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猫と桜  作者: 詩音
21/23

4か月も投稿さぼってすいませんでした。……いやまあ見てる人いるかはわからんけど 第二十章

  第二十章 炎と氷の姉妹VS筋肉バカ

 カッパは現在、混乱のさなかにあった。

 なぜなら、自身が一番の誇りと愛情をもって接する筋肉が、もはや不動のものかと思われた鍛え抜かれた肉体が、いとも簡単に数百メートル先、水の都の誇る純白の砂浜まで吹っ飛ばされたのだ。

 それも………

「え~、こんだけで吹き飛んじゃうの~?よっわw」

「おいおい、そんなんで百鬼に入ってるのか?百足のほうが強いんじゃないか?」

 腕や足、首など必要なところには全く筋肉がついていないのに、他の場所(特に胸部)にはいらない肉がふんだんに付着している、このいかにも弱そうな少女たちに、である。

「………オマエラ、ヒキョウナテヲツカッタナ!ズルイゾ!」

 カッパは吠えた。

 信じられない、否、信じたくない現実にひたすら目を逸らし、哀れにも吠える。

「はあ?ばっかじゃないの?あんたが弱いのを人のせいにするな。そして、今すぐさっきの発言を撤回しろ、のろま」

 燈がごみを見るような目で、吹雪の異能にも負けず劣らずの零下の言葉を投げかけた。

 刹那、燈の周りが一瞬光ったかと思うと、カッパの頬を一筋の風が撫で、浅く傷をつけた。


 燈は憤怒の絶頂にあった。

 眼前に存在する、カッパとかいう名の塵芥(ゴミ)が先刻、彼女にとんでもない侮蔑の言葉を放ったからだ。

 横の頬をちらりと見ると、燈最愛の姉である吹雪も全く同じ感情を抱いているようだ。

 しかし、もともと、彼女らはどちらもおおらかな性格である。よっぽどのことをされないとこうはならないだろう。それが、たとえ()()()()()()()鹿()()()()()()()()()()()()()()()()()

 しかし、カッパは彼女らに対して『弱い』と吐いた。

 それが彼女らにとってどうしても許容できなかった。

 この世のあらゆる強者(つわもの)は最初から強く、気高かったわけではない。そう、今や鏖妖組の幹部として生きながらにして伝説とされる彼女らも、血を吐きながらなお身を削るような地獄に耐え、弱々しいこの体を強靭に鍛え上げてきたのだ。全ては、己の想い人のために。

 その努力を、カッパは馬鹿にした。

 その言葉は彼女らの、眠れる獅子の尾を踏み、龍の逆鱗(さかうろこ)に触れ、それらをたたき起こすのには十分すぎるものだった。

 故に、燈は自分でも無自覚に刃を振るった。

 彼女が顕現したのは、一振りの太刀。名を〈紅鱗龍(ぐりんりょう)〉。彼女が異能の極致に至った際に顕現させた神器、そして最高の欠陥機である。

 燈はそれを一振りすると、一瞬、辺りが光り二十メートルほど離れたカッパの頬を軽く裂いた。

 先程までわけのわからないことをほざいていたカッパは、その斬撃に驚き言葉をなくす。そして、信じられないと目を見張り、何を行ったのかを急いで確かめようとする。

 ここまでして、燈はカッパの慌てようが自分の起こした斬撃であることに気が付いた。

 慌てて彼女は、〈紅鱗龍〉の()()()()()()()()()()()()()を戻す。

 そう。彼女の〈紅鱗龍〉は刀身がばらけ、自由自在に敵を切り裂く蛇腹剣。燈の努力の末につかみ取った、もはやバグともいえるその動体視力を持っていないと、敵と一緒に自分自身も細切れにされてしまうような狂った武器である。

 そこに、彼女の個別異能である炎

を纏わせることで、威力と扱いにくさを数倍に上げた地獄の神器である。

 燈が刃を元の形に戻してから、カッパも自分の傷の原因が分かったようで、その顔を一度絶望に染め、そして、自分が殺されるという圧倒的な理不尽を許してたまるかと、我武者羅(がむしゃら)に闘気を増幅させる。

 最早、カッパは妖ではなく獣のそれ、さらに言うと手負いの獣であった。

 殺戮の喜びでも恨みつらみでもなく、己の中に眠る根源的心理「生への渇望」だけのために戦う。

 カッパは接触当初よりも体の筋肉を数倍に肥大化させ、声にもならない悲鳴をあげながら、先手必勝、必滅の拳を振るった。

「————————っ疾!」

 防御に出たのは吹雪だった。

 彼女は座敷童子の時にも顕現させた、同じく究極の神器〈氷雪(ぎょうせつ)藤槍(とうそう)〉を手に持ち、その美しい藤色の刃を翻しながら、氷の壁を張る。

 途端、轟音。

 衝突の衝撃に空気がひずみ、大量の氷の欠片をまき散らす。

 暫く(といっても本人たちの主観であり、正確には一瞬しかたっていないが)均衡状態が続いたが、障壁を張るのがコンマの差で遅く、二人は後方へ吹っ飛ばされる。

 が、燈が片方の手で〈紅鱗龍〉を地に突き刺し、後退の威力を殺し、もう片方の手で吹雪を受け止めたため、大したダメージは見られなかった。

 そして、

「…………」「…………」

 互いにアイコンタクトを交わすと、燈はカッパのほうに一直線で飛び込んでいった。

 燈は〈紅鱗龍〉を一度強く握りしめ、その刃一枚一枚に炎を顕現させると、カッパの目の前で大きな跳躍。そして、まるで美しい舞のような華麗な動きでその刃を操りながらカッパを翻弄する。

 カッパは遠心力によって極限まで加速させながら、複雑な軌道を描く刃を視認することはできず、無数の傷を作っていく。

 一度の跳躍を終え、カッパの背後を取った燈は、再びそれの喉笛を搔っ切らんと即座に第二撃の用意をする。

 が、カッパが獣じみた極大の叫びを放ち、燈の気を一瞬そらした。

 たかが一瞬、されど一瞬。カッパは空中で静止した燈に向かって大振りの一撃をぶつける。

 幸い、何とか気持ちを持ち直した燈が、〈紅鱗龍〉の刃を太刀のそれに戻し、その攻撃を受け止めたため大事には至らなかった。

 しかし、彼女らが今相手取っているのは天下の百鬼、それも序列上位の個体。当然無事で済むわけなく、燈の、衝撃により限界を迎えた肉体が小さく悲鳴を上げ、それに合わせて燈は少し喀血をする。

 そして、明かりの一瞬が極大の時間になった今、それをカッパが逃すわけもなく、それはまたしても奇声を上げながら燈に迫る。

 形勢逆転。誰もがこの場面を見たらそう思っただろう。

 そんな絶体絶命の中、燈は、死を悟って絶望するわけでもただ神に生を祈るわけでもなく………。


 いたずらが成功した子供のように、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。


「居合―――〈雪那〉」

 突如響く、凛とした声音。『氷獄(ひょうごく)鬼姫(おにひめ)』吹雪であった。

 そんな彼女の無慈悲な一言の刹那、まずカッパは極大の氷に押しつぶされ、彼女が薙刀をまるで居合刀のように軽く、しかし膨大な妖力と怒りを込めて振るうと、カッパの胴と首が泣き別れ――――するはずだった。

 あろうことか、カッパはその強靭な肉体をさらにさらに肥大化させ、氷を砕き、その上で彼女の一刀を両腕を犠牲にして受け止めたのである。

 両腕、それは剣士にとっては命よりも大切なものであるが、妖、それも上位の個体にとっては大体の利く便利な道具に過ぎない。

 事実、生への渇望によって強化されているカッパは、吹雪の氷から残りの体を強引に引き抜き、後ろに大きく跳躍すると、即座に腕が再生していった。

 かの座敷童子を断頭した吹雪の極大の一撃が破られた。それは、この戦いの流れを変えるのには十分すぎる刺激であった。

 カッパは再度跳躍を行い、海の浅瀬に大きく飛沫を上げながら着地した。

 そして、おもむろにその水かきのついた手で水をすくい上げると、頭の皿にぶっかけた。

 途端、カッパの纏う妖気が跳ね上がり、ひどく禍々しいものに変容したのであった。

 さらにカッパはそれを何度か繰り返し、出来上がったものは――――


 もはや名状することもできない、哀れな生命体であった。

 

「#$%)”#$%$#*?=?*>!\¥」

 先程までカッパであった何かが、聞くものすべてを不快にさせるような咆哮を放ちながら、力をためるような仕草を見せる。

(これはまずい)

 一瞬のうちにして己が身に迫る最大級の危険を察知した二人は、どちらからともなく一か所の場所に集まり、吹雪が二度と鍔迫り合いの後に負けぬように最速で氷の壁を張り、限界を超える速度で同じものを作成し続ける。

 そして、それに合わせるように燈は、氷の壁が解けないよう、遠距離に紅蓮の球を三つ四つと顕現させていく。

 三者の攻撃準備に世界が軋み、純白の砂浜に、漆黒の殺気と大量の妖力の奔流が発生した。

 そして、永遠にも思える拮抗状態の後、カッパの蒼々(そうそう)の水の光線と、燈の紅蓮の球二十九発が激突した。

 瞬間、世界が白く染まり、今まで以上に大きく軋みを上げた。

 紅蓮の球は最初こそカッパの光線を止め、肌を焼くに至ったが、質量のなさが敗因となり、あとは吹雪の障壁とカッパの光線の勝負となった。

「はあああああああああ!!」

「#$%$!$&{+}*+」

 そうして、今度こそしばらくの均衡状態が続いたが、点と面の図形による有利不利により吹雪の障壁が破られ、カッパが光線を出し切る一瞬の間彼女らに直撃する。

 多大な砂ぼこりが舞い上げられ、微かにそれに血の霧が混ざり、そしてそれらがなくなった時、

 そこには、右肩に穴が開きそこから多量の血が噴き出す吹雪。そして―――


 それ以外には何もなかった。


 否、何もなかったは語弊があるだろう。まき散った血液、そして所々に散らばる燈の衣服だけがあった。

 その光景に吹雪は嫌でも理解させられる。

 最愛の妹はもうここにはいないのだと。

「ああああああああああ!」

 吹雪から放たれる、今までの攻防戦がチャンバラごっこに見えるようなどす黒い殺気。

 その、本能の警鐘をけたたましく鳴らすようなオーラにカッパは走り出すほかなかった。

 片や、右肩に穴が開き、左手のみで〈氷雪ノ藤槍〉を握りしめる吹雪。片や、生存本能のままに突っ込み、時間がたてば治るはずである焦げた肌をより無残なものにしながら走るカッパ。

 これが二人の最後で最大の戦であった。

 まず仕掛けたのは吹雪。

 〈氷雪ノ藤槍〉で下から袈裟斬りにするような大振りの斬撃。それの刃からは、絶対零度の妖力が広がり、生物の内部に入った瞬間、血液が凍る死の一撃。

 しかし、カッパはその切っ先が届く寸前で、まるで冗談のように、それはもう舞を見ているかのように美しい動きで避けたのであった。きっと、極限状態の中で燈の戦闘スタイルを身に着けたのであろう。

「お前がそれを使うなぁああ!!」

 その圧倒的なパワーはさることながら、妖術の威力と凶悪さ、さらに異次元の成長性ときたら。

 吹雪は、否、彼女は今初めて、自身に立ちはだかっているのは紛れもなく『鬼』の名を冠するに相応しい強敵だと自覚し、カッパを強く憎みながらも心中で賞賛の念を送った。

 だからこそ、もはやなりふりなど構ってなどいられない。

 吹雪が血を血ですすぎながら積み上げてきた武力と妖力。その全て、否、それ以上の力を引き出し、かの化け物に一矢を報いる。

 それは、今現在吹雪が達成すべき悲願と化した。

「………っ…はああああああああ!!」

 故に、吹雪はこの戦いに入ってから初めて見せる笑顔、修羅の顔とともに〈氷雪ノ藤槍〉を左手で力強く握ると、その膂力のままに思いっきりカッパに向かって投げた。

 しかし、そんな力任せの攻撃が残すのは意外性のみで、カッパは上からのこぶしによりそれを叩きつける。――――――途端舞う、幾度目かもわからぬ砂埃。

 その砂ぼこりには鬼が紛れていた。

 〈氷雪ノ藤槍〉を再顕現した吹雪が、砂埃を突き破って河童に突貫する。

 神器の再顕現。本来、一撃必殺の武具の二撃目。

 使う妖力は計り知れるものではなく、吹雪は、体だけが冴えたまま、若干目が霞むのを感じた。

 だが、それがどうというのだ。

 やらなければあれに勝つことなど到底できやしないのだ。出し惜しみなどしてはいけない。

「ああああああああ!」

 だから、吹雪は叫んだ。自身の中に眠る弱虫を駆逐するように。自身の中に眠る獣を開放するように。

 彼女から放たれた神速の突き。

 直撃だったら、確実に決め手であっただろう。

 だが、如何せん、位置が悪かった。彼女の霞んだ眼がそうさせたのか、戦闘の中たまりにたまった疲労がそうさせたのか、吹雪の刺突は、カッパの左手を吹き飛ばすだけにとどまった。左手は高らかに飛翔して、やがて一人と一匹からやや離れたところにぼとっと音を立て転がった。

「$&&&&%%&=&’$#」

 刹那、カッパの鋭い蹴りが吹雪を襲う。

 彼女にはもう氷の壁を張る時間も、妖力も残ってはいなかった。

 吹雪は、何とか〈氷雪ノ藤槍〉を蹴りと自分の間に挟み、直撃を免れる。

 途端、衝撃。絶対零度の妖力に包まれる吹雪の体がかっと熱くなり、その代わり、浮遊感が彼女の体を満たす。

 〈氷雪ノ藤槍〉がやけに軽い。きっと折れてしまったのだろう。

 そんなことを吹雪は朧気に考えていると、浮遊感が終わり、今度は砂浜が彼女のことをやさしく包む。いや、実際はそこそこの勢いで突っ込んでいったのだろうが、吹雪の痛覚は通常運転ではなかった。

「………オマエ…ノ……マケ………」

 危機を脱したからだろうか。カッパは言葉にできない奇声ではなく、途切れ途切れではあるがしっかりとした人の言葉で吹雪の鼓膜を震わす。

 霞むどころかもはや明暗の区別すらわからぬ吹雪の視界ではカッパが具体的に何を思ってそう言ったのかは彼女にはわからなかった。

 しかし、その言葉の中からほんの少しだけの敬意、自戒のようなものを感じ、彼女は少し笑った。

 お互いの全力を出しての敗北。

 これほどまでに残酷で、楽しいものはないだろう。

「ああ、そうだな。………私の負けだ――――」

 吹雪は血で嫌に湿った喉を震わせながら、小さくそう言う。

 カッパが拳を構えるのが分かる。

 このまま倒れていたら数秒後には自分が物言わぬ人形になる未来が、彼女にははっきりとわかる。

 それを理解したうえで、吹雪は少し、なんて行儀のよい真似はせず、今動かせるだけの表情筋を動かして盛大に嗤った。

「私の負けだ――――でも、()()()の勝ちだ」


「万象を焼き尽くせし炎の御神(みかみ)よ 我が呼びかけに応えたまえ

 我が名、烏魔(からすま)(あかり) 紅蓮の魂を持つ炎の巫女なり」


 突如、砂浜に凛とした声が響き渡る。

 カッパは慌ててあたりを見回し、その声の主を見つけた途端、自身の中に眠る恐怖と野生が再び解き放たれたのを感じた。

 そして、吹雪はうっすらと見える金色に、安堵し、ただでさえ見えにくい目をよりぼやけさせる。

 そこには体のところどころをクリムゾンレッドに染めながらも、堂々と二本の足で立ち、あまつさえどこからそんなものが出てくるんだと目を疑いたくなるほどの妖力を体に纏わせる燈がいた。

 ここで少し種明かしをしよう。

 あのカッパの一撃と、吹雪と燈とのぶつかり合い。それが終わった直後、燈はぼろぼろの体に鞭を打ちながらあの場から脱出したのだ。

 なぜそのようなことをしたのか。無論、カッパの一撃に恐れをなしたわけでも、回復の時間を作るためでもない。

「森羅の因果を捻じ曲げ創造す 幾星霜にわたる火群(ほむら)(むしろ)

 吹雪と同様、自身の限界を超えた御業を放つために妖力を練る時間を稼ぐためである。

「………ったく……離れるなら離れるって言ってくれよ……お姉ちゃん、心配しちまったじゃねえか」

 吹雪はカッパよりもかなり早い段階、〈氷雪ノ藤槍〉を投げる少し前から燈の生存に気づき、その意図まで酌み取り、カッパが燈に気づくことがないような立ち回りを行っていた。

 しかし、すぐに気が付いたし、彼女がこんな場所で死ぬタマでないことも理解していたはずだが、やはり一度はよぎってしまった突然の別れ、その地獄すらも生ぬるい苦しみに吹雪は肉体よりも心が悲鳴を上げていた。

 不意に、燈が詠唱をやめ、こちらに優しく笑みを浮かべる。

「……えっと、ごめんね、姉さん。この通り私はピンピン……はしてないけど生きてるから。安心して?………あ、それとありがとね。私のために怒ってくれてすっごく嬉しかったよ!」

(………ああ、よかった)

 きっと自分が二番目に好きな人。唯一人の家族。

 そんな彼女の優しさと強さが詰まったその言葉は思ったよりも吹雪の心に染みわたったようだ。

 彼女の、何よりも――きっとこれから彼女が放つ極大の炎の技よりも――光り輝く姿が、吹雪の目には焼き付いていた。

「……うっせ………早くそいつを倒してくれ」

 きれいだ。

 同性、それも姉妹である吹雪が燈にそれを言うのは、姉の沽券やらそういうものが邪魔だった。

 だが、彼女らは姉妹。おそらく何を言いたいかは伝わってしまっただろう。

(ああ、あとでいじられるな……)

 吹雪は至極当然のように遠い未来のことを考えながら、燈の一撃を待つのだった。


「天上を堕とし天下を打ち上げる 魔炎すらも灰燼と化す神火(しんか)の機構」

 ところで、異能と詠唱の関係はどのようなものなのか。

 通常、全ての異能に詠唱は存在している。それは一般異能においてもそうである。

 詠唱は異能を行使する際、自身の中にある妖力をどのようにして練り上げるかの設計図、イメージ図としての役割を持つ。そして、その異能を極める、または余りある妖力で無理矢理異能を発現させることで詠唱の省略や無視を可能にするのだ。そのため、異能は複雑な構造になるものほど詠唱は長く、省略や無視は難しくなり、卓越した技術を持つ異能者ほど、多くの異能を詠唱無しで行使することができる。

 ちなみに、個人異能の詠唱は、基本その異能者が異能に目覚めたときに強制的に識ることとなるが、極稀に自分で詠唱を作る才気にあふれた者もいる。

 ――――そして、燈の異能者としての才覚。それは、鏖妖組(おうようぐみ)の一番隊隊長という役割から嫌でもわからせられるだろう。

 まごうことなき最高水準だ。

 そんな彼女が、吹雪に時間を稼いでもらうまで妖気を練り放つ、十節の詠唱を必要とする異能。

 その威力は計り知れるものではない。


「夢物語を現世(うつしよ)に成す無極(むきょく)の如き力の一端で 我を導き給え」


 ――――そこまで言うと、燈の溜めに溜め込んだ紅蓮の妖力がカッパのほうまで流れていった。

 彼女の妖力がカッパを取り囲んむと刹那、砂浜からあるものが飛び出した。

 それは、深紅に染まった柱と(ぬき)島木(しまぎ)。そして、黒曜に彩られた流線型の笠木(かさぎ)。要は鳥居である。

 しかし、ただの鳥居ではない。柱、貫、島木、笠木、それぞれの部位が三組ずつあり、それらが互いを支えるように三角形に配置してある、つまり三柱鳥居(みはしらとりい)、内と外、神と人の力の差を明確化させる荘厳なる領域である。

「&$%&’$&#$”%」

 カッパが遅ればせながらも自分の周りに起こった異変に気付き、三柱鳥居からの脱出を図るも、いくらその巨大な拳をたたきつけても見えない壁に憚られ、脱出は困難を極めるようだ。

 そう、カッパがこの領域に入った時点で、否、燈にこの詠唱を終わらせた時点で、もうカッパの勝機はないにも等しい。

「一切合切を焼き尽す炎の御柱(みはしら) 天陽焔灰燼(てんようえんかいじん)!」

 直後、三柱鳥居の領域内に天から轟音と共に極大の炎が降り注いだ。

 その圧倒的な質量と熱量にカッパは声を上げる間もなくただ(ひしゃ)げ、その身を灼かれるのみであった。それでも炎の勢いは止まることを知らず、一時、水の都は昼のように明るく、暖かな空気に包まれたという。

 そして、そんな火力を持って放たれた絶技の近くにいた吹雪と燈は、

「……もう、むり……妖力、すっからかん!」

 三柱鳥居が内と外を隔てる強固な結界の役割を果たしているため、術の余波に焼かれることはなく、燈はくたくたの体に鞭を打ちながら、吹雪のところまで歩み寄る。そして、やがて全ての力を抜き、吹雪と同じように彼女の隣で倒れこむように寝転がる。

 その一連の動作を、柔らかな笑みでそれを見届けると、

「……わりぃ、ちょっと寝るわ」

 心底安心しきった様子で、そのまま目を閉じ穏やかな寝息を立て始める。

「あ、ずるいっ」

 流石に今しがた襲撃があった状態で二人揃って寝るのは自殺行為以外の何物でもない。

 いくら、くたくただろうが体のあちらこちらが痛かろうが吹雪が仮眠に入った今燈が寝るわけにはいかない。燈は憎たらしげな眼で姉の寝顔を睨む。

「………まったく………」

 乱れてはいるもののそれすらも美しいと思わせる純白の髪、長いまつげ、整った鼻梁に、桜色の唇。体の至る所が赤く染まっているのも彼女を神秘的に引き立てる材料でしかなくて。

 そんな、暴力的なまでに美しい彼女の信頼を現在、独り占めしている(わたし)

 悪くない。――——否、最高だ。

 燈は母親と眠る坊やのように安らかに眠る最愛の姉を、微笑みを見せながら髪をひと撫でした。

 ―——さあ、一肌脱ぎますか―――

「……………おやすみ、姉さん」

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