第二五話 眺望
ΦΦΦ~ジン王国 湖岸沿いの古民家~ΦΦΦ
フィンは腕を組み、真剣な眼差しで前方を見つめていた。その目線の先にはサリーフと、その指示で動く子供たちがいた。
「隊列を乱すな! 構え! 中段! 匍匐!」
サリーフの野太い怒号が庭中に響き渡る。サリーフは見事に飴と鞭を使いわけ、集団でも規律のある行動を取れるよう子供たちをまとめあげていた。その姿を見て納得がいったフィンは、家の中へと戻った。
「フィン! 頼まれていたやつだけど、ようやく完成したよ」
フィンの姿を見るや否やクルヴスが声をかけてきた。彼は、フィンに一枚の紙を手渡した。
「凄い完成度だな……建物の位置や駐屯地の構造まで正確に描いてる……。想像以上だ」
それは、フィンがクルヴスに頼んでいたエディルネとその周辺の地図であった。また、地図には名称のみならず、ポニーが収集してきた情報なども、ルスランによって事細かに書きしるされていた。
「君から学んだ知識も活用して、距離や大きさにも注意を払ったんだ。それと……実は二枚作ったんだ。これさえあれば、必ず後続の者が生まれるはずだよ」
「これを二枚もかい? 凄まじいな……」
フィンは驚きを隠せない様子であった。
「それにしても、ルスランが記す説明はとても分かりやすいね。字も綺麗で読みやすいし」
「クルヴスさんやポニーさんに教わったことを、いざ書こうとしたら、まとまらなくなってしまって……それで、フィンさんならどう説明するかって考えたんです。フィンさんに成りきって書いていたら、分かりやすくて無駄のない説明を書くことができました」
「凄いな……ルスラン!」
「僕が凄いのではないです。フィンさんが凄いのです!」
フィンはニヤつくような笑顔を見せて、ルスランの肩を叩いた。フィンはこの二週間で十分すぎる成長を遂げたルスランやサリーフを見て、幾何かの不安が解消され、国外脱出成功への希望を見いだせるようになっていた。
彼は内に希望を秘めながら、一人、隣の部屋へと向かった。
縁側に出ると爽やかな春風が頬をかすめた。
厳しい冬を乗りこえ、葉が芽吹き、やがて花が咲きはじめる。命あるものが健やかに生を謳歌する華やかなりし季節。春の訪れを告げる東風は、緑をまとう木々を揺らしていった。
狂気と理不尽に満ちたアンカラで唯一、なんの悪意もなく歓びの声を上げる純真無垢な木々の笑い声に、フィンは心を洗われた気持ちになった。
彼は縁側へ腰を下ろし呟いた。
「南の方では、桜が咲いている頃か……」
そして、ゆっくりと目を瞑り、無心になる。
しばらく目を瞑っていると、背後に気配を感じたため、振りかえった。
「邪魔したかい、フィン」
それはポニーであった。
「いいや……居てくれた方が良い。アンカラで迎える最後の春だ。もう二度と体験することはない、故郷での春だ……。……そうだ、トゥヴァからなにか返事はあった?」
「ないよ……。でも途中でエディルネに寄るんだし、そのときに考えが分かるわ」
「そうだね。いよいよ明日だ。僕たちはやり遂げなくちゃいけない」
翌日、フィンは子供たち全員を裏庭に集めた。
「サリーフ!」
「はい!」
サリーフがフィンの許へ駆けよってくる。
「打ち合わせ通りに、全体を数人ずつの班に分け町から出すんだ。怪しまれないようにね」
「はい。各班を率いるまとめ役もすでに選定し、訓練してあります!」
「先日ギョクハンの包囲を切り抜けてきたヌライも纏め役かい?」
「無論そうです!」
「良い判断だと思う。信頼してるぞ。じゃあ……エディルネで会おう」
フィンは、ルスランとステラを連れ、三人で出発した。行き先は、貨物馬車の乗車場である。
「ステラ、ルスラン。訓練の成果を見せてくれ! 振り落とされないでくれよ!」
三人は貨物馬車へしがみついた。ルスランは華奢ながらも、フィンの期待に応えるべく必死にしがみついていた。懸架装置のない馬車の衝撃は、想像を絶するものがある。
「ダメ……もう指が離れそう……!」
「ステラさん! 諦めないで!」
ステラの真横にいたルスランがとっさにステラの腕を掴む。ともに王城の偵察をおこなったこともあり、二人のあいだには信頼関係が生まれていた。
「もうすぐエディルネです! さぁ荷台を掴んで!」
「……諦めないわ!」
やがて貨物馬車は、エディルネとアンカラのあいだにある高原へと差しかかり、少し速度が緩やかになった。すると、ルスランが後方を示しながらステラに言った。
「うしろをご覧になって!」
うしろを振りかえったステラは、遠くアンカラの南方に、桃色の景色が広がっていることに気づいた。彼女はその光景を見て目頭が熱くなった。
(やっと観ることができた……それにこんなにもたくさん咲いているだなんて……綺麗だわ!)
彼女は一面に広がる満開の桜を目に焼きつけながら、しばらく感慨深い気持ちに浸っていた。




