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猫と桜  作者: 詩音
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今回は本当の本当に真面目です。 第十九章

  第十九章 望まぬ出会い

 丑三つ時も近いこの時。さすがに夏でも気温は下がり、風呂に入った後、長く夜風にあたっていると湯冷めしてしまうだろう。

 しかし、鏖妖組の頭取であり、ミヤの同居人である高は、あまりにも長い風呂から部屋までの道を歩いてもなお、脳はゆだるほど高温であった。

 悩みの原因は一つ、先程のミヤの行動だ。

 彼女は、まず高がいるということがわかているのにもかかわらず、温泉に入ってきた。そして、しばらく話をした後、彼女は急に狼へと姿を変えた。高のにおいを嗅いだり舐めたりして、ついにのぼせてぶっ倒れた。最後に、目覚めた彼女はしらふに戻っていて、高から逃げるように風呂を出た。

 行動のすべてにおいて理解不能だ。ここ数分熟考していたが、全くわかる気配がしない。

「………まあ、聞くしかねえか」

 高が今握っているものは、ミヤの簪。彼女が風呂から退散した際、忘れていったものである。

 あまり、気乗りする話ではないが、彼女にこれを渡すついでに聞くしかないようである。

 と、

「………あ、おにいちゃん!……おにいちゃん、助けて!」

 この時間に聞くにはあまりにも幼い声音が、横から聞こえてきた。

 こけた頬に、泣きはらした(まなこ)、そしてなにより、ぼろ雑巾のようになってしまった着物と、それにべったりと付着した血の跡が、少女の余裕のなさをありありと語っていた。

「ん、どうしたんだい?誰を助けてほしいのかな?」

 急かす少女とは反対に、高は至極落ち着いた様子で問うた。

 少し、緊張感がないように聞こえるかもしれないが、この時高はいたって真面目である。

『上に立つものならば動揺を見せるな』

 これは高が先代から鏖妖組を継ぐ際に初めに言われたことだ。

 頭の動揺は下の者に伝播し、様々な混乱を招く。

 そのため、頭は常に何があっても冷静なふりをしなくてはならない。それが、長であることの最低条件である。

 ほかにも、高は先代から2千にも及ぶ長であるための条件を教え込まれたがそれは割愛させていただく。

「ネコの!……ネコのお姉ちゃんを助けて!()()()に連れていかれた!」

「……きみは今すぐお父さんとお母さんの所へ行きなさい。……なあに、俺に任せておきな」

 最初の言葉は絞ったように。そして、次の言葉は長であるための余裕さを見せて。

 高はそれだけを少女に言い残すと、彼女が来た方向に風の速さで向かっていった。


『……すまない、俺の失態だ。………ミヤがさらわれた。場所は北西、細かい位置は自分の霊脈視(れいみゃくし)を使ってくれ!移動中、ほかの妖と接敵したらそっちを殲滅てくれ!……頼んだぞ!』

 通信術式。対象者に特殊な術式を付与することで、対象者同士での任意の会話が行えるようにする異能。声の鮮明さは距離によって決まり、あまりにも離れていたり通信障害系の異能を行使されると会話ができないようになる。

 高は、霊脈視(妖力の強いものがどこら辺にいるかを知る異能。妖はどんなに雑魚でも一般人以上の妖力を持っているため、妖の場所がわかる)を使い、おそらく、ミヤと彼女を連れ去った妖がいる方向に見当をつけ、それに向かって一直線に走ると同時に、その通信を行った。

 それにより、すっかり恋バナに夢中になっていた吹雪と燈は冷静になり、そして、完全に寝こけていた和夜と風牙は目を覚ました。

 そして、

『了解!』

 それだけを言い残し、四人は一斉に北西へと走り出す。

 四人も、高と同じように妖のいるであろう方向に主に宿の天井を伝い、たまに道を飛び越えて移動する。吹雪に至っては、組紐を自身の髪からほどき、たすき掛けする作業を並行して行っている。

「風牙!妖の位置は!?」

 和夜が、霊脈視がこの中で一番優れている風牙に妖の詳しい位置を聞く。

 しかし、風牙は和夜に言われるよりも早く、霊脈視を使っていたようで、すでに瞳が淡く光っていた。

 そして、問いから数瞬後に答えが返ってくる。

「あそこの洞穴にいます!それと、高密度の妖力反応がいくつかします。注意してください!」

 そういって、水の都が水の都たらしめる、その美しい海に立つ断崖絶壁(水の都は広大な入り江があり、そのうちの半分を埋め立てて市街地と、そしてもう半分を海としている(イメージ、璃〇港))に存在する妙なほころびを指さす。

 距離にして5キロといったところだろうか。身体強化を十全に帯びた幹部たちならば10分で到達可能な場所であった。

 しかし、現実とは常に非常なものである。

 四人が次の道を飛び越えようとしたその時、

「カメエエエェェェェッェェェェェッェェ!!!!」

 突然奇怪な声が頭上から鳴り響いたかと思うと、前方の道に大きな衝撃が走り、大量の土煙が立ち上がる。

「うっわあ!」

「逃げろ!」

 こんな時間にも未だ観光しているつわもの達が蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。

 と、そんな旅人たちで一番土煙の近くにいた一人に、緑色の肉肉しい腕が豪速急で迫る。このまま、刹那の後には旅人の頭がトマトになるかと思ったその時、

 再び大きな衝撃音が響き、今度は速やかに土煙が晴れると、

「だめだよ~、一般の人襲ったら………」

 そこには、化け物の腕を軽々と素手で受け止め、軽口をたたく燈がいた。

 やがて、化け物を覆っていた土煙すらも晴れ、()()の全容が示される。

 全身が深緑色の皮膚に覆われ、それらの全てが分厚い筋肉によって隆起している。服装(謎)は上裸で下も、雑な草のスカート?を身に着けているだけであった。

 そして、顔は肌の色以外は基本人間と大差ないのだが、口だけは鳥のような嘴が付き、さらに、頭は真珠のように光り、うっすらと湿っていた。

 それは燈に止められた方の腕をそっと戻すと、不意に、全身に力を入れ、それをまるで見せつけるかのようなポーズをとった。

「オレノ、筋肉、キレテル。……オレ、ツヨイ、ダカラ、コロス」

 たどたどしくも、殺意のこもった台詞を吐き捨てた。

 その、あまりにも妖すぎる妖に、四人は若干引きながらも、すぐにいつでも殲滅できるように臨戦態勢をとる。

 すると、それは風牙と和夜のいる方をびしっと指差し、

「オレ、ナマエ、カッパ。…オイ、筋肉ダルマ。オレト、ショウブシロ。……ソッチノ、肉ダルマハ、ジャマダカラ、ドッカイケ」

 風牙たちには殺意と闘争心をないまぜにした視線をぶつけ、燈たちは、一瞥すると、興味をなくしたようにシッシとぞんざいな扱いをする。

 それに、彼女たちは若干ピキッときた。

「ねえ、肉ダルマってどういうことかな?ねえ、どういうことかな?」

 燈は、とてもいい笑顔でそれ、改めカッパに聞く。

「オレ、テンサイダカラ、ワカル。オマエラ、ニクノカタマリ。ゼッタイ、ヨワイ。オレ、ヨワイヤツ、キョウミナイ。ダカラ、ドッカイケ」

 いも言わずそう言うカッパに、燈と吹雪は何かが切れた。

「ねえ、風くん、先行ってて」「なあ、和坊、先行ってろ」

 燈はさらにすごい笑顔で、吹雪は完全に無表情で続ける。

『私は、こいつ殺してから行くから』

 そこまで言い切ると、彼女らはいきなり消えて、もとい、俊足で移動し、カッパを海岸のほうまで吹っ飛ばして自身らもそちらへ走っていく。

『………………』

 触らぬ神に祟りなし。風牙たちは何も言わずに再びミヤをさらった妖のほうへ走り出した。


 ミヤは、今日三度目になる覚醒を果たした。いや、まあ、おそらくもう日は跨いでいるため正確には最初か二回目なのだろうが。

 今回の覚醒には、最初からじわじわとした痛みが体を蝕んでいたため意識の回復が早く、思い出したくないことを思い出し、考えたくない現在の状況を把握してしまった。

 ミヤは今、黒い龍を携えた妖に捕らえられ、今はおそらく拘束されているのだろう、両手足首に異物が絡みついている気がする。

 そして、相変わらず右足は鈍く痛み、下を見ると小さな血の水たまりを作っていた。

「お、目え覚ましたか?」

 嫌な感じで中途半端に訛った声が響く。

 ミヤを連れ去った妖だろう。

 未だ、若干かすむ目で前を見るといた。嫌なものを見てしまったと、ミヤは心の中で思う。

「おっと、まだ名前をゆうてあらへんかったかな?わしの名前はオロチ、ここら辺の妖の王じゃ」

 妖、改めオロチはいかにもきざったらしい礼をしながら自己紹介をする。その行動一つ一つに若干の吐き気を覚えるミヤであった。

「…………」

 とりあえずミヤは、侮蔑と憎しみを瞳に込めて無視を決め込むと、オロチはさめざめと泣くような仕草をして、

「無視せんといてくれや~。悲しいやないか~」

 と、おどけたように発する。ミヤの嫌悪が降り積もる。

「………自分に酔っているところ大変申し訳ないのですが、さっさと用件だけ済ませてください。あなたの三文芝居に乗ってるような時間は私にはありません」

 やがて、自分が口を開かないと終わらない気がしたので、ミヤは嫌悪感と棘をたっぷりに含んだ言葉をオロチに投げつける。

 先程まで下手な泣き真似をしていたオロチは、それを聞いて興ざめしたのか、芝居をピタリとやめた。

「……けっ、面白くないのう。………じゃあ、お望み通りさっさと終わらせてあげますわ。…………わしがなぜおまえを連れてきたからというと………」

 ミヤは、これから語られるであろう長話にうんざりするも、静かにしてオロチの言葉に聞き入った。


「風牙、妖の位置に変化はあるか!?」

 夜の闇を切り裂きながら走る和夜は、彼の隣を並走する風牙に問いを発する。

「いいえ!一向に動く気配がありません!妖は洞窟で何かやっているようです」

 すぐさま出てくる解に、和夜は少しの安堵と、多大な心配を胸に抱いた。

 妖の位置に変化はないことから、おそらくミヤは死んではいないだろう。無論、和夜もミヤがこれしきの事で死ぬタマだとは思ってはいないが、その明確な事実には弛緩し切った心をややほぐしてくれた。

 しかし、それは逆にまだ彼女が洞窟の中で妖から拷問を受けているという可能性にもつながる。

 そうなると、現在は生きていたとしても伸び伸びとはしていられない。迅速かつ的確な救助が求められる。

 がしかし、おそらく相手は百鬼、それも上位のほうである。そんな、まさしく化け物と形容される異形からミヤをこれ以上傷つけることない立ち回りを、果たして自分たちはできるだろうか?

 勿論、やるときは全力、否、さらにその先までの実力を出して妖と対峙するつもりだ。しかし、物事にはまさかがある。

 もしも、彼女が帰らぬ人になってしまったら………。

 もしも、それで親友が心を壊してしまったら………。

 先程からそんな最悪の妄想が肺腑を満たす。

 どうやら風牙も同じことを思っているのだろう。彼の顔も、いかにも胸糞悪いといったようにしている。

 そして、どちらからともなく、彼らは走る速度を一段階上げる。

 その時だった。

 突然、風牙のいる方から、強い光が放たれたかと思うと、次の瞬間には大きな音と衝撃をまき散らし、大爆発を引き起こした。

 最低限の防御しかできなかった和夜はたまらず吹き飛ばされ、市街地から一気に入り江の外、崖の上へと強制的に連れてこられた。異常な火力であることは火を見るより明らかである。

 砂埃にまみれて視認性の悪い辺りを何とか見回すと、二メートルほど左に風牙がいた。

 彼は、おそらく先程の攻撃をもろに食らったようだが、和夜よりも1テンポ早く異能、それも風の個別異能を使用し、純白の風の(かいな)を顕現したらしく、ダメージは和夜とどっこいどっこいである。

「風牙、大丈夫か!」

「はい、問題ないです。それより、気を付けてください!来ます!」

 和夜にそう返す風牙の言葉を聞き、和夜は体に力を籠め、最大級の身体上昇の異能を身に纏い、メリケンサックも素早く装着した。

 現在、深夜の真っただ中であり、和夜の個別異能も使用可能だが、それを使用するのはあまりにもリスキーであるため、相手がどんなものであるかもわからないままでは発動させることはできない。

「おいおい、これを耐えるのか?鏖妖組の連中は本当に人間なのか?」

 今度は前方で轟音が鳴り響き、土煙を巻き上げたかと思うと、そこから人型の何かが出てくる。どうやら、あそこから跳んで来たらしい。

 何かの肌色は漆黒の中に血をにじませたような赤黒、服装はやはり上裸だったが、カッパよりは幾分かましな下を着ていたのが唯一の救いだった。

 禿げ上がった頭部に、凶器と殺気をごちゃまぜにして笑うその姿は、まさに狂戦士(バーサーカー)のそれだった。

 ついでに、背中に大きな車輪?のようなものを引っ提げて、その車輪は火をまとっていた。

「どうせお前らはここで死ぬから関係ないんだが、一応自己紹介をしておく!俺の名は火車(かしゃ)!扱う力は爆発だ!……お前らも名乗れ!」

 火車はまさに傲岸不遜といった感じで、名乗りを上げる。

烏丸風牙(からすまふうが)、使う異能は風です」

鬼波和夜(きばかずや)、異能は夜」

「そうか!俺の一撃から耐えたことを称して、名前だけは覚えておいてやろう!ほかに言い残すことがないなら、もう始めるぞ!」

 火車は腕組みをしながら実に偉そうに叫び、それが終わると準備運動的なことを始めた。どうやら、和夜と風牙のことでなく、人間そのものをなめ腐っているらしい。

「和夜さん、まずは俺一人で行きます。あなたの異能はここぞというときに使ってください」

「ああ、分かった」

 和夜は今は、誰の役にも立てていないことと、ミヤを一刻も早く助け出したいのにそれができないことに、内心ものすごく歯噛みしながらも、その『ここぞ』のために精神を統一させる。

(無事でいてくれよ、嬢ちゃん)

 和夜の思いは夜の戦場に溶けていった。

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