3話 城壁の前
街は人が集まる場所です。
そして、人が集まる場所には必ずルールがあります。
クレにとって、それはあまり歓迎できるものではありません。
「高いな」
思わず声が漏れた。
遠くから見えていたそれは、近付くほど大きくなった。石でできた壁だった。高い、という言葉で足りるのか分からない。ソリ村の家を何軒積み上げれば届くのか、見当もつかない。
壁はただ高いだけじゃなかった。長かった。左右の果てが見えない。街を守るというより、街とそれ以外を切り分けるためにあるように見えた。
「街だからね」
隣でツムギが少し得意そうに言う。
何故お前が誇らしげなんだ。
「ソリ村は低かったな」
「……あ」
ツムギが固まる。
少しだけむっとした顔になる。
だから分かった。今のはたぶん、皮肉だった。
「意地悪」
「そうか?」
「そうだよ」
唇を尖らせる。
珍しい反応だった。
俺は少し考える。
そういえば最近、こういう顔をどこかで見た気がした。少し思い出して――
「ああ」
気付く。
「俺の真似か」
「違う」
即答だった。
たぶん嘘だと思った。
◇
壁へ近付くほど、人が増えた。
俺たちと同じように歩いて来た旅人。荷馬車を引く商人。大きな袋を背負った男。武器を持った連中。鎧を着ているやつもいれば、布の服だけのやつもいる。
皆、同じ方向へ向かっていた。
村では見なかった流れだった。人が一つの場所へ吸い込まれていく。それだけで、少し息苦しい。
「多いな」
「街だもん」
ツムギはさっきより素直に感心していた。
きょろきょろしている。珍しく落ち着きがない。ああいう顔もするのかと思う。
やがて、門が見えた。
巨大な木製の扉。その前に、人の列。両脇には武装した男が立っている。槍。剣。革鎧。姿勢に隙がない。
強い。
近付いただけで分かった。
少なくとも、今の俺よりは。
順番が来るまで黙って並ぶ。
前の男が通され、次に呼ばれた。
「次」
短い声だった。
俺たちは前へ出る。
門番の男はまず紙に目を落とし、それからこちらを見た。
顔。服。荷物。靴。
順番に。
観察されていた。
少し落ち着かない。
見られるのは別に初めてじゃない。だが、ここでの視線は違った。興味ではなく、確認だ。入れていい人間か、そうでないかを見ている目だった。
「身分証は」
「ありません」
「冒険者カードは」
「ありません」
男は頷く。
驚きもしない。慣れているらしい。
「なら入市税だ。一人銀貨一枚」
紙を指で叩く。
淡々としていた。
「払えなければ?」
男は少しだけ首を傾げた。
当たり前のことを聞かれた顔だった。
「入れない」
簡単だった。
脅しでもない。嫌味でもない。ただのルールだった。
だから余計に面倒だった。
「……」
まずい。
持っていない。
というか銀貨をちゃんと見たこともない。金が必要だとは分かっていたが、門の前で先に要求されるとは思っていなかった。
俺が黙ると、門番の視線がわずかに固くなる。
後ろには列がある。待たせているのも分かった。
ツムギを見る。
ツムギも少し困った顔をしていた。
終わったかもしれない。
そう思った時だった。
「はい」
俺の前へツムギが出る。
銀貨を二枚。
当たり前みたいな顔で差し出した。
「足りるよね?」
門番は銀貨を受け取り、指の上で軽く弾いた。一枚。二枚。頷く。
「問題ない」
それから身体を少し横へずらした。
「ようこそ、ダイサイ都市へ」
門の内側が見える。
人が行き交っている。荷車の軋む音。誰かの怒鳴り声。焼けた肉みたいな匂い。獣の臭い。汗。土。知らないものが混ざり合った空気が、門の向こうから流れてきた。
知らない声が聞こえる。
知らない服の人間が歩いている。
知らない暮らしが、すぐ目の前にある。
俺は隣のツムギを見る。
「……持ってたのか」
「持ってたよ」
当たり前みたいに答える。
少しだけ胸を張っている。
「言えよ」
「聞かれなかったし」
意味が分からない。
本当に分からない。
門をくぐってからも、しばらくその意味不明さが残った。
「何で持ってるんだ」
「村を出る前に、少し持ってきた」
「少しで銀貨二枚以上か」
「だから少しだって」
基準がおかしい気がしたが、今はそこを突っ込む気力がなかった。
むしろ別の方が気になった。
「毎回払うのか」
俺が聞くと、近くで別の旅人を見ていた門番が答えた。
「入るたびにな」
面倒だった。
顔に出たらしい。門番が鼻で笑う。
「嫌なら身分証を作れ。冒険者カードでも商人証でも、何でもいい」
「冒険者カード」
「ギルド行け。初めてなら登録しろ。入市税を払い続けるよりは安い」
それだけ言って、門番はもう俺たちから興味を失ったらしかった。次の列へ視線を向ける。
「次」
短い声が後ろへ飛ぶ。
俺は門の内側へ数歩進んでから、振り返って壁を見た。
外から見た時より、内側から見た方がよく分かる。
これは街を守るための壁でもあるのだろう。
だが、それだけじゃない。
金も証明もない人間を、外へ置いておくための壁でもある。
「クレ?」
ツムギが少し先で立ち止まっていた。
「行くよ」
「ああ」
歩き出す。
街に入るだけで金が要る。
入った後も、証明がいる。
知らない人間の中へ入るには、まず自分が何者かを示さなければならない。
面倒だった。
まだ街に入っただけなのに、もう少しうんざりしていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第三話は「街へ入る」ではなく、「街に入る資格を求められる」話でした。
クレは壁そのものより、壁が持つ意味を見ています。
おそらく彼は、これからも街並みより人間の仕組みの方に興味を持つのでしょう。
次回は冒険者登録です。




