明けましておめでとうございます。今年中に終わればいいな。第十一章
第十一章 事後 前編
ミヤは今、花畑の中にいた。
きれいな、水晶の花があたり一面に咲き誇り、その中に一輪の大きな深紅の花が輪とたたずんでいた。
……そのあまりにも美しい光景が、一体の妖の死に目だと誰が思うだろうか?
最凶の厄災と思えた妖、座敷童子は数瞬前、吹雪によってその首を切られ絶命した。彼女の体は、一片の余りもなく凍らされており、その光景をミヤが不謹慎にもきれいだと思った直後、音もなく砕け散った。
「ふう、終わったか。…………おい、ミヤ!怪我はねえか?」
吹雪は、好敵手と思えた相手がこれだけで切れてしまったことに若干、落胆するもそれがミヤたちにばれぬように気持ちを抑え込み、ミヤの安否を問うた。
「大丈夫!……あ、でも!」
ミヤ事態にけがは全くないのだが今、彼女の下で寝ている和夜は、相当の怪我を負ってしまっていたのだ。
すぐさま、安否確認のために下を向く。
「和夜さん大丈夫!?」
「………………」
和夜はミヤの問いを無視して、ずっと目を閉じている。
「え、ちょっと、和也さん?」
体をゆするが、和夜はだんまりを決め込んだままだ。
「和夜さん、しっかりしてくださいよ!」
嘘だ。さっきまで優しくミヤを励ましてくれていたのに。
これは、きっと和夜のいたずらだと、体をさらに強くゆするが、一向に動こうとしない。
どうしようもない罪悪感が、ミヤの小さな体をつぶす。和夜はミヤをかばってこの傷を負ったのだ。
自分の立っている地面が、ゴムのように頼りげのないものに変わっていく。平衡感覚さえも薄れ、そこはかとないほどの吐き気がこみあげてくる。
ミヤは、この世界にきてかつてないほどの絶望に直面していた。自分をかばって、傷ついてしまった人がどんどん弱っていくところを見ることしかできない。わずか十と少ししか生きていない少女にとってその経験はあまりにも酷であろう。
どろどろと湧き上がる、自己嫌悪の底なし沼にミヤはずぶずぶと飲まれていった。
「おい、ミヤ!しっかりしろ!……まだ和夜は生きてる!」
ミヤの曖昧な意識を、吹雪の凛とした声が呼び覚ました。いつの間にか吹雪はミヤと和夜の隣にいて、和也の脈を確かめていた。
そして、和也の生死を確認し、一言ミヤに声をかけると、勢いよく立ち上がった。
「私は、医者読んでるからミヤはそれまで和夜を見といてくれ!……死ぬなよ、和夜!」
そう言うと、吹雪は鏖妖組の屋根を軽々と飛び越えどこか行ってしまった。
吹雪が行って、少しすると、ミヤの中にはいきなり何とも言えない違和感が沸き上がってきた。
これから少したら、きっと吹雪が医者を連れてきてどうにかしてくれるだろう。そうしたら、みんな無事のハッピーエンドだ。
しかし、本当にそれでいいのだろうか?
和夜は、ミヤのために文字通り体を果てきれたのに、自分はただぬくぬくと吹雪の帰りを待っているだけでいいのだろうか?そんな結果で、自分は納得できるだろうか?
多分、いや、きっとこの状態はだめだ。和夜を本当に思うなら、どうにかして今彼を直さなければだめだ。それに、ミヤが今までに会った高や風牙、吹雪、和夜たちは今すぐに行動を起こすはずだ。
たとえ、自分があまりにも非力だとしても、大事なのはどうしても和夜を助けたいという強い気持ち。
ミヤは、ほとんど無意識に両手を掲げ、和夜の傷にもっていった。そして、今までより、ひときわ強い思いを込めた。
その数瞬後、ミヤの手がぼんやりと緑に光った。
ミヤの目に最初に入ったものは、見慣れない天井であった。
徐々に意識が覚醒して、今までの記憶がはっきりと輪郭を表してきた。
高の職場である鏖妖組に来ていたこと。そこで和夜と一緒にいるときに妖たちによる襲撃があったこと。そして、その戦いの中で、和夜は………
そこまで思い出したところで、ミヤは勢いよく上体を起こした。
そうだ。和夜は座敷童子の攻撃からミヤを守って、大けがを負ってしまったのだった。そして、自分はそれを治そうとして…………。
「お、目覚めたか」
そこまで思い出したところで、不意に横から声が聞こえてきた。
その声音は高く張りがあり、どうやら女性のようだ。ミヤは今まで一度も聞いたことのない声の主のほうへ目を向ける。
年は15歳くらいだろうか。髪は長く、その色はほとんどが黒だが、所々の色が浅く鉄色をしていた。装いは地味な色の着物で、襷がけをしている赤のひもがよく目立った。その表情は少しけだるげにしており、目元にうっすらと浮かぶクマが彼女がつかれていることを物語っていた。
また、彼女の服装や、着物であるのに思いっきり足を開いて椅子に腰かけている様子から、見た目は完全に美少女であるのにどこか男性らしい雰囲気を醸し出していた。
「あ、あの………」
とりあえず、ミヤは自分は今どういう状況に置かれているのかを聞き出すため、その人に声をかける。そして、声をかけようとしたところ、その人はミヤに近寄り、すぐ前にまで来ると、
「あの、5万で抱かせてもらっていいですか?」
あまりにもぶっ飛んだ第二声を上げた。
「……は?」
ミヤの思考が完全に停止し素っ頓狂な声を上げると、彼女は何かに気づき、ばつの悪そうに髪を掻くと、
「あー、やっぱり5万だと安いかな?じゃあ10万は?いやー、今月もう20人以上抱いちゃっててさ……さすがにそれ以上はきついんだよ。………あとは、ちゃんと優しくするからさ!ね?」
第二声よりもさらに狂ってる第三声を発した。
もうここまで来ると、驚くどころか真顔である。
「え、いやちょっと待ってください」
「やっぱだめ?じゃあ、大サービス13万で!」
「いや、お金の意味ではなく!」
「え、じゃあ腕の問題?大丈夫!私こう見えていろんな女の子の相手してきたんだよ!どんな注文でも完璧に答えるからさ!」
「いや、その問題でもなく!…………え、あなた女の人ですよね?」
「ん?そうだけど」
「なら、なんで私と……?私も女ですよ………」
「え、やり方知らない?女同士でもちゃんとまぐわうことできるんだよ?」
「どうやって!?」
「んー、えっとねまずわね~」
「やっぱいいです!」
これ以上は新しい扉を開いてしまいそうで、ミヤはやや頬を赤くしながら自ら聞いたことだが、ぴしゃりと断っておく。
「………とにかく!お金とか腕とか関係なく、だめです!……というかあなたは誰ですか?」
ついでに、抱かれる云々の話にも断りを入れ、話を強制的に曲げた。
「あー、そういえばまだ言ってなかったね。私は医賀斑。ここの医務官をやってる。…それよりも、ねえ、抱かせてよ」
「さっきの話聞いてました!?」
まさかの、断った話を速攻で蒸し返してきた。
「ねーいいじゃん。減るもんじゃないんだし~」
「明らかに減ります!」
「え、まさかの初物?やめてよ、もっと抱きたくなるじゃん」
「医賀さんよくそんな明け透けのないこと言えますね!」
そういうセクシャルな話を全くせずに生きてきたミヤにとって斑との会話はレベルが高く、体のあちこちから火が噴き出そうなほどダメージを受けていた。
「ねえねえねえ~、抱かせてよ~」
なおもしつこく要求してくる斑であったが、その声は唐突に途切れた。
「何をしているの、斑ちゃ~ん?」
ゆるふわモードであっても、いまだなおビンビンに威圧感を放っている吹雪が斑の背後から登場したのだ。
「げっ、吹雪姐」
斑が今までにない、歪んだ声を上げた。
「ねえ、なにしてるのかな~?」
再度吹雪が斑に問うと、斑は体をブルりと震わせ目をそらして、完全に吹雪におびえているようにしながら子供のように言い訳を言い始めた。
「え、えっとー………だって、この子が可愛いのがいけないんだもん。こんなの誰だって抱きたくなるもん………」
もう言い訳の内容がひどすぎて、斑のこの子呼びに対してミヤは、そういえばまだ斑に名前を言っていなかったという変な感想しか出てこなかった。
「だから、いいじゃん?ちょっとぐらいだから。ね?」
そして、そんなお粗末な言い訳で許された感出している斑の神経の図太さにミヤはもう感服した。
しかし、そんなことで吹雪が許すわけもなく、
「だめよ?」
口調自体は緩やかだったが、強い否定を示した。
「いいじゃん、吹雪姐のけち!」
なんかもう逆切れしだした斑に対して、ミヤはより深い敬意を、そして吹雪はミヤを抱き寄せ、更なる牽制の一言を放った。
「だめよ。だってミヤちゃんは私のだから」
「え、吹雪?私のってなに」
吹雪の言葉で斑がまさにガーンという感じで落ち込んでいるのは大変結構なのだが、明らかにちょっと待てな言葉が混ざっていた気がするのだが。
しかし、ミヤの問いは届くことがなかった。
「おい吹雪、斑。ここ病室だから少し静かにしろ」
ミヤの隣のカーテンが開けられ、そこから和夜がそう言った。
「なんだと!この部屋の主人は医者の私だぞ!お前、男のくせに何様だ!」
途端、斑が子犬のように和夜に勢いよく反抗した。
それに対し、和夜は呆れたように「患者さまだ」とだけ突っ込んだが、
「ねえ、斑ちゃん。今、和夜になんて言った?」
吹雪は、先ほどとは比べ物にならないほどの、というか座敷童子と戦った時よりも強い威圧感で、それであってまだ、人のよい笑顔のまま斑に問うた。
その圧倒的覇気にあてられた斑は、地震でも起きているのかというほど体を震わし、今にも失禁しそうなほどの脅えようで、
「ごめんなさい!私が悪かったです!もうしません!」
そう言いながら、0,1秒の間隔で土下座を繰り返していた。
吹雪はその様子をしばらくよく見たら全く笑っていない目で見ていたが、やがて満足したように目の笑みを本物に変えた。
「よろしい。斑ちゃん、今度からそんなこと言っちゃ、めっ、よ。………あ、和夜、そういえば元気そうね、よかったわ~」
「おいおい、夫に対してそういえばってひどくないか?」
「え!?吹雪と和夜さん夫婦だったんですか!?」
「ああ、言ってなかったけ?まあ、厳密にいえば婚約者だからまだ夫婦ではないんだが、付き合いが長いからもう、熟年夫婦みたいなもんだよ」
この鏖妖組にきてから、一番の驚きだったのだが、当の二人は何とも軽い反応であった。
「へ、へえ。………あ、そういえば和夜さん無事だったんですね。よかったです」
「いや、嬢ちゃんもそういえばかよ」
和夜は苦笑気味に突っ込み、その元気そうな様子にミヤは深い安堵を覚えた。
「はは、ないがしろにしたつもりはないんですよ。……いや、でも、ほんとにありがとうございました」
ミヤは和夜の突っ込みに少し笑うと、真摯に彼に深い感謝を述べた。
かなり急な空気の変え方であったが、これだけは言っておかないといけないと思ったのだ。幸い、和夜はただ優しく聞いていてくれる。
「あの時、和夜さんが助けてくれたおかげで今も生きていられます。本当に感謝してもしきれません。それに、助けてもらった時にけがをさせてしまって、本当にすいませんでした……あの時私がもっと気を付けていれば―」
「それ以上は、言わんといてくれ」
ミヤの思考が和夜が刺された直後のように、だんだんと黒みがかっていくのを和夜は再度さえぎった。
「刺された時も言ったような気もするが、嬢ちゃんを守るって言ったのは俺だから別に嬢ちゃんが負い目を感じる必要はない。それに、守れなかったときのほうが俺も怖いしな」
そして、刺された時とは違う、血色のいい笑顔で優しくミヤを許してくれた。
「それに、助けられたのは俺も一緒だからな」
そういえばと、和夜も付け足す。
「吹雪のことですか?」
「いや、違う違う。嬢ちゃんにだよ。覚えてねえのか?」
どう思い出しても、自分が和夜を助けた記憶は出てこず、ミヤは首を横に振った。
「いやー俺もほぼ気絶してたから、正しいかどうかはちょっと微妙なんだけど、俺はたぶん嬢ちゃんの異能で回復してもらったんだぞ」
「え!?じゃあもう傷は治ってるんですか?」
「いや、治ってなかったらこんなピンピンしてないだろ……」
ミヤの驚きに和夜はそりゃそうだという感じの反応をした。
「え、でも私、異能使えたことないですよ?」
そう、私はこの世界にきて高にたまに異能を習っているのだが、今まで個別異能どころか一般さえできたことがない。高は一般は頑張れば絶対できるようになると言ってくれているが、最近はもう遺伝子的にできないのではないかと思うレベルだ。
「いや、ミヤは確実に異能を使った。それも個別のほうを」
横から、凛とした声が聞こえてきた。横を見ると、斑が見たことない真剣な顔でそう言っていた。
「ミヤの容態は異能の使い過ぎによる、妖力欠乏によるものだった。だから、ミヤは異能を使った。それに吹雪姐から聞いたような傷を本当に和夜が負っていたとしたら、一般ではいくら異能が達者でも治せるものではない。だから、ミヤは個別異能を使ったんだよ」
斑の今までにない表情からしても、彼女が嘘を言っているものとは思えない。しかし、あまりにも現実味がなくて信じがたい。
そんな様子を察したのか、吹雪が出会た時のようなゆるふわモードでフォローを入れてくれる。
「こう見えても斑ちゃんは鏖妖組きっての医者よ。だからミヤちゃんは回復系の個別異能が使える。すごいじゃない~。それにね、異能って結構心に影響されやすいのよ~。だからミヤちゃんが和夜のことをすご~く助けたいって思ったから、異能もそれにこたえてくれたのよ~」
吹雪の人を安心させるために生まれてきたかのような声に言われたら、なんか本当な気がした。
「………まあ、そんなわけだからよ。俺も嬢ちゃんに恩があるわけだ。ありがとな、嬢ちゃん。」
人からこんなにはっきりとお礼を言われたのは初めてのことだったので、ミヤは恥ずかしいような誇らしいようなで、くすぐったい感触が頬を通り過ぎた。
「なあ、そろそろ話に混ざっていいか?」
話が終わりに差し掛かったところで、不意に和夜のほうとは逆の、ミヤの隣のベットのカーテンが開け放たれ、そこから大柄の青年が顔を出した。
「え、神野内!?」
そう、襲撃前に風牙とともに、仕事に行った高がなぜかミヤの隣のベットで寝ていたのだ。
「えっと…………とりあえず大丈夫?」
いろいろと話したいことはあったが、医務室にいるということは何かしら怪我をしているのだろう。だから、とりあえず体をいたわることにした。
「ん?ああ、全然大丈夫だよ。ちょっと足ひねっちゃっただけだから全く大したことないよ」
高はそう軽く言いのけると、元気なことを見せるためか両手で大きな力こぶを作った。
その際、斑が小声で「ほんとに大したことないんだからさっさと帰れよ」と毒づいていたが、それをばっちり吹雪に聞かれていたので彼女の始末は吹雪に任せよう。
「それより、襲撃は大丈夫だったか!?それに和夜から何か変なことされなかったか!?」
高は、しばらくミヤに力こぶを見せていたが、やがて思い出したように慌ててミヤの安否を問いただした。
「えっと、襲撃は大丈夫だったよ。和夜さんが守ってくれたし……それに和夜さんにはお菓子もらったり色々よくしてもらったし」
「そうか、それならいいんだが……」
高は、そこまで聞くと安心したそぶりを見せたが、その反対にいる和夜はその様子に不満らしい。
「というか、おい高、変なことって何をするんだ。俺は既婚者だぞ」
「え~どうかな~?だってお前、昔っから助平なところあるし~」
「おい、俺がいつ助平なところがあった!?」
そのまま二人は、友情の世界に入ってしまった。
しかし、二人の位置関係はミヤを挟んでいるため正直邪魔なことこの上ない。
吹雪は斑を粛正しているため、手持ち無沙汰になったミヤは何とはなしに左斜めにある医務室の扉を眺めていたが、しばらくすると、そこから風牙が大きな風呂敷を持って入ってきた。
「皆さ~ん、お見舞いに来ました!和夜さんおなか大丈夫ですか?ミヤさんはきつくないですか?先輩は……ミヤさんのもとに早く行きた過ぎてくじいちゃった足、大丈夫ですか~?」
「おい、それは言うなっつっただろうが!!」
風牙の一言により、医務室内は混沌を極めた。
吹雪、和夜はただニチャーという笑みを浮かべ、斑はそんな吹雪の横で反省中という髪を首からぶら下げて正座させられ、事の現況である風雅を追いかけて高はくじいた足を引きずり、ミヤは原因不明の頬の熱さがしばらく続いた。
後日、忙しくてなかなか会うことのできない鏖妖組の幹部たちが医務室で何やら奇妙なことをしていたという噂が流れたとか流れてないとか。




