第四七話 森の奥で
ステラたちが森の探索に出たんあと、ファリドは子供たちを上手くまとめようと悪戦苦闘していた。
幸いにもサリーフの行った集団訓練により、多少の規律は守られていた。
しかし、子供たちは周囲の様々なことに興味を示し、各々がバラバラに行動するため、日中は子供たちが森へ入らないよう目を光らせるのに必死であった。
一方で、食べ物や飲み物は船にあるため、休憩に帰ってきた子供たちを船内に留めることで、行方不明者が出るという事態だけは避けられていた。
「ルカのやつがいなくなってから、なーんか気が楽だよねぇ〜」
「それね! あいつなんかイヤだよね〜」
ふとしたとき、子供たちは仲間の悪口を言っていた。ファリドは悪口をやめるように言おうと思ったが、その言葉を発することはなく、飲みこんだ。
というのも、彼もどこか同意してしまっていたのだ。ルカという男は不思議な男で、考えていることが読めず、関わりにくい印象であった。
「ルカってなんかヘンな顔してるよね。なじまないっていうかさぁ」
ファリドは自分が思っていることを素直に吐きだした。しかしそれが悪口になっていると気づき、少し恥ずかしくなり黙りこんだ。
それから数時間が経った。その日の夜も、探索にでた年長者たちが帰ってくることはなかった。彼らが森へ探索に出かけてから二日が経っており、ファリドは、彼らの身になにか起こったのではないかと胸騒ぎがしていた。
このままではいけないと思いながらも、小心者で傷つきやすい彼は、年長者たちの後を追い、捜索に出るという勇気は出せずにいた。
年端もいかない自分たちが、まったく地形も分からない森へ入る。この行為がいかに危険か、冷静に考えれば分かるからである。
船旅の途中、ステラから森についての物語などを聞かされてはいたが、彼らにとっては、森は得体の知れない場所にすぎない。
フィンの理想に共感しついてきた子供たちは、森に憧れを抱いているが、たくさんの本を読みあさっていたステラと違い、森がどんな場所かなど大して想像もできていなかったのである。
アンカラのような常に死と隣りあわせの町で育ってきた彼らにとって未知の森というのは、当然ながら警戒すべき対象であり、現状維持という選択がもっとも安全だと感じるのも無理はなかった。
しかし、一方で食料や飲み水が尽きかけているのもまた事実であった。
「みんなどうして帰ってこないんだよ……ボクにどうしろって言うんだよ……せめて、お姉ちゃんだけでも残ってくれるようお願いすればよかった……」
ファリドは気は進まなかったが、状況から判断して、生きるためにはもう森へ入る他ないと感じていた。
「みんな……話を聞いてくれ。これから大事な話をする……!」
彼は意を決して、全員にうち明けた。
年長者たちの身に不測の事態が起きている可能性があり、助けが必要かもしれないということ。また、このままでは食料や飲み水が底を突き餓死してしまうため、この場所から外へ出て森に入る必要があり、そのために勇気を出さねばならないのだと、彼は伝えた。
気がつけば、彼は声が震えていた。子供たちへの説明に夢中になりながらも、未来を受けいれるということに無意識に恐れを抱いていたのだ。
それに気づいた子供たちは、彼を励ますように、森へ探索に向かうことに同意した。
「冒険だね! ファリド!」
「森にも蚊っているのかな~!」
「みんな~ファリドくんの言うこと聞かなきゃだめだぞ!」
翌日、子供たちはファリドを先頭に鬱々とした森の中へと入っていくのであった。
「もう! いま足ふんだでしょ!」
彼らは互いに肩が触れあうほどに近づきながら、誘う森の中へと一歩一歩足を踏みいれていく。
しばらく歩くと、数匹の蝶が舞うように空を飛んでいるのが見えた。色鮮やかな蝶の羽は、木漏れ日の中で透きとおるように光り、宙を舞う埃は蝶が通ったあとを追うように七色に輝いていた。その場所まで行くと、蝶は子供たちの周りをゆっくりと回りながら森の奥へと誘うように羽ばたきはじめた。
「チョウチョさんまって~!」
「コラ~! 勝手に行くなよ」
誰が言いだしたのか、いつの間にか彼らは蝶に着いていくことになった。
蝶に魅せられた彼らは、子供らしい無限の体力で、どこまでも蝶を追いかけた。白日の下、子供らしく森の中を駆けまわる。
無邪気にはしゃいでいると、ファリドの気持ちも少しづつ晴れていった。
しかし、それはまだ子供であり器用でない彼にとって、警戒心すらも失うという諸刃の剣であった。
気づけば、森の奥まで来たためか、あたりは薄暗くなっていた。視線を空へと向けると、空は木々でびっしりと覆いつくされており、木漏れ日すらなかった。
「なんか怖くなってきたよ……」
子供たちの中に泣きだす者も出てきた。そのときであった。
子供たちの周りを囲うように舞っていた蝶が眩く光りだした。
全身の模様に沿って、赤、青、黄、緑、紫、白といったふうに光りだす。辺りはさながら虹やオーロラのように、美しく彩られていた。
先ほどまで不安で泣いていた子もいつのまにか泣きやみ、その場にいるすべての者がその光景に見惚れていた。
ファリドは、まるで自分たちの不安を払拭してくれているようだと、そんな風に感じながら蝶に見惚れていた。
少しすると蝶は列をなし、少し先へと進んでいった。
すると、その先の闇から、蝶とともに人影が現れた。
その人物は蝶に囲まれ照らされながら現れたため、子供たちはただ神々しく照らされたその姿を眺めることしかできなかった。
その人物は先頭にいたファリドの側まで来ると、口を開いた。声で初めて気づいたが、それは女性であった。
「森へようこそ……坊やたちどこから来たの?」
その声は優しかった。
「あ、いや……あの……」
「困っているようね……行く宛がないなら……私らの集落まで案内しましょうか?」
ファリドは本来の自分なら今にも怯えだし、警戒心を強めるはずなのに、なぜだかそうならないことに違和感を覚えていた。
そこには包みこまれるような安心感があり、美しい光景も相まってか、気持ちもどこか高揚していた。
ファリドは言った。
「すみません……ボクはファリドと言います。……できればお願いします。……本当は見ず知らずのあなたに頼んでいい話ではないんですが……」
「おや……なにやら事情がありそうな面持ちね。理由を聞かせておくんなんし」
妖艶な空気をまといながら、女性は言った。
ファリドは彼女にこの二日間の出来事を説明した。
「子供たちをここに置かせてください。暗いところに怖がるような子供たちです……ボクも怖いけど、ボクにはらなければならないことがあるので……!」
女性は表情を変えずに、ただ頷いた。
「真面目な子ね……行ってらっしゃい。子供たちは私に預けて行くでありんす……」
立ちさろうとするファリドを、女性は呼びとめた。
「この蝶を一匹、お供にして行くでありんす……」
女性がそう言って手の平に息を吹きかけると、一匹の蝶がファリドの頭の上へと舞いおりて、それから彼を導くように、元きた道の方へと羽ばたいていった。




