第三六話 暗闇の中の死闘
★★★~ヴァール湖~★★★
翌朝、子供たちはサリーフの指揮のもと、食料問題を解決するために釣りや漁をおこなっていた。また、釣竿の本数は限られていたため、そのほとんどが湖に飛びこんでは、剣や網で魚を捕まえようとしていた。
「寒くないのかねぇ……たくましいこった」
「彼らは楽しんでますよハッシュさん」
「世の中もっと楽しいことあるのに……」
船内にある物資の探索は引きつづき、ポニーとクルヴスがおこなっていた。
「ポニー、僕たちはこのあとどうすればいいんだろうか」
「この場所を終えたら次は向こうの棚を……」
「そうじゃなくてさ」
振りかえったポニーを見つめ、クルヴスは話しはじめた。
「フィンがいたから僕たちは国を抜けだすことができた……。そして今は森へ向かっている。でもその先は……? 森へ辿りついたら……?」
クルヴスは深刻な顔でつづける。
「今まではフィンがすべての決断の責任を背負ってくれていた。だから僕たちは迷わずにいられた」
ポニーは相槌を打ちながら言葉を返す。
「あたしもずっとそのことを考えていたよ。森へ辿りついたあとのこと」
「最初に打ち明けられた日にフィンが言っていたことだね?」
「あぁ、そうさ。わたしたちだけで生きていけるように、生活の基盤を作らなくちゃいけない」
「フィンはそれがもっとも大変だって言ってたね……。ねぇポニー」
「なに?」
「僕たちには、フィンのようにみんなを上手くまとめられる存在が必要だ……。僕はね、ポニー。君が適任だと思っている」
ポニーは首を横に振りながら答える。
「クルヴス……。あたしには無理だよ。誰もフィンの代わりは務まらない。でも……」
「でも?」
「役割を分けたらなんとかなるかもね?」
「……そうだね。それが良いのかもしれないね。一息ついたらみんなを集めて話しあおう」
湖の水平線に日が沈もうとするなか、ルスランは、昨夜見た怪物のことを思いだしていた。怪物の巨体とそのまがまがしい赤い目を思い浮かべるだけで背筋が寒くなる。
「うっ……考えるだけで身震いする……。でも、大丈夫。こいつが守ってくれる」
ルスランは、ふと近くに吊るされたままのラクスムーンに触れた。
ボロッ
彼が触れると、球体は砂のように崩れさった。
「えっ……?」
突然の出来事に頭がまっ白になった彼は、しばらくのあいだ、呆然と立ちつくしていた。次第に船内がラクスムーンの明かりで満ちていく。
「ルスラン! ルスラン!」
ふと我に返ると、ヌライが呼んでいた。
「どうしたの? 顔色悪いよ?」
「こうしちゃいられない! ハッシュさん!」
ヌライの呼びかけを無視したまま、ルスランはハッシュのいる操縦室へと急いだ。
ルスランがもう少しで、操縦室へ着こうかというとき。
「ハッシュさ」
ギギギィーー
鈍い音とともに船体が揺れたため、ルスランは体勢を崩し床に倒れた。
「ちっ、ミスっちまったー。ここまでは良かったのに。クソッ」
船が揺れると同時に船内に吊るしてあったラクスムーンが次々と粉々に崩れていった。
「どっ、どうなってんだルスラン?」
「今それについて話そうとしていたところだったんです!」
ルスランは起きあがりながら答えた。そして、みんなに聞こえるように、精一杯声を張りあげた。
「みんな! 壊れていないラクスムーンを紐から解いて、手に持って! これ以上壊れたら危険なんだ!」
「そうだ! ほら! 急いで!」
少し前に甲板へ戻ってきていたポニーが、血相を変えて焦るルスランとハッシュに尋ねる。
「どうしたの? なにか問題があるの?」
「それは……」
ルスランはポニーへ、昨日ハッシュと見つけた一つ目の怪物、オッドフィーラーについて話した。
「なんで、言わずに黙っていたの?」
「わりぃー。船内がパニックになるから黙ってろと俺が言ったんだ。危険はないと思っていたから」
「ルスラン! 全部集めてきたよ! 崩れていないのは全部で一三個だった」
「ありがとうヌライ。一三個か……」
日没と同時に、彼らの穏やかで賑やかな一時は終わりを告げた。耳をつんざくような咆哮が夜の湖に響きわたる。
停泊した船内に緊張が走った。
次の瞬間、水面に水飛沫が上がったかと思うと、黒々とした触手が湖の中から現れた。
触手は空に向かって勢いよく伸びていき、湖に一本だけ直立したその光景は異様なものであった。
シュルルルル
空高く伸びきったかと思うと、鋭く尖った先端を船へと向け、物凄い勢いで迫ってきた。
「帆柱から離れろ! !」
子供たちはサリーフの声に反応し船の端へと散らばった。
サリーフの声にいち早く反応したヌライは、その場で蹲り、恐怖から目を瞑っていた。
しばらくたっても衝撃が伝わってこないことに違和感を感じた彼女は、恐る恐る目を開けた。
ギュルルルルルル
彼女が帆柱へと目を向けると、緑色でぶにょぶにょとした触手がとぐろをまき、絡みついていた。
「サリーフ! !」
「あぁ、分かっている。でも、それだけじゃない」
サリーフは周囲を見わたし、言葉をつづけた。
「……この音が聞こえるか? いつの間にか船の全方位が囲まれている」
サリーフの言葉どおり、次第に船の側面から触手が現れ、船はみしみしと音をたてだした。
「お……お姉ちゃん。うしろ……」
震えながら叫ぶファリドの声を聞き、トゥヴァは恐る恐るうしろを振りかえった。
「……」
彼女がうしろを振りかえると、湖の中からゆっくりと、怪物の頭が現れた。
怪物の顔は腐ったように爛れており、口は氷柱のような牙で覆われていた。また、顔の中央には一つだけ、まっ赤な目が爛々(らんらん)と輝いていた。
「明かりはあるのに、どうして……」




