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5話 安い仕事

夢と現実。


冒険者という言葉には夢があります。


ですが、生きるためには現実も必要です。

依頼掲示板の前で足を止める。


思ったより多かった。


薬草採取。荷運び。清掃。家畜探し。護衛。討伐。紙が壁一面に貼られている。どれも同じ大きさの紙なのに、中身は少しずつ違った。


危険度。報酬。移動距離。必要人数。依頼主の名前。


順番に見ていく。


街に入ってからずっとそうだが、ここもまた数字と条件で人を動かす場所らしい。頼み事が、きれいに仕事の顔をして並んでいる。


俺は端から見ていき、一枚を剥がした。


薬草採取 一房(十本)

報酬 銅貨五枚


もう一枚。


毒消し草 一房(十本)

報酬 銅貨十枚


悪くない。


少なくとも死ににくい。


すると隣で、ツムギも依頼書を持ち上げた。


ゴブリン討伐 一体 銅貨十枚


さらにもう一枚。


ニーラビット討伐 一体 銅貨五枚


俺とツムギは、依頼書を持ったまま見つめ合う。


「却下」


「なんで!?」


即答だった。


「危ない」


「薬草だって危ないよ」


「比較の問題だ」


「ゴブリン一体で薬草二房分だよ?」


「死んだら意味がない」


「死なないよ」


「その自信どこから来るんだ」


ツムギは依頼書を振る。


「クレなら勝てるでしょ」


嫌な言葉だった。


俺は顔をしかめる。


「グリムベアの件なら忘れろ」


「忘れない」


「忘れろ」


「嫌」


即答だった。


面倒くさい。


本当に面倒くさい。


俺は薬草依頼を持ち上げる。


「見ろ。これなら死ににくい」


「見ろじゃないよ」


今度はツムギが呆れる。


「銅貨五枚だよ?」


「五枚だな」


「ゴブリン半分」


「半分だな」


ツムギが深いため息を吐く。


「クレって本当に夢がない」


「生きてる方が大事だ」


言いながら、街へ入る前に見た宿の看板を思い出す。


一泊二日。銀貨一枚。


見間違いじゃない。


途中で見た別の宿も似たような値段だった。つまり薬草一房で銅貨五枚。二十房採って、ようやく宿代一泊分。食事や水を入れたら、もっといる。


計算すると、嫌になる。


「……」


依頼書を見直す。


薬草採取。


ゴブリン討伐。


報酬差は倍。


危険度は、たぶんそれ以上だ。


だが街は高い。


門を通るだけで銀貨二枚。泊まるのに銀貨一枚。食料も水も金がいる。便利な場所ほど、生きるだけで金が減るらしい。


「何?」


ツムギが聞く。


「街は高い」


本音だった。


ツムギは少し得意そうに笑う。


「だから言ったじゃん」


腹は立つ。


だが反論できない。


しばらく睨み合う。


周囲の冒険者たちは誰も気にしていない。依頼板の前で揉める二人組くらい、珍しくもないのだろう。実際、少し離れたところでは別の男二人が護衛依頼を押し付け合っていたし、壁際では女が討伐依頼を破り捨てそうな顔で睨んでいた。


ここでは、働く前の言い争いすら風景の一部らしい。


やがて俺は諦めたように息を吐いた。


「……はぁ」


「♪」


交渉の結果。


薬草採取とゴブリン討伐。


両方を受けることになった。


納得はしていない。


俺は薬草だけでよかった。


ツムギはゴブリンだけでもよかったらしい。


つまり両方受けた時点で、どちらも半分負けている。


だがツムギは機嫌がよかった。鼻歌まで出ている。


意味が分からない。


「そんなに嬉しいか」


「嬉しいよ」


即答だった。


「初依頼だもん」


なるほど。


そう言われると、少しだけ理解できた。


少しだけだが。


俺は受注票へ目を落とす。


薬草採取。


ゴブリン討伐。


どちらも正式に受理されている。


仕事というのは、こうして紙を一枚受け取った瞬間に急に現実になるものらしい。


その中で、一つだけ気になったことを思い出した。


「そういえば」


「ん?」


「依頼失敗に罰金はないんだな」


受付で確認したことだった。


受注後に達成できなくても、違約金は発生しない。もちろん評価は落ちるらしい。依頼達成率が低ければ、いい仕事は回ってこない。信用も減る。


だが、金を取られるわけではない。


「そうみたいだね」


ツムギが頷く。


俺は少し考える。


悪くない。


むしろ大きい。


失敗できる。


挑戦できる。


無理だと思ったら引き返せる。


少なくとも借金を背負う仕組みではない。


街へ来てから初めて見た、まともな部分だった。


「使えるな」


「何が?」


「失敗できる」


ツムギが変な顔をした。


「普通は成功する方を考えるんじゃない?」


「失敗した時を考えない方が危ない」


「クレらしい」


褒められている気はしなかった。


だが否定もしない。


実際そうだ。失敗を前提にできないやつは、失敗した時にそのまま死ぬ。森でも村でもそうだった。たぶん街でも変わらない。


俺は依頼票を丸めて懐へ入れる。


薬草は街の外れ。


ゴブリンはさらにその先。


どちらにせよ街の外へ出ることになる。


「順番は?」


ツムギが聞く。


「薬草」


「えー」


「ゴブリンで怪我した後に草を探す気か?」


「……それは嫌」


「だろうな」


ツムギが少し不満そうに口を尖らせる。


だが反対はしなかった。


この辺は助かる。


完全に感情で押し切るわけではないらしい。


「じゃあ薬草の後、ゴブリンね」


「生きてたらな」


「最初から縁起悪いこと言わないで」


「現実的と言え」


「クレの現実、たまに暗い」


否定しにくかった。


俺たちは依頼板から離れる。


脇を、討伐帰りらしい男が通った。剣の鞘に泥がついている。受付の方からは、別の冒険者が報酬の額で揉める声が聞こえた。壁際では新人らしい男が仲間に笑われている。


皆、仕事を受ける。


失敗するやつもいる。


戻るやつも、戻らないやつもいるのだろう。


紙一枚の向こうにあるのは、結局そういうことだ。


「行くか」


「うん」


ツムギが頷く。


俺も歩き出す。


冒険者になった。


依頼も受けた。


街へ入った。


それなのに、これから仕事へ向かうという実感だけが妙に薄かった。


たぶん、まだ分かっていないのだ。


紙に書かれた仕事が、どこから危険になって、どこから帰れなくなるのかを。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


クレは生存重視。


ツムギは挑戦重視。


似ているようで違う二人です。


だからこそ、一緒にいる意味があるのかもしれません。


次回はいよいよ初依頼です。

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