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第009話 眠れぬなら時計を見るな


午後六時。

礼拝堂のスクリーンには静聴会の紋章が映っている。

教祖・天城修は演台の前に立ち、マイクへ手を伸ばした。


静寂。




『『拝聴せよ。』』




全員が自然と姿勢を正す。

天城だけが、その先の声へ耳を澄ませた。


そして神は告げた。




『眠れぬなら、時計を見るな。』

天城は少し眉をひそめた。




数秒。補足が続く。

『まだ一時間しか経っていない、と思うであろう。』


さらに。




『しかし、それを確認する必要はない。』




そこで神託は終わった。

天城はマイクを握り直す。

「神託が下った。」


礼拝堂が静まる。

「眠れぬなら、時計を見るな。」


信徒たちは黙って聞いている。

「まだ一時間しか経っていないと思うであろう。

 しかし、それを確認する必要はない、との仰せです。」


熊谷が静かにうなずいた。

「なるほど……。」


少し考える。

「眠れぬ夜に時計を見ると、時間を意識してしまう。」


天城も頷く。

「まあ、そうだな。」

「そして、時間を意識すればするほど――」

「眠れなくなる。」


熊谷が天城を見る。

「教祖様も経験がおありで?」


「ある。」


天城は少し間を置いた。

「時計を見て、『もうこんな時間か』と思ってから、

 余計に眠れなくなったことがある。」


熊谷が深くうなずいた。

「神は、教祖様の経験すらご存じなのですね。」


天城は少し考える。

「……たぶん、神も経験したんじゃないか?」


熊谷が固まる。

「神が……眠れぬ夜を?」


「知らない。」


「しかし神は神です。」


「だから俺も知らない。」


熊谷はしばらく考えた。

「……深い。」


「今日は普通に睡眠の話だと思う。」


礼拝堂に小さな笑いが広がった。



--



その日の夜。本部の一室。

信徒の一人が布団に入っている。


時刻は午前一時。

眠れない。


目を開ける。

枕元の時計を見る。

「……一時か。」


目を閉じる。

しばらくして、また目を開ける。

「……一時十三分。」


ため息。

もう一度、時計を見る。

「一時二十七分……。」


信徒は布団をかぶった。



翌朝。

食堂で、その信徒は眠そうな顔をしていた。

黒田守が声をかける。

「眠れなかったんですか?」


「はい……。」


熊谷が振り向く。

「時計を見ましたか?」


「……見ました。」


熊谷は静かに目を閉じた。

「神託を聞いたばかりなのに。」


「すみません……。」


天城が苦笑する。

「まあ、一度で直るものでもないだろう。」


信徒は少し安心したようにうなずく。

その日の夜。

同じ信徒が布団に入る。


眠れない。


目を開ける。


枕元を見る。


時計がある。


少し迷う。

「……見ない。」


時計を裏返す。


目を閉じる。


しばらくして。

「……まだ眠れない。」


だが、時計は見ない。


翌朝。

「昨日より眠れました。」


天城がうなずく。

「それならよかった。」


熊谷が静かに言う。

「神託とは、

 眠れぬ夜に時計を見ない勇気を与えるものなのですね。」


天城は少し考える。

「……それは、まあ、いいかもしれないな。」


熊谷は満足そうにうなずいた。

「深い。」


「今日は浅くてもいいと思う。」


食堂に、小さな笑い声が広がった。



--



【教団報告】記録係:山本


神託

「眠れぬなら、時計を見るな。」


実施率

本部:100%


確認事項

夜中に時計を確認した者:多数


備考

「見ないようにすると、時計の存在が気になる。」


追伸

「時計を壊してはいけない。」


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