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4話 居場所

森を抜けた先には、小さな村があった。


そして、一人の少女が差し出した居場所も。


第四話です。

ツムギの後ろを歩く。


森の中の細い道は、歩き慣れていないと見落としそうだった。

だがツムギは迷わない。

振り返りもせず、当たり前みたいな足取りで進んでいく。


俺はその背中を見ながら、少しだけ感心していた。


小柄だし、細い。

力が強そうにも見えない。


それでも、この森では明らかに俺よりずっと頼りになった。


しばらく歩いて、木々が途切れる。


視界が開けた。


「……あ」


思わず声が漏れる。


村だった。


大きくはない。

家がいくつも並んでいて、その向こうに畑が見える。

煙突からは薄く煙が上がっていた。

人の声もする。


生きている場所だった。


「村だよ」


ツムギが少しだけ嬉しそうに言う。


「見れば分かる」


「そういうところだよ」


何がだろう、と思う。

たぶん今の返し方が気に入らなかったのだろうが、具体的には分からない。


ただ、ツムギは呆れたように小さく笑って、そのまま村へ入っていった。


俺も続く。


土の道。

木の柵。

畑の匂い。

干された洗濯物。

走っていく子供。


どれも知らない世界のもののはずなのに、形だけ見れば妙に普通だった。


少し安心する。

同時に、少し拍子抜けもする。


異世界なら、もっとこう、分かりやすく異質でもいい気がした。

だが現実は、大抵そういうものだ。

本当に違うのは、目立つ部分より、生活の細部なのかもしれない。


「おや、ツムギ」


前から年配の女が歩いてきた。


腰が少し曲がっている。

手には籠。

ツムギを見ると、すぐに表情が和らいだ。


そして、その目が俺に移る。


当然だ。


村に見慣れない人間がいれば、誰だって見る。


「誰だい、その子」


ツムギは一拍も置かずに答えた。


「拾った」


「犬じゃないんだから」


俺もそう思う。


年配の女は呆れたように笑ってから、改めて俺を見た。

露骨ではないが、ちゃんと警戒している目だった。


それでいいと思う。

むしろ安心する。


「クレって言うの」


ツムギが紹介する。


「よろしく」


とりあえず言っておく。


女は少しだけ目を細めた。


「うん、よろしくね、クレ。私はミナ婆だよ」


名乗ってくれるあたり、少なくとも追い返すつもりはないらしい。


「この子、森で困ってたの」


ツムギが付け足す。


ミナ婆は「そうかい」とだけ言って、それ以上は聞かなかった。

事情を根掘り葉掘り聞くより先に、とりあえずツムギの判断を尊重したように見える。


人間関係ができているのだろう。


村を歩く。


視線を感じる。


畑仕事の手を止める男。

井戸端で話していた女。

走り回っていた子供。


みんな俺を見る。

当然だ。

見知らぬ顔だし、格好も浮いている。


ただ、敵意はあまり感じない。


好奇心と警戒。

その配分が多い。


閉じた村なら、もっと排他的でもおかしくないと思っていた。

だが少なくとも今のところ、石を投げられる気配はなかった。


「この村は?」


「ソリ村」


ツムギが答える。


「小さいけど、いい村だよ」


少し誇らしそうだった。


その顔を見ると、本当にそう思っているのだと分かる。


村が好きなのだろう。

この場所が、自分の居場所なのだろう。


そういう顔は、少しだけ羨ましい。


やがてツムギが一軒の家の前で止まった。


木造の家だった。

大きくはない。

だが手入れがされているのが分かる。

壁も扉も綺麗で、軒先には干した草束が吊られていた。


「ただいま」


ツムギが扉を開けながら言う。


返事はない。


俺は少し待ってから聞いた。


「一人暮らしか」


「うん」


あっさり返ってくる。


少し意外だった。


「大変じゃないのか」


「大変だよ」


即答だった。


それが妙におかしくて、少しだけ笑う。

ツムギも俺を見て、少し笑った。


家に入る。


木の匂いがした。


机。

椅子。

棚。

食器。

壁に掛かった布。

隅に積まれた薪。


生活感がある。


人がちゃんと生きている場所だった。


その事実が、思ったより強く胸に来る。


ついさっきまで森にいた。

三つ目のウサギを見て、人間かどうかも怪しい相手に警戒していた。

それが今は、屋根のある家の中にいる。


状況の変化が大きすぎて、感情が少し遅れてついてくる。


「座ってて」


ツムギが言って、奥へ向かった。


俺は言われた通り椅子に座る。


落ち着かない。


知らない家だし、知らない少女と二人きりだ。

警戒すべき理由はいくらでもある。


だが、ここまで来て今さら逃げるのも違う。

少なくとも、腹を刺される気配はない。


しばらくして、ツムギが皿を持って戻ってきた。


湯気の立つスープと、丸いパンだった。


「食べて」


「いいのか」


「いいよ。多分、お腹空いてるでしょ」


多分、で押し切られた。


確かに、さっきは分からないと言ったが、食べ物を前にすると少しだけ胃が動く気がする。


スープを口に運ぶ。


温かい。


味は薄すぎず、濃すぎず、知らない野菜の匂いがするのに、不思議とちゃんと美味い。


パンも硬すぎない。

素朴だが、嫌いじゃない味だった。


「どう?」


ツムギが少し身を乗り出す。


「美味い」


本音だった。


ツムギは分かりやすく嬉しそうな顔をした。

隠す気がない。

そういうところは見ていて楽だ。


「よかった」


その一言に、少しだけ間が抜ける。


たったそれだけの言葉なのに、妙に満たされた感じがした。


俺は黙って食べる。

ツムギも向かいに座って、たまにこちらを見ていた。


会話は多くない。

だが、気まずさはそこまでない。


人間相手にこういう沈黙が成り立つのは、少し珍しい気がした。


食事が終わる頃には、外は暗くなっていた。


窓の向こうから、夜の気配が滲んでくる。


ツムギが食器を片付けながら言った。


「じゃあ、そろそろ寝る?」


俺は立ち上がる。


「どこ行くの?」


「外」


ツムギの動きが止まる。


「なんで?」


「なんで?」


今度は俺が聞き返した。


ツムギは本気で分からないという顔をした。


「いや、普通、外で寝ないよ?」


「普通、知らない女の家にも泊まらないだろ」


言ってから、かなり正論だと思った。


ツムギは黙る。


数秒ほど、真面目に考える顔をした。


その沈黙で、少しだけ不安になる。

もしかして今ので追い出されるだろうか、と。


だが、ツムギが出した結論は逆だった。


「だめ」


「だめ?」


「だめ」


強かった。


今までで一番強い言い方だった。


少し驚く。


「熊とか出るし」


「熊」


それは嫌だ。


かなり嫌だ。


「あと、普通に危ないし」


「普通に、って何が」


「色々」


説明が雑だった。


だが、雑な説明のくせに、本気なのは伝わる。


この辺りの夜が危険なのだろう。

熊だけではなく、他にも何かあるのかもしれない。


外で寝る合理性は、一気に下がった。


俺は少し考える。


知らない家。

知らない少女。

知らない村。


警戒は必要だ。


でも、森。

夜。

熊。


比べるまでもなかった。


「……分かった」


素直にそう言うと、ツムギは少しだけ表情を緩めた。


「うん」


その一言に、妙な安堵が混じっている。


俺を家に入れた以上、外で何かあったら後味が悪い、くらいには思っていたのかもしれない。


責任感がある人間だ、と思う。


たぶん、俺よりずっと。


ツムギは奥の部屋を指した。


「使っていいよ。狭いけど」


「お前は?」


「私は隣で寝るから」


「いいのか」


「よくはないけど」


「よくないのか」


「でも、外よりはいいでしょ」


それはそうだ。


俺は借りることにした。


部屋に入る。


簡素だった。

寝台と、布と、小さな棚。

余計なものはない。

でも、ちゃんと整えられている。


誰かが毎日ここで暮らしているのだと分かる空間だった。


寝台に腰を下ろす。


柔らかいわけではない。

だが、十分だった。


静かだ。


外からは虫の声がする。

隣の部屋から、ツムギが何かを片付ける小さな音が聞こえる。


屋根がある。


壁がある。


扉がある。


今夜、獣に襲われる心配は、たぶん少ない。


たったそれだけのことなのに、思った以上に安心している自分がいた。


人は、案外簡単なもので落ち着けるのかもしれない。


温かい食事。

知らない誰かの家。

最低限の安全。


それだけで、少しだけ生き延びた気がする。


目を閉じる。


そういえば、死ぬ前も、こんなふうに安心して眠れた夜があっただろうかと考える。


すぐには思い出せなかった。


その夜。


布団に横になってからも、すぐには眠れなかった。


知らない家だ。

知らない村だ。

知らない世界だ。


それでも、森の中よりはずっとましだった。


天井を見上げる。


ふと思い出す。


そういえば、まだちゃんと確認していなかった。


あの、気味の悪い表示を。


「……ステータス」


小さく呟く。


視界の端に、半透明の文字が浮かんだ。


名前:クレ

年齢:17


筋力:E+

耐久:D-

敏捷:D

感覚:B-

魔力:E


スキル

観察 Lv1

心拍強制 Lv1


称号

異邦人


「……」


しばらく黙って見つめる。


まず分かるのは、強くないということだった。


筋力も、耐久も、敏捷も、高いとは言い難い。

魔力に至っては、あるだけましという程度に見える。


その中で、感覚だけが妙に高かった。


少し納得する。


見ること、気付くこと、違和感を拾うこと。

昔からそういうのは得意だった気がする。


だから観察なのだろう。


だが、納得できるのはそこまでだった。


心拍強制。


意味は読める。

読めるが、理解はできない。


そして何より、気持ち悪かったのは称号の方だった。


異邦人。


意味は単純だ。

この世界の人間ではない、ということだろう。


だが、ただの説明にしては妙に冷たい。

まるで、最初からここに属していないと突き付けられているみたいだった。


「……嫌な感じだな」


小さく呟いて、ステータスを閉じる。


強い弱いの問題じゃない。


分からないものが、自分の中にある。


その事実が、あまり好きになれなかった。


俺は久しぶりに、屋根のある場所で眠った。


そして、まだ自覚はなかったが。


それはただ雨風を防げる場所じゃなかった。


俺にとっての最初の居場所になりかけていた。


第四話を読んでいただきありがとうございます。


クレにとって、この村はただの休息場所ではありません。


温かい食事。

屋根のある家。

誰かの「よかった」。


それらは当たり前のようでいて、失って初めて気付くものなのかもしれません。


そして最後に現れたステータス。


クレは強い主人公ではありません。


むしろ、自分の中にある理解できないものを嫌う人間です。


次回からは、少しずつこの世界での生活が始まります。

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