第二四話 王城への偵察隊
ΦΦΦ~ジン王国 湖岸沿いの古民家~ΦΦΦ
ステラが久しぶりに食を口にした日から二日が経っていた。あの日以降、彼女は訓練へ参加するようになり、子供たちとともに汗を流した。また、訓練では最年少の子供たちについていくのがやっとであったが、その負けず嫌いな性格から、気落ちすることなく懸命に取りくんでいた。
「皆、一度休憩してくれ! サリーフ。ちょっといいか?」
「はい!」
裏庭へと現れたフィンが、子供たちの訓練を中断させ、サリーフを呼んだ。サリーフは小走りでフィンの許へ向かい、二人は家屋の中へと入っていった。
子供たちが休憩を喜び地面に寝そべりだすなか、好奇心を抑えられなかったステラは、縁側から忍びこむかのようにそっと屋内へと入った。
ステラが引き戸に近づくと、戸の向こう側からフィンの声が聞こえてきた。
「皆を集めたのは、この中から馬車の事前偵察に向かう役を決める為だ……。無論、かなり危険を伴う」
フィンは一呼吸おき、話をつづける。
「いいかい? 王城の城壁の内側に入り、当日使われる馬車を確認するんだ。これは、馬車に忍び込み、リエール王国へと抜ける為にとても重要な役割だ。誰かこの重役を買って出る者はいるか?」
「はい! わたし行きます! !」
ステラは引き戸を勢いよく引くと、満面の笑みを浮かべながら手を上げた。
「えっ……ええぇっ……ステラ?」
フィンは完全に不意をつかれたようすで、呆気に取られていた。そして、それを見ていたクルヴスが笑いだし、つられて周りのみんなも笑いだす。
「はっはっはっ……なんか緊張感が一気に吹きとんじゃったよ」
「ステラ。これはかなり危険なんだよ?」
「知ってるよ! でも、誰が行ったって危険なのは同じでしょ?」
フィンは、頷きながら答えた。
「ステラがどうしても行きたいと言うのなら、僕がついて行くよ」
すかさずルスランが割って入る。
「待ってください……フィンさん。貴方の代わりはいません。僕が行きます」
フィンは、渋々ながらもルスランへ自分の代わりを任せた。
「分かった。ルスラン! ステラを頼んだよ」
つづいてクルヴスが二人に声をかける。
「二人とも……どうか無事に帰ってきてておくれ!」
★★★~ジン王国 王城付近~★★★
アンカラの湖岸沿いを少し離れ内陸部に出ると、草木がところどころに生えた田園地帯が現れる。そして、そのまま北西へと進んでいくと、木々が鬱蒼と生いしげるトレイド台地があり、その中央の拓けた土地には、ジン王国の王城が聳えたっていた。
ガタガタ ガタガタ ガタン ガタン
王城へとつづく坂道に差しかかり貨物馬車の速度が落ちる。と同時に、馬車から飛び降りる二人の小さな人影があった。そして、人影はそのまま茂みの中へと消えていった。
「正直、意外でしたよステラさん。フィンさんがこんなに重要な役回りを、貴女に託すなんて」
「わたしのワガママですわ。わたしはもてなされてばかりで、みなさんのお役に立つ機会が欲しかったんです。ルスランさんがお側に居てくれて、正直、安心しています」
「貴女にもしものことがあったらフィンさんに顔向けできないですからね。くれぐれも、慎重にいきましょう」
二人は茂みの中を進み、城の外塀が見える位置までやってきた。
「ステラさん。あの木に登りましょう」
「わたし……登れるかしら。こんな高い木……登ったことないわ……」
「困りましたね……。あっ! そうだ。フィンさんが用意してくれた袋になにか入ってるかもしれません」
そう言うとルスランは、背負っていた革袋を地面に置き、中身を確認しはじめた。
「綿縄に、煙玉に、金槌。これは……杭かな。あっ……これ使えるかもしれません」
そう言いながらルスランは、革袋の中から、太い鉄の針のようなものを取りだした。
「それは……なんなの?」
「これは、多分……足場釘です。登りにくいところに打ちこんでおけば、ステラさんでも登れるはずです」
「分かったわ!」
ルスランの提案にステラは頷きながら言った。
「僕が先に登って足場を作っておきますから、ステラさんは、僕が合図をしたら登ってきてください!」
ルスランは、そう言うと付近に生えていた巨木に登っていった。
ステラは、ルスランが登りおえるのを待つあいだ、地面に落ちていた枝をポキポキと折りながら時間を潰していた。
しばらくすると、巨木の上からルスランの呼ぶ声がしたため、ステラもルスランにつづき、巨木へと登った。頂上付近まで登ると、王城の全貌が見えた。
「凄いわ……」
煉瓦が敷きつめられ、彼女の背丈の三倍ほどはある城壁に、漆が塗られた巨大な鉄の門。そして、空高く聳えたつ建物。それは、ルーダン王国のものとは似ても似つかない印象であった。
ステラはその外観から、あの国境付近の高級料亭を連想し、その道中、バーバラと話した会話を思いだしていた。
(あの日バーバラは、国境付近は安全ではないと言っていたけど、誘拐されてその言葉の意味をイヤというほど思いしったわ。山を越えて国が変われば、こんなにも理不尽に満ちた世界が広がっているだなんて、あのときは想像すらできなかったもの……)
「ここからじゃ……良く見えない……。やはり、壁の内側に入る必要があるな……。一度降りて、別の方法を探しましょう」
何本か上の枝に登っていたルスランが、声をかけてきた。
「そうね!」
ルスランとステラは、茂みを抜けると背を低く保ち、岩影に隠れながら進んだ。
「上空から見たとき、こちら側は見張りがいなかったから、このままいけば……城壁まで辿りつけるはずです。遅れないで!」
二人は、走りまわってようやく城壁まで辿りついた。すると、少し離れた位置にある城門が開き、数人の兵士と馬車が十数台現れるのが見えた。二人はとっさに城壁のくぼみへと身を隠す。
「どうして馬車が……しかもあの服装の人たちは……動きも表情も衛兵とはまるで違う」
「でしたらこれは、予行演習ですわね」
「確かにそうですね……。だとすればこんな小部隊なはずはない。もっと出てくるはずです……!」
ルスランの予想どおり、少しすると今度は城門から騎兵隊が隊列をなして現れた。騎兵隊は馬車の両側にならび、先頭を歩く兵士の進行にあわせて、乱れることなく進む。
「本意気で臨んでるようだ……。見てください。兵士の数もさっきとは非にならない程の大軍です。滅多に襲われない王城です。守る必要のない城内は……もぬけの殻なのでは……? どう思いますかステラさん……。あれ……ステラさん?」
ステラは、ルスランの問いかけには応じず、ほかのことを考えていた。
(あの兵士たちの格好……。夢に出てきたあのお方にそっくりだわ……! 頭に巻いているヒジャブはサリーフさんも似たようなのを被ってるし、やっぱりあのお方は、ジン王国の方なんだわ!)
ステラはルスランに揺さぶられ、ようやく現実へと戻った。
「へ? あっ……えっと……なんでしたっけ?」
「今が潜入の好機って話ですよ」
「思います! そう思います!」
「……なら行きますか」
兵隊の行進にあわせて、ルスランが綿縄の端を杭で地面に固定する。それが終わると、彼は煉瓦のくぼみに手と足をかけながら先に城壁を登っていった。そして、周囲を確認すると、壁の向こう側へと消えた。
ステラが綿縄を握りしめながら待っていると、一瞬綿縄がたゆみ、そのあと数回にわたり手に綿縄の波が伝わってきた。ルスランからの合図だ。
ステラは綿縄の結び目を上手く利用しながら城壁を登った。綿縄は等間隔に結びが施されていたため、手が滑ることはなかった。
城壁の内側へと辿りつくと、そこには、今まで見たこともないような景色が広がっていた。優雅かつ荘厳な宮殿に、煉瓦で出来た道が一寸の狂いもなく整備されている。ルーダン城と違い巨大な人工物があるだけではなく、緑陰濃い自然が建物と上手く融合しており、空気が澄んでいるように感じられた。石製の燈籠に生えた忌々(いまいま)しい苔でさえも、灯る炎を美しく彩っている。
「見惚れる時間はないですよ。さぁ、格納庫へ急ぎましょう!」
「場所が分かるんですか?」
「木の上から見たときに、目星はつけてます」
二人が物陰に身を隠しながら、格納庫へと向かっていると、馬の鳴き声が聞こえだした。
「ステラさん。こっちです」
二人はそのまま鳴き声のする方へと進んだ。
「馬小屋の横に大きな建物がありましたから、多分あれが格納庫だと思います!」
馬小屋の壁を背にして進んでいると、ルスランが前方にある大きな建物を指差し籠った声で言った。
「えっ? なんって言いました?」
声が籠っていることを不思議に思ったステラが、彼の顔を見ようと前に出ると、ルスランは必死に指で鼻を摘まんでいるようすであった。
「ルスラン……。なにしてるの?」
「うっ……うっ。なんです……このなんとも言えない臭いは……」
「獣臭ですよ。そういえば、アンカラには確かに動物は少なかったですね……とくに馬小屋というのはその……お馬さんのその……」
「言わなくても分かります……。それより格納庫に入って、馬車を調べましょう。隠れられる場所があれば良いんですが……」
二人が格納庫へと入ると、そこには数十台の馬車が置かれていた。
「さきほどの馬車とは違いますね。どう見てもこちらの方が作りが良さそうだ」
馬車の外観から王族が乗る馬車だということが窺える。
「困ったな……。一台一台は普通の馬車と比べて大きいけど、中に入る人数はせいぜい六人といったところか……。奇襲用に何台かは空馬車を出すだろうけど、それを特定しようにも、当日になってみないと分からないし……」
ルスランが馬車と睨めっこをしながらぶつぶつと呟くなか、ステラは馬車に近づき扉の下部付近をガチャガチャと触りだした。するとガチャンと軽い音を立て、側面の扉が開いた。
「良かった。ここの馬車も作りは同じなようですね」
そう言ってステラは、扉下にある荷物入れを指差した。それを隣で見ていたルスランは、驚いた表情をしながら荷物入れへ近づき、中を覗きこんだ。
「ここなら隠れられそうですね……あなたがいなければ気づきませんでした。お見事です!」
ルスランはそう言いながらステラへ満面の笑みを向けた。
ステラはその言葉で、笑顔になった。フィンの側仕えに認められたことで、自分が役にたてたことを実感したのだ。
(バーバラ、わたし……みんなの役に立てたよ……!)




