
「ナスヴェッター様! 怪物が襲ってきます!」
兵士がそう叫んだのとほぼ同時に無数の矢が刺さった触手は、エミルたちが乗る軍船の真横の水面を叩きつけた。
バァーーーン
船の周囲に波が立ち、船はその波に巻きこまれる。それにより船はバランスを崩し、今にも横転寸前であった。
「お兄様!」
「ハンナ! 儂から離れるでない! こちらが襲われんとも限らぬ! 中心に寄るのだ!」
先をいく将軍たちの軍船にもその余波は伝わり、船は大きく揺れていた。
エミルの軍船が荒波に耐えきれず横転する寸前、触手は再び軍船の横の水面を叩きつけた。
ザバァーン
それにより軍船はバランスを立てなおすも、波の勢いに耐えきれず、酷く鈍い音を立てながら船艦に亀裂が入った。
「ナスヴェッター様! 船は半壊しております!」
「数名の兵士が湖に飛びこみ逃亡した模様!」
「やむを得ん……小舟を出せ! 兵士を速やかに船から下ろすのだ!」
我先にと小舟に乗りこむ者や、小船に乗れずに湖へ飛びこむ者たち。統率は乱れ、その様子を楽しみ、弄ぶかのように、オッドフィーラーは軍船のそばで暴れまわっていた。
エミルが小舟に乗り、先をいく将軍たちの軍船へ辿りついたころには、先ほどまで彼の乗っていた軍船は跡形もなく破壊され、湖の中へと引きずり込まれていた。
「エミルは無事だ……落ちつけハンナ。それよりも……あの触手を遠ざけねばならぬが……考えておった火矢もこの雨のせいで使えぬ」
「どうなさるのですか将軍! 雨は強くなるばかりです!」
「落ちつくのだ……。儂には分かる。儂らを照らす光が……光が……あるはずなのじゃ……!」
触手は軍船の一つを沈めたことで飽きたのか、残り一隻となった軍船目がけて、一瞬でトドメをさすかのようにいくつもの触手を湖から伸ばした。一網打尽にするつもりのようである。
触手はたちまち船を取り囲み、鋭く尖った先端を船内へと向ける。絶体絶命となったルーダン兵たち。
湖に浮かぶのはひときわ不気味に輝く、巨大で迸った赤い目。その目を見た大半の者たちは、恐怖で固まってしまっていた。
そんななかフィンは、なぜだかうわの空であった。誰もが自身の最期を想像しているなか、彼はみんなのことを思いうかべていた。彼は周囲で吹きあれている雨風さえも感じていなかったのだ。
「皆もこんな目にあったのか……。頼む、森に辿り着いていてくれ……! この湖の中で溺れていないと僕に教えてくれ……! 皆が居なきゃもう……もう……生きていても仕方ないじゃないか!」
目を瞑り願うように呟いた。
「ほら……皆……生きているのなら、僕を照らしてくれ……!」
すると次の瞬間、轟音とともに一縷の雷が落ちた。巨大なその雷は、天空より差しこむ聖なる剣のように、オッドフィーラーを貫いた。
ギョェァーーァーー
超音波のような鳴き声をあげながらオッドフィーラーは暴れだした。それはさながら、おとぎ話に聞く、聖なるものに焼かれ苦しむ悪魔のようであった。
雲の隙間から暁が差しこむ。逃げるように湖の深くへ沈むオッドフィーラーをよそに、将軍は言った。
「雷という光が……我らを照らしたということか。なんとも摩訶不思議だ」




