ヒロインと主人公が5か月以上登場してないのってどうなん? 二十一章
二十一章 夜叉
「————————疾っ!」
その攻撃は速さに身を任せた突きという極めて単純なものであった。
しかし、単純だからこそ、その動きはただ生物を殺す手段の一つだというのに美しいと思えるほど洗練され、そのまま寸分の違いもなく、火車の首元に迫る。
確実に迫る死の予感。あと数コンマで自身の喉元を切り裂くであろう風牙の顕現させた純白の風の腕の鋭い爪。
常人なら、自身の生を諦めるか自身の限界を超えんとする勢いで逃げようとするだろう。
しかし、残念ながら火車は人でもないし、まともな感性もしていない。
「破っ!!」
バチン!
風牙と火車の距離が数メートルまで迫った時点、火車はおもむろに自身の両の手を叩き合わせる。
途端、大爆発。木々なぎ倒し空気が焦げるほどの高温、鼓膜を破るほどの轟音と、目を灼くほどの光が辺りを、風牙を襲う。
そして遅れたように多量の土煙が周囲を包む。
絵に描いたような厄災。それがこの異形、火車の正体であった。
「どうした、そんなものか!?風牙!」
しかし、人間は厄災に抗うことのできる唯一の生物。
「そんなわけないじゃないですか」
土煙の中から響く声。風牙である。
所々の服が煤で汚れてはいるものの目立った外傷は一つもない。
「…これ、お返しします」
そう言って彼は、風の腕で持っていた何かを火車に投げつけた。
風牙の異能『風』の最大の強み。
それは、圧倒的な早さだろうか。それとも、ありとあらゆる間合いに対応できる点だろうか。はたまた、サポートも攻撃も何でもありな点だろうか。
否。断じて否である。
これらの点も確かに異能『風』の強みの一つであるが次点にしかならない。では、それは何だというのか?
それは、他の異能との親和性の高さである。
風によって火や水、氷など様々なエネルギー、異能を掌握。それを風で軌道を作り、高速回転させながら放つことで元のエネルギーを十数倍の威力で敵にぶつける。
そして、先程風牙が火車に放ったのは、火車が起こした爆発によって生まれた炎を無理やり圧縮した焼夷弾。そして巻き上がった土煙を成型した土の槍である。
どちらとも、火車の顔面にクリーンヒットし、けたたましい爆音を鳴らし、あるいは圧縮された土が弾け、再び大量の土煙をあげる。
火車が生物の理を順守したものであれば確実に死ぬ一撃。
「おお!丁寧にありがとう!…だがお前、何かしたか?」
だがしかし、相手は鬼の名を冠する妖、人間を地獄に叩き落す化物。
土煙の中には、挑発的な笑みを浮かべさながら仁王像のように佇む火車がいた。まさに余裕綽々と言った様子である。
そして、その火車の頭に刹那、後ろから一般異能で加速させられた拳が突き刺さる。メリケンサックを携えた和夜である。
確実に芯を捉えた和夜の感覚、そして思いっきり殴ったことで若干痛む自身の右腕が火車への確実なダメージを示している……………はずであった。
「今回も駄目だったようだな。俺のようにもっと火力を出せ…こんな風に、な!」
言って、火車は先程と同じように、否、先程よりもさらにでかい音で手を鳴らし、瞬く間に周囲が爆ぜ焦げる。しかし、今回は耳を劈くような轟音も、目を灼くような光もなかった。
ただ高く圧倒的な炎の壁が迫りくる。触れれば待っているのは、死のみである。
しかし、二人ともこの攻撃は見慣れてしまった。風牙は風の腕を以てその炎を掌握し、和夜は、高いだけで、意外と薄いこの炎の壁を、妖力を纏った拳で打ち破った。
戦闘を始めてから37回目の火車による攻撃。そして、火車に対する風牙たちのおよそ200に及ぶ攻撃。
そのどれもが、決定打にかける一撃であった。
否、全ての攻撃が常人ならば、あるいは並大抵の妖であるのなら致死の一撃である。しかし、化物ども、とりわけ火車は未だノーダメージ、それどころかほとんど動いていないという余裕ぶりだ。対して、風牙と和夜は命に関わる重傷とまではいかないが、息はやや上がり、冷や汗やら普通の汗やらで濡れた肌を見ると消耗しきっているのは火を見るよりも明らかであった。
じり貧。
現在彼らに最もお似合いの言葉であろう。
「……和夜さん、先に行ってください」
————しかし、そんな絶望的状況の中、風牙はあり得ないことを言いのけた。
「っ!?………勝てるのか?」
「……ええ、もう手加減しないので。……一人で倒せるのなら和夜さんは先に行った方が効率的です」
そう言って、いつもの飄々とした様子からは想像もできない、野生じみた笑みを浮かべた風牙はまるで墨汁をひっくり返したかのような、黒光りする一振りの小太刀を顕現させると、まさしく風のような速さで火車に突っ込んでいった。
彼の斬撃が火車に届くよりも前に、和夜は夜の闇に消えていった。
「おいおい、行かせて良かったのか?お前ら二人がかりでも俺にまともな攻撃できなかったんだぞ?」
火車がニタァと意地の悪い笑みを浮かべながら風牙にそう問う。先程より笑みや言動から感じられる余裕が増している。どうやら勝利を確信しているようだ。
ちなみに、先程の風牙の攻撃は普通に防がれた。
まあ、先程の攻撃は自分に注目を集めるためだけであったため予想通りといえば予想通りなのだが……
(〈黒〉がこうも簡単に防がれるかよ……)
神器ノ参 〈黒〉
風牙の四つある神器のうちの三つ目。黒曜に光る黒色の小太刀である。その威力は四つの神器の中で最高で、鉄を豆腐の様に割り、硬い妖の皮膚を何の苦労もなく貫通する風牙自慢の一品である。
その自慢の一品の一撃を無傷で止められる。その凄惨たる事実に風牙は内心かなりの衝撃を受ける。
だが、
「…別に何の問題もないですよ。……それこそ、すぐにあなたを倒して合流できるのですから?」
そんな内心はおくびにも出さず、風牙はただにへらと笑い火車にそう言う。格上相手に心まで負けた後に待っているものが何かを知っているから。
「ガハハハハハハ、そりゃそうだ!貴様らは二人仲良く俺の手で燃えカスになるのだか―――」
「山嵐」
火車が言い切る前に、風牙は自身の手元に何かを顕現させ、その異能の名を結ぶ。
それは以前、高との模擬戦で使用したものと同じもの、それでいて、以前とは比べるのもおこがましくなる程のものであった。
渦巻く風の球の数は無数に一足りない、そんな量で、その風自体の鋭さにも磨きがかっていた。そして、その風の球は、以前のような純白ではなく、美しくも禍々しい翡翠の色をしていた。
圧巻。
何百年ぶりにか、火車がそんな感情を抱いた直後、風牙が手元に顕現させた何かを勢いよく振り降ろし、翡翠色の殺意が火車に喰らいついた。
神器ノ弐 〈翠〉
先程風牙が顕現させた大幣(巫女さんが持ってるアレ)型の神器である。その権能は、異能の爆発的な強化。まるで、蝶の羽ばたきが竜巻に変わるかのようにほんの僅かな妖力でも先の技のような超火力を叩き出すことができる。
――――故に、次の攻撃に繋げやすい!
「山嵐、山嵐、山嵐!」
風牙は、最初の一発を皮切りに何度も四方八方から弾幕を張り、火車に掃射する。
山嵐はただでさえ一発の攻撃力が低いうえに、〈翠〉で異能の力を倍加させているとはいえ、ほんの僅かな妖力しか使っていない。
自身らの猛攻や、〈黒〉の一撃をほぼ無傷で防いだあの化け物を討つにはあまりにも火力不足である。
それに、火車は百鬼、それも恐らく序列も上位層の一角であろう。当然、生物の断りに外れるような再生力と回復力を有しているはずだ。そのため、討伐には、体を再生できないほどにボロボロにするか、再生の要となる核を破壊するしか方法はない。体をボロボロにするは言わずもがな、核の破壊も妖の上位層は核を自由自在に移動できるため特定も破壊も困難である。
最高級の硬さと最大級の再生力、そして、広範囲かつ凶悪無慈悲な攻撃力。
本当に馬鹿な勝負を仕掛けたものだ、と風牙は今更ながら実感する。
「鬱陶しいわっ!!」
降り注ぎ続ける弾幕にいよいよ嫌気がさしたのか、周囲を大爆発させ、風の球を四方に散らせる。しかし、今までほとんど傷つかなかった火車に無数の擦り傷ができている。所詮擦り傷で、瞬時に再生されはしたがあれが破壊不能の化け物出なかっただけで随分な進歩である。
そして、そうと分かればあとは畳み掛けるだけである。
風牙は火車が爆発によってもたらした風さえ利用した。
爆風を収束させ、さらには爆炎すらも掌握し、数瞬の間で風牙が一時前に作った、爆炎圧縮弾を数十個錬成する。ついでに巻き上がる土煙からは土の槍を、舞い散る木の葉などからはより殺傷性の高い風の球を爆炎圧縮弾と同じように作る。
「発射」
その短い号令の刹那、火車のもとに、炎が舞い上がり、土塊が突き刺さり、木の葉と風が吹きすさぶ。
―――――だがまだ終わらない。この程度では終われない。
「八咫烏」
風牙自身が風になるイメージ、吹きすさびその速度はいずれ視認できない速さにまで。そして、最硬級の武器で火車をただ貫く。その光景を綿密に、それでいて最短で思い浮かべる。
単純明快かつ強大無慈悲。
風牙は〈翠〉から〈黒〉に神器を変化させ、神速で火車にチェックメイトをかける。
「甘いわ!」
チェックメイトのはずだった。
なぜ反応できたのか、火車は裂帛の気合と怒気を孕んだ声と同時に拳を〈黒〉の腹部分に当て拳よりほとばしる小規模の爆発で〈黒〉を叩き割った。半ばから折れた〈黒〉の刃部分がコトンと地に落ちる。
そして、すぐさま風牙に向かって爆発を伴う正拳突き。和夜や高に比べたら小さいその体は紙のように吹っ飛ぶ。間一髪、風を使い受け流していなかったら確実に胸に風穴があいていただろう。だが、現実もなかなかに酷いもので、正拳突きの威力で体内の何かが傷ついたのか、風牙の口内は血の味がし、飛ばされた先で強かに打ち付けた背中が無数の針を刺されたかのように痛み、頭も少量の血で濡れていた。
万事休す。この光景を見ている者がいるのならそんな言葉が真っ先に思い浮かぶだろう。
しかし、そんな状況でも風牙は眉一つ動かすことはなかった。
その様はまるで、すべて予想内で、なんならこの状況を望んでいたかのようであった。
「甘いのはそっちだよ」
ポン
その言葉と共に風牙が、まるで何かを捕らえるように手を合わせた途端、火車の足元から黒い風が生まれ火車の手足に絡みつきその動きを制限する。
否、「生まれ」は語弊があるだろう。その風は、もとよりそこにあり、火車がこれにかかるのを今か今かと心待ちにしていたのだ。この風の正体は折れた〈黒〉の刀身、それを風牙が遠隔操作したものであった。
神器の遠隔操作。風牙の大量にある手数、その中でもとっておきに入る神業である。
しかし、
「……こんなもので俺を縛れるとでも!?血迷ったか、風牙!」
相手は全ての一撃が必殺に相当する、百鬼屈指の化物。片割れしかない神器で作った檻など、数秒で完全に壊してしまえる。どう考えても悪手。〈黒〉の刀身をそのまま火車に突き立てれば、殺せはできずとも傷を負わせることはできただろうに。
「縛れるなんて思っていませんよ。たった数秒間動きが止まればいいですから」
「何言ってんだ?勝つことを諦めたの……カハッ」
訝しむ火車のもとに和夜の拳が突き刺さった。
「風牙!今だ!」
「……大丈夫です。……ちゃんと、視えてます」
初めて自分の意志以外で、その場から動かされた火車の背後に満身創痍の風牙が迫り、緩やかな秋風のようにそっと、火車の右腕、再生の核を破壊した。
「―――――鎌去太刀」
妖力の直接的な観測。これは風牙のみに許された権能、いわば特異体質といったやつであった。
基本、一般人は妖力の可視化はおろか、妖力を感じることすらできない。そして、ある一部の天才や秀才が幾度もの修羅場を潜り抜けることでやっと妖力を肌で感じることができるようになるのだ。
しかし、風牙は天才が過ぎた。それは一種の共感覚のようなもので、異能を行使した際に発される妖気の流れがくっきりと色が付いて見える。何なら、見慣れたものの妖力ならば、その妖力と風牙との間に壁があろうと、それが体内にあろうと見えてしまう。それは、異能の出し合いが攻撃方法のほとんどである異能戦においてまさにチートと呼ぶべきアドバンテージであった。
そして、先程和夜が放った拳は、一般異能の応用で、自身の妖力を高速に相手に与えることによって内部から衝撃を与えるものであった。なるほど、個別異能の都合上、一般異能への理解が他と一線を画す彼ならではの御業である。
そして、彼は一般異能だけでなく仲間への理解も一級品であった。先程の攻撃の目的は火車へのダメージではなく、火車に和夜の妖力を流し込むことで火車の体の内部の構造を風牙に調べさせる、云わばレントゲンのようなものだったのである。そして、生命の理を壊すほどの生命力もとい妖力が秘められている再生の核に妖力がぶつかれば必ず流れに異変が見られる。
風牙はその異変を叩くことで不可能に思われた再生の核の破壊を成し遂げたのであった。
――――いや、そんなことよりも
「………なぜ貴様がこんなところにいる、和夜」
問う火車の声は、今までのような余裕が含まれておらず、かと言って突き刺すような殺意もこもっておらず、ただひたすらに疑問だけがこもった、間の抜けた声であった。
そう、和夜は先程、風牙の先に行けというつぶやきとともに宵闇に消えていったのだ。しかし、彼はまるで風牙と示し合わせたかのようなタイミングで、攻撃をしてきたのだ。ならば、この二人が何かしらの方法でコミュニケーションを取っていたのだろうが……。
「貴様らからは念話をしているような妖気の流れを感じられなかったし、怪しい動きもしていなかった。だが、あの時の和夜の動きは迷いなど感じなかった。和夜、なぜお前はここに戻ってこれた?」
そう、鏖妖組の人間が好んで使う一般異能、通称念話は、便利なように見えて、消費妖力が一般人からしたら中々馬鹿にならないほどであったり、妖力の感知に卓越したものであれば、念話をしていることがばれたりとそこそこデメリットもある。
そして、なおも問う火車を尻目に、疑問の発端である和夜と風牙は必死にアイコンタクトの応酬をしていた。
「………」(……おい、風牙。お前が言え)
「………」(いやですよ、この説明すると毎度気持ち悪い人を見る目で見られるんですよ。それなら、そう言う目には慣れているであろう和夜さんが言った方がいいじゃないですか!)
「………」(おいコラ、鏖妖組一の常識捕まえて誰が気持ちの悪い人だこの野郎!だいたい、俺は説明下手なんだ!)
「………」(………ご飯三回)
「………」(…一回だ。今月は若干厳しい)
「………」(三回)
「………」(…………わかった、二回だ。これ以上の譲歩はできん)
「………」(……交渉成立です)
この間、実に3秒。
「……別に大した理由はないですよ。ただ、相手の気持ちになって考えただけですよ」
風牙は火車には聞こえない程度に小さな溜息を吐くと、口を開き、やがてなんか道徳的なことを言い始めた。
「は?それは、貴様らの異能か何かか?それとも秘伝の技能?」
「いえ、特別な力を使っているわけではありません。ただ、本当に相手の気持ちになって考えただけですよ。あなたにも経験あるでしょう?長い間一緒にいたら相手の次の行動がなんとなくわかったりすること」
「……いや、あるにはあるが………そこまで完璧にできるものなのか?」
「はい、当たり前でしょう?」
「ええ………」
ああ、またこの目だ。別にさほど凄いことでもないのに火車は心底驚き、なんなら引いている。これがあるからこれを言うのは嫌だったんだ。というか、俺としては自分で言ってなんだが、目の前の化け物に長年共に生きた生物がいたことの方が驚きである。
風牙は内心悪態を吐きながら、もう話は終わりだとばかりに〈黒〉を構えなおす。
「じゃあ、種明かしも終わったので……続けます?あなたは再生の核を破壊されてこれ以上再生ができませんし、俺達的にも引いてくれると助かるのですが……」
「ハッ、こんなにも血沸き肉躍る相手に出会えて引くなど戦士としての名が廃る!今まで、手を抜いていた非礼をどうか許してほしい!そして、詫びに俺全力を篤と体感してくれ!!」
火車は出会った時から再生の核を壊されるまで張り付けたように浮かべていた余裕の笑みを脱ぎ去り、久方振りに好敵手に出会えたことに狂喜乱舞し、目を爛々と輝かせ、口角をこれでもかという程に上げた。
そして、その言葉や笑みと共に、火車の背負っていた車輪が勢いよく廻り、それと同時に辺りを灼熱の風が吹き抜ける。
「っ!?和夜さん!」
言って、風牙は〈黒〉を深紅の翼へと変化させ、自身の背に纏った。そして、まさしく風の速度で和夜に迫り、彼を拾い上げると空まで飛びあがった。
神器ノ肆 〈赫〉。風牙の有す四つ目の神器、その権能はその形状の通り、空を飛べるというシンプルながらも、スピードやバランスの調整、少しでも調整を間違えたら真っ逆さまという気の狂いそうな状況化の中、異能を制御しなければならないということから、絶技とされるものである。
そして、そんな神器を現在、和夜を巻き込んで顕現したのは別に気が狂ったわけではない。
地が裂け、文字通り沸騰した。周りの木々は熱量に耐え切れず燃えるか、木の中にあった水が水蒸気になり、文字通り木っ端微塵に吹き飛んでいる。まさしく地の獄。
それが、先程まで風牙と和夜がいた場所一帯に広がる光景である。
そう、風牙は視えてしまったのだ。ありえない速度で周囲に広がる、ありえない濃度の火車の妖力が。
「行くぞ、風牙!和夜!」
その言葉に合わせて、火車は拳で沸騰している地を強かに叩きつけた。
刹那、地面が中から爆発し、あまりの熱量にドロドロになったかつて土や石だったものが、灼熱の熱波と共に飛び出し、風牙や和夜たちを襲う。
「和夜さん、激しく動きますよ!!」
「ちょっと待てっ!助けてもらって感謝はしているんだがその言い方だとすごく語弊があると思う!」
「あ、ちょっと、暴れないでください!逝っちゃう!逝っちゃうから!」
「やめろ!その変な言い回しを止めねえと墜落させるぞ!」
そんな馬鹿なことを言い合い、暴れまわりながらも、風牙は〈赫〉で華麗に攻撃をよけ、どうしても避けきれないものは和夜が一般異能で粉砕するというもはや大道芸のような御業を披露する二人。
「………というか、実際問題このまま二人で飛び続けてもお前が消耗するだけだろ。……俺を下ろせ。あれを使う」
「え……でも、下、あんなんですよ?」
その言葉に、風牙は眼下に広がる凄惨たる光景を目に入れ、和夜に正気か、といった意で問う。
灼熱地獄と化している火車の周りはどう考えても人間が突っ込んでいい場所ではない。
「ああ、それなら心配はいらねえ。………あんなん屁でもねえ」
明らかな強がり。
しかし、彼の纏う濃密な闘気と妖力。そして、風牙が和夜と出会ってから和夜が幾度となく見せてきた戦果が、彼の言うことが何の誇張もなく事実であるように錯覚させた。
「………それに、お前には俺以外に運んでもらうやつがいるからな」
「え?」
「俺の異能の威力は知ってるだろ?こんな町の近くでぶっ放せるか。だから、火車をどうにかして遠くに運んでくれ!」
「…………やっぱり、三回奢ってもらえばよかった………」
その会話の数秒後、和夜が空から降ってきた。
個体というには柔らかくなり過ぎた地面にしっかりと両の足で降り立ち、そして、降り立った瞬間、両の足が焦げた。
「っ!!?………ふぅ。た、大したことねえな………」
玉のような汗を浮かべながら、そうのたまう和夜にようやく気が付いたのか、火車が空に飛んでいた風牙から和夜に目を向ける。
「おいおい、この中に飛び込んでくるのはさすがに無謀だったんじゃないか、和夜?」
そう言っている間も火車は自身の周りに幾つかの火の玉を顕現させている辺り、火車は嘘偽りなく本気を出しているようだ。
「いいや、俺はこんな熱さで屈するほどヤワじゃあねえ。そして、これはれっきとした作戦だ」
そう言って、和夜は自己に課していた最大の枷を取り払い、異能を、そして莫大な妖力を解放した。
まず現れたのは、漆黒の衣、鎧。そして、同じく漆黒の太刀。そのどれもが風牙の〈黒〉とは違い、一切の光の介入を許さない完膚なきまでの黒であった。
和夜の神器、〈夜行衣鎧 鬼鋼〉と〈闇傀一文字〉。和夜を守る絶対的な城と一騎当神の鉾である。
そして、その二つの夜を纏い、または中段に構える和夜はかの極悪非道な鬼、夜叉の生き写しのようであった。
ゆっくり、ゆっくりと神器を顕現させた和夜の腕が上がり、〈闇傀一文字〉を上段に構えた。
和夜の一挙手一投足が自身の死に直結するような感覚。そんな、極限状態の中、火車はおそらく生涯で初めて行うであろう無意識の攻撃、自身の生存本能の暴走を経験した。
和夜との数言の会話の間の中で顕現させたいくつもの火の玉。それらを自分が気付いた後には全て和夜に打ち出してしまっていたのだ。
迫りくる、無数の火の玉。圧倒的な殺意の決勝に和夜は、その振り上げた〈闇傀一文字〉を振り下ろすこともなく、〈夜行衣鎧 鬼鋼〉で防ごうとする素振りを見せることもなく、ただただ立ち尽くして、否、来るべき時に備えて精神を統一させている。
そして、いよいよ和夜に火の玉が刹那の後に直撃するその時、翠の風が吹きすさび、火の玉を全て掌握、調教し、最終的には一つの高威力の爆弾に変化した。そう、風牙である。風牙が上空から〈翠〉を顕現させ、和夜を守るように翡翠の風を吹かせたのである。
そして、その副産物で出来た爆弾は、火車に向けて高速で放たれ、火車は咄嗟に爆炎で防御をする。
そう、今までほとんどの攻撃を防御無しで耐えた火車が、それも、腕を組んで防御態勢をとるだけではなく、爆風で防御したのである。確かに、もう再生ができないというのが理由の一つであろう。しかし、火車が防御をした理由は他にもある。
(風の威力が上がっている!?)
そう、先程の風牙の攻撃が纏っていた風は、それこそ会敵当初のものとは比べるのも烏滸がましいほどに鋭く、速かったのだ。それこそ、どう頑張っても殆ど傷をつけられなかった火車が命の危険を感じるくらいに。
風牙の異能『風』。より厳密にいえば『風を自由自在に操れる力』はその言葉通り、風牙の周囲の風を固形物に変化させることや、風力を強化し無数の風の刃にすることなど過大評価ではなく本気で何でもできる。
しかし、この能力には風牙がよく操る風のほうが威力や速さが上がるという特性がある。
一括りに風といっても、その個性は地域ごとで違い、当然風牙の異能はその風たちの個性に合わせた妖力の練り方で使うほど異能も強固なものになっていく。
そのため、未だ使ったことのない風たちに囲まれていたこの戦場では風牙の力を十二分に発揮することが困難であった。だが、火車との戦闘というあまりにも濃密な時間を辺りの風と過ごしたことによって風牙の異能は本来の力を取り戻したのであった。
もう何度目かもわからなく巻き上がる爆炎。その炎の壁が、一瞬の間火車の視界から風牙を離した。
「……!ぁっつ………」
風牙は〈赫〉で素早く地上まで急降下、その際に巻き上がった熱砂に身を焦がしながらそれでも止まることなく火車の背後をとり、そして、莫大的な妖力とそれに伴った異能で赤熱化する火車に両手を触れさせた。当然、風牙の手は灼熱の肌に焼かれ燻っている。
そして、顕現させたのは何千年物の巨木がすっぽり止まってしまいそうなほどの巨大な竜巻であった。風牙の両手から発生し、火車を、そして灼熱地獄と化しているこの戦場の残骸をも取り込んで、今にも爆発しそうなほどのエネルギーをため込むそれは、まるで一門の大筒のようであった。
「っ!吹っ飛べ、化け物!!」
その言葉と共に、蓄積されていたエネルギーが一気に放出され、膨大な熱量と質量を兼ね備えた一つの砲弾、そして火車が夜闇を切り裂いて大空に打ち出された。
飛ばされた火車は、数キロの間その体を天高く漂わせ、そしていよいよ緩やかな放物線を描こうとその体が下降したその時、自身の足や腕から小規模かつ持続的な爆発を行うことで空に留まったのであった。そう、火車もまたこの壮絶な命の取り合いの中で、絶技と呼ばれる制空権の取得を成し遂げ、大きく成長したのだ。だが、悲しいかな、もう火車に残された時間はほんの僅かであった。
「っ!和夜!?」
火車は眼前に広がる阿呆な光景に目を白黒とさせる。
火車の目の前数十メートル先に、先程と一切変わらぬ上段の構えをしていた和夜が火車と同じく空に浮かんで静かに佇んでいたのだ。
〈夜行衣鎧 鬼鋼〉が司る権能は引力の自由操作。宵闇は万物を引き付けるが、逆もまた然り、宵闇に恐怖し逃避しない生物など存在しない。そんな解釈が具現化されたこの衣と鎧は万物の引力を自由自在に操り、さらに、自身で引力を発生させることも可能にする。これにより、和夜は夜の間、制空権はおろかありとあらゆる場所にすぐに到達できてしまう。
(なぜ和夜がここにいるかはわからんが、兎に角あれはまずい!)
火車は、自身の本能的な部分で数秒後に自分に迫り来るであろう命を脅かす危険を、和夜の構える一振りの太刀に感じ、防衛信号を発する。
ほとんど無心で、自身と共に飛ばされ近くにあった、戦場の残骸を空間を爆発させ搔き集める。そして、それを莫大な妖力でできた熱エネルギーで包む。最終的に出来上がったのは、人の伸長を優に超えるほど巨大な、核兵器と同等かそれ以上の威力を持った紅蓮の玉であった。
それを、和夜に向けて放つ。あまりの熱さに近づいただけで自身の体の一部が炭化するほどの代物だ。いくら、火車に人生初の生命の警鐘を鳴らした男達といえど、流石にこれがかすりでもすればその身は打ち滅びるだろう。
そんな単純明快な破壊が迫りくる中、和夜は逃げることも隠れることもせず、ただ静かに、その漆黒の刃を振り下ろした。
和夜が〈闇傀一文字〉を振り下ろした直後、火車の視界がずれた。
数瞬の時が過ぎて、火車はようやく自身が和夜に真っ二つに切られたのだと理解する。まあ、どちらにしろ火車があの紅蓮の球を和夜に放った時点で、ここら一帯の生物が一切の例外なく死滅することが分かっていたのだ。少し遅いか早いかくらいの違いで今更死んだことに湧き上がる激情も感慨も特にない。
そして、自身に添えられる手向けの花が、火車に恐怖という新しい感情を芽生えさせ、自身を道連れに滅ぼすようなまさに最強級の威力を持つ御業をほぼ無意識で発動させるほどに成長させてもらった男、和夜なのである。光栄、これに尽きるだろう。
火車はそうして真っ二つになったまま、静かにその身を灰にして華々しく散れるその時を待っていたが、やがて、いくらアドレナリンなどの脳内物質により時間が引き伸ばされているように感じられるにしてもあまりにも終わりを待つ時間が長いことに気づく。
最期くらい滞りなく終わらせてくれ。火車の予定に何かしらの異変が生じたことに、彼は内心悪態を吐き、煩わしげにずれた視界であたりを見回す。
すると、そこには、何の誇張もなく、何もなかった。
火車の視界を埋め尽くすのは全てにおいて虚空。森も、少し遠くに見えていた山も、目の前に圧倒的な存在感を放っていた灼熱の球も全てが、なくなっていた。
否、そんな中でも、指ほどの大きさではあったが、灼熱の球と同等かそれ以上の存在感を発し、現在もなお燦々とその威光を輝かせている和夜だけが、ほんの数秒前と変化なくそこに存在していた。
―――事ここに至って、火車は、夜空に佇むその男の底の知れなさを思い知り、その化け物に何の躊躇いもなく挑んだ自身の愚かさに呆れ、歓喜した。
「ああ、まったく、見事……だよ…………」
それが言葉になったのかはわからないが、火車はそれを遺言に夜空に意識を溶かした。
和夜の闇色の太刀型の神器〈闇傀一文字〉。和夜がその刀に溜めた妖力の分だけ長距離の斬撃を発し、さらに、その斬撃に当たったものは、和夜が刀を構えた時間の長さだけ広範囲の夜の帳―完全なる闇―に呑まれてその存在を一切合切消すという、縦方向、横方向の万物を無に帰すという破格の権能を所有する。夜の帳に呑まれるのは有機物よりも無機物のほうが早いため、火車は数秒の間存在は残っていたが、今はもう無である。
そんな、あまりにも破格の力を持つ和夜の異能ではあるが、当然、制約はある。
「かっ……ひゅー、ひゅー。………ひゅ、ごほっごほっ!」
一つは、この異能は和夜の周りが夜の時しか使用ができない。
そして、もう一つは、異能の力が強すぎて、1分以上使おうものなら体が限界を迎えてこのように―眩暈、激しい動悸、息苦しさ、全身に激痛が走るなど、体のありとあらゆる場所が不調を訴えかけてくる。
また、異能を使っている最中も、全身に広がる激痛だけは激しく主張してくるため、和夜以外がこの異能を手にしたとしても、まともに発言できるものは良くて一割弱といったところだろう。
そして、そんな和夜でも、火車の一世一代の大技をその存在ごと消し去り、さらに火車を祓う一撃で限界が来たらしく、火車が消えた後そのまま神器を霧散させ、地面に落ちていった。風牙が〈赫〉で拾っていなければ普通に死んでいたところであった。
その後、最初に火車と戦っていて、火車がいなくなったり、風牙が残骸を飛ばしたりしたことで、すっかりと熱は冷め、ただの焼け野原となってしまったところに和夜は降ろされた。体はとうに限界を迎え、意識があるだけでも不思議なくらいの満身創痍ぶりではあるが、その目にはまだ、気高き闘志が燦々と、一等星のように輝いていた。
「っちょ、和夜さん、どこに行くんですか?……って、無理ですって!さすがにちょっと休んだほうがいいです!」
焦げた足で当然歩行ができるわけもなく、腕の力だけでゆっくりと進む和夜を風牙は慌てて止めようとする。止めようとする風牙もまたひどい有様で、体は所々が血で濡れ、また灼け爛れ、幾度となく神器を顕現させたため妖力も枯渇気味。その、疲れ切った顔からも彼の憔悴具合がありありとわかる。
「……そう、は…いっても……今、でも、他のやつらは……戦ってるんだ………あいつらに何かあった時、俺が寝てたら……話にならねえ……」
掠れ掠れのその声が、彼の喉をかすかに、しかし確かに震わせる。
和夜は風牙のように何か特殊な才能を持って生まれたわけではない。強いて言うなら、この凡夫には扱いが至難なじゃじゃ馬の異能のみである。しかし、和夜は幼いころより誰よりも努力し、研鑽を積み、やがてじゃじゃ馬を紙一重で手懐け、百鬼の上位に微塵も臆することなく立ち向かい、それが終わり満身創痍の中でもその心は緩まることはなく彼の体を動かしている。
嗚呼、この人は何て強い人なのだろうか。
風牙は、和夜という漢が自分では到達することができないほどの高みにいることが分かり、心の底から敬意が溢れてくるのを感じた。それと同時に、彼の行く先をどこまでも見ていたい気持ちにも駆られる。
「和夜さん、本気でやめましょう。……残念ながら、あれは俺たちが言っていい場所じゃない」
しかし、いや、だからこそ、風牙は和夜をみすみす死地に送り込むわけにはいかなかった。
先程から見えてしまっているのだ。視界の端に――それこそ、ミヤを攫った妖が潜伏しているであろう所辺りから、おぞましいほどの妖力の激しいぶつかり合いを。恐らく、敵の親玉と高が闘い合っているのだろう。
例え万全の時であろうと、自分たちがこの戦いに参加すれば確実に足を引っ張ってしまうであろう。ましてや、現在、ボロ雑巾のような我々が行ったところで、足を引っ張る隙もなく瞬殺されることが目に見えている。
そして、その事実に、妖力の視認はできなくとも感知はできる和夜も気づいたのであろう。緩やかではありながらも決して止まらなかったその体が、一瞬の間止まる。
「っ!………確かに、そうかもしれねえ………だが―――――」
ゴ オ ン――!!
和夜が諦め悪く言葉を重ね、止まった腕を動かそうとしたその時、高やミヤたちがいるであろう洞窟が、轟音と大量の粉塵を巻き上げながら崩壊し、そこから、一匹の巨大な龍と、それに比べるとまるで豆粒みたいな大きさの高がただ静かに広がっていただけの夜に飛び出してきた。
しかし、それだけでは終わらない。そんな轟音が二度、三度と続き、やがて八度目の轟音でようやく止まった。そして、それが終わったころには八匹もの龍が、高を取り囲み、その大きく禍々しい顎で切り裂かんとしている。
「う、そ…だろ………」
それは、風牙の声だったのか、和夜の声だったのか、はたまた両方だったのか、そもそもまったく違う人間だったのか……。それは、定かではないにしても、その声はすっかり騒がしくなってしまった夜の空気にやけに残った。




