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6話 初依頼

初めての仕事。


それは大人になることに少し似ています。


今回は二人の初依頼です。

街を出る。


巨大な城壁を背にして歩く。


門を抜けるだけで、少し空気が軽くなった気がした。


街の中は人が多い。

声も多い。

匂いも多い。


俺には少し情報量が多すぎた。


その点、外は楽だ。


風の音がする。

草が揺れる。

遠くで鳥が鳴く。


その程度だった。


今回の依頼場所は東側。

さらにそこから南へ下れば、ソリ村の方角になる。


「楽しみだね」


ツムギが嬉しそうに言う。


トン、と肩をぶつけてくる。

そのまま少し前へ出て、また戻る。


落ち着きがない。


「そうか?」


俺は周囲を見ながら答える。


街道。

轍。

踏み固められた土。

人の往来。

荷馬車の跡。


昨日までなら気にも留めなかったものが、今は少し気になる。


「楽しみじゃないの?」


「なにぶん初めてだからな」


嘘ではない。


学校生活には無かった感覚だった。

仕事を受ける。

金を貰う。

そのために動く。


たったそれだけなのに、妙に実感が薄い。


ツムギは振り返る。


「私は楽しみ」


「何が」


「冒険者っぽい」


なるほど。


そういう考え方もあるのか。


俺は少しだけ周囲を見る。


草原。

森。

街道。

遠くを歩く旅人。

荷馬車。


たしかに、それっぽい。


だが。


「俺は違うな」


「なんで?」


「働きに行くだけだ」


ツムギが露骨に嫌そうな顔をした。


「夢がない」


「現実的と言え」


「クレの現実は暗い」


否定しづらかった。


その時だった。


ツムギが道端へしゃがみ込む。


「ん?」


「ほら」


指差した先を見る。


雑草にしか見えない。


「薬草」


「分かるのか」


「分かるよ」


当たり前みたいに言う。


そして少し得意そうだった。


俺には違いが分からない。


葉の形。

色。

生え方。


そういう特徴があるのだろうが、今の俺には全部同じに見える。


「なるほど」


思わず呟く。


観察はしている。

だが知識が足りない。

見えていても理解できない。


それは見えていないのと大差なかった。


ツムギは薬草を摘みながら笑う。


「クレにも分かるようになるよ」


「そうか?」


「うん」


俺は薬草を見る。

そして周囲も見る。


薬草が生えている場所。

日当たり。

湿り気。

近くの木。

地面の状態。


特徴はある。

あるなら覚えられる。


そう考えながら、しばらく採取を続けた。



人通りの少ない野原を歩き、少し奥へ入ったところで薬草の群生地を見つけた。


「……多いな」


思わず声が漏れる。


薬草が一面に生えている。

一つや二つではない。

見える範囲だけでもかなりの量だった。


「運がいいね」


ツムギが嬉しそうに笑う。


「私たち当たり引いたかも」


「そうかもしれないな」


依頼書を確認する。


一房十本。

報酬は銅貨五枚。


数は多い方がいい。


俺はツムギに薬草の特徴を聞きながら採取を進める。


葉の形。

根の色。

生えやすい場所。

日当たり。

湿り気。


覚えることは多い。

だが嫌いではなかった。


観察できるものには法則がある。

法則があるなら理解できる。

理解できるなら対処できる。


その方が気楽だった。


気付けば袋はそこそこ膨らんでいた。


「五房くらいかな」


ツムギが数える。


「悪くない」


銅貨二十五枚。

初日にしては上出来だろう。


日も少し傾き始めていた。


空は赤く染まり始めている。


「今日はこの辺にしておこう」


初依頼だ。

欲張る必要はない。


「そうだね」


ツムギも頷く。


だが次の瞬間、表情が少しだけ強張った。


「クレ」


声が低い。


俺は顔を上げた。


夕日に染まる野原。

その先、背の低い灌木の向こうで草が揺れている。


風じゃない。


揺れ方が違った。


一定じゃない。

重さがある。

しかも一箇所じゃない。


二つ。


「下がれ」


小さく言う。


ツムギはすぐに袋を抱えて後ろへ下がった。


助かる。


こういう時に、聞き返さず動く。


そこは本当に助かる。


草むらの奥から、緑色のものが見えた。


低い背丈。

細い腕。

長い耳。

濁った目。


ゴブリンだった。


一体じゃない。


少し遅れて、もう一体も姿を見せる。


片方は錆びた短剣。

もう片方は木の棒を持っていた。


「……二体」


思ったより早い。


討伐依頼は後回しのつもりだった。

薬草を納品して、街へ戻って、それから考えるはずだった。


だが向こうは待ってくれないらしい。


「ツムギ」


「うん」


「石投げられるか」


「投げられる」


「棒の方を牽制しろ。近寄らせるな」


「分かった」


ツムギはすぐ足元の石を拾う。


俺も周囲を見る。


草丈。

地面。

薬草袋。

少し湿った土。

足場の悪い窪み。

灌木の位置。


正面からやるしかないが、正面から受ける必要はない。


ゴブリンの一体が先に走る。


短剣持ちだ。


速い。


人間より小さい分、踏み込みが低い。


まっすぐ来る。


その瞬間、ツムギの投げた石が横から飛んだ。


ゴッ、と鈍い音。


直撃ではない。


だが十分だった。


ゴブリンの顔がそちらへ向く。


一瞬だけ、足がずれる。


その隙に俺は半歩横へ避けた。


短剣が空を切る。


浅い。


遅い。


見えていれば避けられる。


俺はすれ違いざまに、持っていた採取用の小刀をゴブリンの腕へ叩きつけた。


切るというより、押し当てるような雑な一撃だった。


「ギャッ!?」


悲鳴。


短剣が落ちる。


そのまま蹴る。


武器は草むらへ飛んだ。


だがもう一体が来る。


棒持ちだ。


振り下ろし。


直線的。


俺は後ろへ下がる。


避ける。


棒が地面を叩く。


湿った土が跳ねる。


浅く沈む。


重心が前へ流れる。


その瞬間、分かった。


踏ん張れていない。


「ツムギ!」


呼ぶより早く、石が飛んだ。


今度は額に当たる。


ゴブリンの顔が跳ねる。


十分だった。


俺は一気に間合いを詰める。


棒を掴む。

捻る。

軽い。


相手も軽い。


奪いきる前に、横からさっきの短剣持ちが飛びかかってきた。


まずい。


そう思った瞬間、ツムギが叫ぶ。


「左!」


反射で身体を開く。


爪が服を掠める。


浅い。


代わりに空いた正面へ、奪いかけた棒をそのまま叩きつけた。


鈍い音。


ゴブリンがよろめく。


さらにもう一歩踏み込み、今度は喉元へ小刀を押し込んだ。


温い感触が手に伝わる。


嫌だった。


嫌だが、止めなかった。


抜く。


倒れる。


一体目が地面へ沈む。


残った一体は、一瞬だけ止まった。


仲間を見る。

俺を見る。

ツムギを見る。


それから、逃げた。


「……っ」


追わない。


追う理由がない。


追って、藪の奥で何かあったら面倒だ。


俺は呼吸を整える。


浅い。速い。


手が少し震えていた。


ツムギも石を持ったまま固まっている。


「終わったか」


「……たぶん」


しばらく誰も動かなかった。


風が吹く。

薬草が揺れる。

さっきまでと同じ景色のはずなのに、もう少しだけ嫌な匂いが混ざっていた。


俺は倒れたゴブリンを見る。


小さい。

細い。

だが殺しに来た。


それだけは確かだった。


「耳」


ツムギが小さく言う。


「討伐証明、いるんだよね」


「ああ」


気が重い。


だが持ち帰らないわけにもいかない。


俺は短く息を吐く。


「……やるか」


小刀を握り直す。


討伐証明。


まだ慣れないその言葉を、今度は自分で実行しなければならなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


薬草採取から始まる予定だった依頼は、思ったより早く危険な方向へ転がりました。


クレの観察。

ツムギの生活力。


この二つが初めて噛み合った回でもあります。


次回、帰り道でさらに面倒なことが起きます。

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