第二六話 イフサンの決断
「ヌライが発ってからもう良いころあいだ……。……注目!」
サリーフの一声で、裏庭に残っていた子供たちは一斉に背筋を正し、彼に注目した。
彼らはこの二週間で、統制のとれた一つの集団といえるまでに成長していた。サリーフは子供たち一人一人の生き生きとした表情を見て、感慨深いものがあった。
「この二週間……この日のために……自分たちは辛い訓練を耐えぬいてきたんだ! それを忘れるな!」
彼の放った言葉の熱は、それを聴いていた子供たちにも確かに伝わっており、中には感極まって涙を流す者もいた。
午後四時ごろ、第六班目である最終班を率いるサリーフは、数人の子供たちを連れて乗車場へと向かっていた。彼が率いているのは、最年少の子供たちであり、その中にはあのファリドもいた。
ゴォーーーッ
ガッガッガ
ゴォーーーッ
唸るような轟音をたてながら貨物馬車が目の前を走りぬけていく。そんな貨物馬車を目の前にして子供たちは怯えて足がすくんでいた。
「ファリドは乗ったことあるんだろう?」
「はい……でも、そのときより早くて大きい気がします」
「日暮れ間近で最終便だから、馬車が大きくなるんだよ。でも、その代わり掴まりながら座ることができる。乗車さえできれば一番安全だ」
ファリドが以前ポニーとともに乗車していた貨物馬車は、情報屋であるポニーが激選したものであった。その馬車は主に、各所の村へ食料品や生活用品などを届ける役割を担っているため、一日に一往復しか運行されない。また、道中での停車回数が多く、移動速度も比較的遅いため、まだ力のついていないファリドに配慮したものであった。
今回、第六班が乗る大型の貨物馬車は、数十頭の馬が馬車を牽引しており、その日アンカラ鉱山で取れた鉱物資源などを積載している。そのため、その比重に耐えるべく馬車の作りも頑丈であり、重量もあることから、アンカラからエディルネまで、一度も停車することなく運行されていた。
「これまで訓練を耐えぬいてきた自分を信じるんだ。さぁ行け!」
サリーフの指示で子供たちは貨物馬車に飛びのった。馬車の速度に怯えていた子供たちであったが、これまで一度も弱音をはかずにみんなを引っぱってきたサリーフの存在が、彼らの背中を押していた。
脱出へ向けてベクトルを重ねあう子供たちの中には確かな信頼関係が芽ばえており、互いを支えることで、彼らは誰一人として欠けることなくエディルネへと辿りついた。
ΦΦΦ~エディルネの酒場~ΦΦΦ
サリーフがイフサンの店に着くころには、すっかり夕暮れ時となっていた。
ギィーーッ
裏口から店へ入ると、厨房の裏でルスランを含めたまとめ役の数名が身を潜めていた。
「フィンさん……これで全員です」
「人を率いる能力が着実に備わってきたようだな……本当によくやった……!」
ルスランは、うしろでそのやり取りを見ながら悔しそうな表情を浮かべていた。
それに気づいたヌライがルスランを励ます。
「うちが思うに、フィンさんは、ルスランもサリーフと同じくらい信頼していると思うよ」
「だと良いけど……」
ルスランはサリーフの許へと行き、サリーフを除く第六班の子供たちを、他の子供たちが待機する厨房裏の荷物部屋へと連れていった。
「ルスラン。案内したら戻ってきてくれ」
「はい」
先ほどまで、浮かない表情を浮かべていたルスランの嬉しそうな笑顔を見て、ヌライは、ほっと胸を撫でおろした。
ルスランが案内をおえて戻ってきたところでフィンがまとめ役の者たちに声をかける。
「纏め役の皆。ここまで子供達を無事に連れてきてくれてありがとう。次は、エディルネの駐屯地へと向かい王族の馬車に忍び込む……。王族は明日の早朝に駐屯地を発つ予定だ。だから……今夜が最初で最後の好機だ……」
緊張感のある重苦しい雰囲気が漂う。
「と、その前に、ここまで疲れただろう。次の作戦の決行は深夜零時……今から六時間後だ。それまでは各自、荷物部屋で仮眠を取ってくれ!」
フィンは次の作戦内容をまとめ役の者たちだけに伝えることで、子供たちに過度な緊張感を与えないようにしていた。また、仮眠や休憩を適宜挟むことで、子供たちのパフォーマンスを保ち、誰一人欠けることなく遂行するという己に課した誓いを守るべく最善の策をつくしていた。
みんなが荷物部屋へ向かい仮眠を取りはじめるなか、フィンはイフサンと厨房に残っていた。
「久しぶりだねイフサン。少し背が伸びたんじゃないのかい?」
「あんたもね」
「かもね」
この二人のあいだには妙な空気が流れていた。互いに気を使う訳でもなく、自分らしく接していた。
「合流したエディルネの子供達も、僕が責任を持って国外へ連れ出すよ」
「ありがとう……別れるのは寂しいが……みんながここじゃないどこかで平和に生きられるなら、俺の本望だ」
「君には信念がある。無礼も味になってる」
フィンは悲しい表情をしながらイフサンへ問いかける。
「やっぱり……君は来ないのかい?」
「ああ……俺は行かねぇよ。俺がここにいないと、エディルネの子供たちを危険に晒すことになる。トゥヴァが行くのなら、せめて俺か残らないと……!」
「トゥヴァが来てくれるならファリドは喜ぶだろう。でも……それでも……」
「やめてくれ……」
フィンは覚悟の決まっているイフサンに対して発した己の言動に忸怩たる思いであった。
「一匹狼な君らしいね……いつかまた」
「ああ、達者でな」
適宜/その場に合っていること。ちょうど適していること。また,そのさま。適当。"てきぎな処置"
忸怩/自分のおこないについて,心のうちで恥じ入るさま。"内心じくじたる思いであった"




