8話 変な人
人間を観察する少年がいる。
では、その少年を観察している人間は何を見ているのだろう。
第八話です。
ツムギ視点
変な人だと思う。
初めて会った時から、ずっと。
森の中に立っていた。
倒れていたわけでもない。
怪我をしていたわけでもない。
血もついていなかったし、魔物に襲われたようにも見えなかった。
なのに、困っていた。
あれを何と言えばいいのか、今でも少し迷う。
本人は違うと言いそうだけど、たぶん迷子だったと思う。
「大丈夫?」
最初にそう聞いた時も、返ってきたのは
「多分」
だった。
多分、って何だろうと思った。
大丈夫なら大丈夫。
大丈夫じゃないなら大丈夫じゃない。
普通は、どっちかだと思う。
でもクレは、そういうふうに答えない。
何を聞いても、一回考える。
少し間を置いて、それから変な答えを返す。
だから変な人だと思う。
ご飯を食べてもそうだ。
美味しいとは言う。
ちゃんと美味しいとも言う。
でも、それだけだ。
すごく嬉しそうなわけでもない。
がつがつ食べるわけでもない。
遠慮している感じとも少し違う。
食べる。
味わう。
そうして、静かに終わる。
畑仕事もそうだ。
文句は言わない。
嫌そうにも見えない。
でも、楽しそうかと聞かれたら、ちょっと違う。
嬉しいとか、面白いとか、そういう分かりやすい顔をあまりしない。
そのくせ、手はちゃんと動く。
頼んだことはやる。
手を抜いている感じもない。
感情が分かりにくい。
でも。
全然分からない、というわけでもない。
そこが一番不思議だった。
例えば、子供たち。
クレは、よく見ている。
話しかけたりはしない。
一緒に遊んだりもしない。
呼ばれても、向こうから来ない限り自分から輪の中には入らない。
でも、見ている。
走り方。
転び方。
喧嘩の始まり方。
仲直りの仕方。
そういうのを、ただ眺めている。
村の大人たちにも同じだ。
畑仕事をする人。
洗濯をする人。
水を汲む人。
薪を割る人。
ミナ婆が誰かに小言を言う時の顔まで、たぶん見ている。
ただ見ている、というより、観察している感じだった。
一度、気になって聞いたことがある。
「何見てるの?」
クレは少しだけ考えてから答えた。
「人間」
意味が分からなかった。
今でも、半分くらいしか分からない。
人間は見るものじゃなくて、一緒にいるものだと思う。
少なくとも私は、そうだった。
家族とか。
村の人とか。
そういう近さで見るものであって、わざわざ観察するものじゃない。
でもクレは違うらしい。
人を見る時の目をしている。
嫌っているわけじゃない。
怖がっているわけでもない。
むしろ逆で、興味を持っているように見える。
そこもやっぱり変だった。
その日の昼も、畑で同じだった。
クレが鍬を持っている。
真面目な顔をしていた。
土を見る。
畝を見る。
自分の手元を見る。
次に、私を見る。
それからまた土を見る。
本当に、何をそんなに見ているんだろうと思う。
「何?」
聞いてみる。
クレは少しだけ顔を上げて、すぐに首を振った。
「いや」
いつもの返事だ。
それで終わるかと思ったら、少ししてから続けた。
「どうやったら効率がいいか考えてた」
やっぱり変だ。
普通、畑仕事をしながらそんなことまで考えない。
やることをやって、疲れて、終わりだ。
少なくとも私はそうだった。
もちろん、もっと楽にできたらいいなとは思う。
でも、目の前の土を見て、動きを比べて、やり方を変えて、そんなふうには考えない。
クレは考える。
ずっと考えている。
見て。
比べて。
納得しようとしている。
少しだけ心配になる。
考えすぎて疲れないのだろうか。
疲れるから黙っているのか。
黙っているから、余計に分かりにくいのか。
その辺はまだよく分からない。
夜になって、家に戻る。
ご飯を食べて、片付けて、少し話して。
気付いたら、クレはもう寝ていた。
早いなと思う。
昼間は普通に働いていたし、疲れていたのかもしれない。
起こさないように、そっと近付く。
寝顔を見る。
静かだった。
起きている時より、ずっと幼く見える。
いつもは少しだけ年上みたいな顔をすることがある。
実際は同じくらいの年のはずなのに、妙に落ち着いて見える時がある。
でも寝ていると、そんな感じが消える。
ただの十七歳くらいの男の子に見えた。
「……」
変な人だ。
本当に。
どこから来たのかも知らない。
何を抱えているのかも知らない。
何を考えているのかも、半分くらいしか分からない。
たぶん、クレは全部話していない。
話していないというより、話せないのかもしれない。
自分でもうまく言葉にできないものが多そうだった。
そういうところも、少し気になる。
放っておいたら、どこかへ行ってしまいそうな感じがする。
頼っているようで、頼っていない。
ここにいるようで、どこか遠い。
それなのに、ちゃんとご飯は食べるし、働くし、礼も言う。
変だ。
面倒で。
不思議で。
少し気になって。
でも、嫌ではない。
むしろ、一緒にいると少し安心する。
何故だろう、と考える。
分からない。
分からないけど、放っておけない。
それだけは、はっきりしていた。
私は小さく息を吐く。
それから、眠っているクレをもう一度見る。
静かな寝息。
無防備な横顔。
何故か、目を離したくなかった。
第八話を読んでいただきありがとうございます。
今回はツムギ視点でした。
クレは人間を理解したいと思っています。
でも、ツムギから見たクレもまた、十分に理解し難い人間です。
それでも嫌いになれない。
むしろ放っておけない。
そんな始まりの回でした。
次回から、少しずつ日常に違和感が混ざり始めます。




