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3話 城壁の前

街は人が集まる場所です。


そして、人が集まる場所には必ずルールがあります。


クレにとって、それはあまり歓迎できるものではありません。

「高いな」


思わず声が漏れた。


遠くから見えていたそれは、近付くほど大きくなった。石でできた壁だった。高い、という言葉で足りるのか分からない。ソリ村の家を何軒積み上げれば届くのか、見当もつかない。


壁はただ高いだけじゃなかった。長かった。左右の果てが見えない。街を守るというより、街とそれ以外を切り分けるためにあるように見えた。


「街だからね」


隣でツムギが少し得意そうに言う。


何故お前が誇らしげなんだ。


「ソリ村は低かったな」


「……あ」


ツムギが固まる。


少しだけむっとした顔になる。


だから分かった。今のはたぶん、皮肉だった。


「意地悪」


「そうか?」


「そうだよ」


唇を尖らせる。


珍しい反応だった。


俺は少し考える。


そういえば最近、こういう顔をどこかで見た気がした。少し思い出して――


「ああ」


気付く。


「俺の真似か」


「違う」


即答だった。


たぶん嘘だと思った。



壁へ近付くほど、人が増えた。


俺たちと同じように歩いて来た旅人。荷馬車を引く商人。大きな袋を背負った男。武器を持った連中。鎧を着ているやつもいれば、布の服だけのやつもいる。


皆、同じ方向へ向かっていた。


村では見なかった流れだった。人が一つの場所へ吸い込まれていく。それだけで、少し息苦しい。


「多いな」


「街だもん」


ツムギはさっきより素直に感心していた。


きょろきょろしている。珍しく落ち着きがない。ああいう顔もするのかと思う。


やがて、門が見えた。


巨大な木製の扉。その前に、人の列。両脇には武装した男が立っている。槍。剣。革鎧。姿勢に隙がない。


強い。


近付いただけで分かった。


少なくとも、今の俺よりは。


順番が来るまで黙って並ぶ。


前の男が通され、次に呼ばれた。


「次」


短い声だった。


俺たちは前へ出る。


門番の男はまず紙に目を落とし、それからこちらを見た。


顔。服。荷物。靴。


順番に。


観察されていた。


少し落ち着かない。


見られるのは別に初めてじゃない。だが、ここでの視線は違った。興味ではなく、確認だ。入れていい人間か、そうでないかを見ている目だった。


「身分証は」


「ありません」


「冒険者カードは」


「ありません」


男は頷く。


驚きもしない。慣れているらしい。


「なら入市税だ。一人銀貨一枚」


紙を指で叩く。


淡々としていた。


「払えなければ?」


男は少しだけ首を傾げた。


当たり前のことを聞かれた顔だった。


「入れない」


簡単だった。


脅しでもない。嫌味でもない。ただのルールだった。


だから余計に面倒だった。


「……」


まずい。


持っていない。


というか銀貨をちゃんと見たこともない。金が必要だとは分かっていたが、門の前で先に要求されるとは思っていなかった。


俺が黙ると、門番の視線がわずかに固くなる。


後ろには列がある。待たせているのも分かった。


ツムギを見る。


ツムギも少し困った顔をしていた。


終わったかもしれない。


そう思った時だった。


「はい」


俺の前へツムギが出る。


銀貨を二枚。


当たり前みたいな顔で差し出した。


「足りるよね?」


門番は銀貨を受け取り、指の上で軽く弾いた。一枚。二枚。頷く。


「問題ない」


それから身体を少し横へずらした。


「ようこそ、ダイサイ都市へ」


門の内側が見える。


人が行き交っている。荷車の軋む音。誰かの怒鳴り声。焼けた肉みたいな匂い。獣の臭い。汗。土。知らないものが混ざり合った空気が、門の向こうから流れてきた。


知らない声が聞こえる。


知らない服の人間が歩いている。


知らない暮らしが、すぐ目の前にある。


俺は隣のツムギを見る。


「……持ってたのか」


「持ってたよ」


当たり前みたいに答える。


少しだけ胸を張っている。


「言えよ」


「聞かれなかったし」


意味が分からない。


本当に分からない。


門をくぐってからも、しばらくその意味不明さが残った。


「何で持ってるんだ」


「村を出る前に、少し持ってきた」


「少しで銀貨二枚以上か」


「だから少しだって」


基準がおかしい気がしたが、今はそこを突っ込む気力がなかった。


むしろ別の方が気になった。


「毎回払うのか」


俺が聞くと、近くで別の旅人を見ていた門番が答えた。


「入るたびにな」


面倒だった。


顔に出たらしい。門番が鼻で笑う。


「嫌なら身分証を作れ。冒険者カードでも商人証でも、何でもいい」


「冒険者カード」


「ギルド行け。初めてなら登録しろ。入市税を払い続けるよりは安い」


それだけ言って、門番はもう俺たちから興味を失ったらしかった。次の列へ視線を向ける。


「次」


短い声が後ろへ飛ぶ。


俺は門の内側へ数歩進んでから、振り返って壁を見た。


外から見た時より、内側から見た方がよく分かる。


これは街を守るための壁でもあるのだろう。


だが、それだけじゃない。


金も証明もない人間を、外へ置いておくための壁でもある。


「クレ?」


ツムギが少し先で立ち止まっていた。


「行くよ」


「ああ」


歩き出す。


街に入るだけで金が要る。


入った後も、証明がいる。


知らない人間の中へ入るには、まず自分が何者かを示さなければならない。


面倒だった。


まだ街に入っただけなのに、もう少しうんざりしていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


第三話は「街へ入る」ではなく、「街に入る資格を求められる」話でした。


クレは壁そのものより、壁が持つ意味を見ています。


おそらく彼は、これからも街並みより人間の仕組みの方に興味を持つのでしょう。


次回は冒険者登録です。

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