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13話 悲鳴

後悔というものは、結果が出てから生まれる。


そして大抵の場合、その時にはもう遅い。


第十三話です。

その日も農作業だった。


鍬を振る。

土を耕す。

雑草を抜く。

水を撒く。


やることはいつもと同じだ。


少なくとも、周りから見ればそうだったと思う。


村は普段通りに動いていた。

誰かが畑を見て、誰かが洗濯物を干して、子供が走っている。

空も青い。

風もある。


平和だった。


だから余計に、頭の中の違和感だけが浮いていた。


「クレ」


ツムギが呼ぶ。


「なんだ」


「聞いてる?」


聞いていなかった。


最近多い。


森のことを考えていると、どうしても他が薄くなる。


「聞いてない」


正直に答える。


ツムギは深くため息を吐いた。


「知ってた」


少しだけ申し訳なくなる。


だが、頭の中はまだ森だった。


血痕。

人の腕。

ニーラビットの死骸。

倒れた木。

大きな足跡。


全部残っている。

全部繋がっている。


それなのに、決定的な何かが足りない。


何がいる。

どこにいる。

何故まだ村に来ていない。

いや、もう来ていてもおかしくない。


そこまで考えて、思考が止まる。


来ていてもおかしくない。


その可能性を、俺は昨日の時点でちゃんと口にするべきだったのではないか。


「……」


鍬を握る手に少し力が入る。


「クレ」


「なんだ」


「今日は帰ったらご飯作って」


珍しいことを言われた。


顔を上げる。


ツムギは少し疲れた顔をしていた。

汗を拭いながら、当たり前みたいに続ける。


「疲れた」


即答だった。


少しだけ笑う。


珍しく。

本当に少しだけ。


「分かった」


そう言うと、ツムギが驚いた顔をした。


「作れるの?」


「多分」


「不安になった」


「俺もだ」


それにはツムギも少し笑った。


ほんの一瞬だった。


次の瞬間、風が吹く。


村の向こう。

森の方へ目が向く。


静かだった。


嫌になるくらい、静かだった。


昼間の森は本来、もっと音がある。

鳥が鳴いて、小動物が動いて、風以外の気配が混ざる。


なのに今日は、それが薄い。


違和感が消えない。


嫌な予感も消えない。


だが、証拠がない。

確信もない。


だから言えない。


そう思っていた。


その時だった。


「きゃあああああ!!」


悲鳴。


女の声だった。


村中に響く。


鍬が手から落ちる。


身体が先に動いた。


考えるより先だった。


走る。


ツムギも走る。

周りの村人も一斉に動く。


声のした方へ。


嫌な予感がする。


いや、もう予感じゃない。


知っていた。

分かっていた。

理解していた。


森の異変は、ここへ繋がるかもしれないと。

人が死んでいる時点で、村まで来る可能性は十分あったと。


それなのに、何も言わなかった。


報告しなかった。

共有しなかった。

自分の中で片付けようとした。


走りながら、口の中で言葉が漏れる。


「失敗した」


息が荒くなる。


「失敗した」


腕も見た。

血も見た。

倒木も見た。


それでも、何も言わなかった。


「失敗した……!」


気付けば叫んでいた。


誰に向けた言葉でもない。


自分に向けた言葉だった。


広場へ飛び出す。


そして、見た。


血。


倒れた村人。


泣き叫ぶ子供。


逃げる人。


壊れた柵。


抉れた地面。


それだけで、十分すぎた。


“何か”じゃない。


“来た”のだと分かった。


視線を上げる。


そこにいた。


大きい。


圧倒的に。


今まで見たどの生き物よりも、明らかに大きい。


黒い毛皮。

太い腕。

丸太みたいな前脚。

土を抉る爪。

黄色い瞳。


ただ立っているだけで、周囲の空気が重くなる。


グリムベアだった。


名前は知らない。

だが、見た瞬間に理解した。


熊だ。


ただの熊じゃない。

村を壊せる熊だ。


「……」


足が止まる。


怖い。


本能的に分かる。


戦えば死ぬ。


たぶん一撃だ。

下手をすれば、逃げるだけでも間に合わない。


逃げたい。


今すぐ。

本気でそう思う。


身体が勝手に後ろへ引きそうになる。


その時だった。


視界の端。


子供がいた。


転んでいる。

泣いている。

立てないらしい。


そして。


グリムベアが振り向く。


その動きが、ひどくゆっくり見えた。


黄色い目が子供を捉える。


あの日と同じだった。


赤信号。

車。

飛び出した子供。


助けるべきか、ではない。


助けなかった後の自分を背負えるか。


あの時と同じ問いが、ほとんど一瞬で頭をよぎる。


「くそ……」


身体が動く。


考えるより先に。


俺はもう走っていた。


第十三話を読んでいただきありがとうございます。


クレは理解していました。


森がおかしいことも。

危険が近付いていることも。


それでも伝えませんでした。


そして結果は出ました。


次回『グリムベア』

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