六 父と子
行斉の前に、真薫は袋を差し出した。
「これを、井戸の近くで見つけました」
行斉は袋を手に取り、中を見た。
「これは……附子か」
「はい。この袋、見覚えはありませんか」
「……ある」
行斉の顔が、強張った。
「この布地は、行季が好んで使うものだ。この紺色、この織り方。唐渡りの、珍しい布でな」
「行季様の、ですか」
「ああ。行季の狩衣も、同じ布で仕立てている」
行斉は、深く息を吐いた。
「まさか、行季が……」
「行斉様」
真薫は静かに言った。
「行季様を、呼んでいただけますか」
行季が部屋に入ってきた。
「父上、何の用ですか」
「行季」
行斉は、袋を差し出した。
「これは、お前の袋か」
行季の顔色が、変わった。
「……それは」
「井戸の近くで見つかった。中には附子が入っていた」
行斉の声が、震えた。
「行季、お前が……」
「違います」
行季は首を振った。
「私は、何も」
「では、なぜこの袋が井戸の近くに」
「それは……」
行季は言葉に詰まった。
「……落としたのかもしれません」
「落とした?」
「ええ。本草学の研究で使っていた袋を、散歩の際に落としたのかも」
「しかし——」
「父上」
行季は声を荒らげた。
「私は、何もしていません。信じてください」
行斉は、苦しそうに目を閉じた。
「……行季」
「父上」
「お前は、葵を……」
「葵殿を? あの女が何だと言うのですか」
行季の声が、冷たくなった。
「あの女が側室になったせいで、母上のお立場が——」
行季は拳を握りしめた。
「本来なら、もう別邸に移っているはずだ。それなのに、いつまでもこの屋敷に留まって、母上を苦しめている!」
「行季……」
「母上が毎日、あの女の顔を見なければならない。侍女たちが、あの女に仕えている姿を見なければならない。それが——」
行季の声が、震えた。
「私には、耐えられなかった! だから、私は——」
そこで、行季は口を噤んだ。
しかし、もう十分だった。
「行季様」
真薫は静かに言った。
「あなたが、井戸に毒を入れたのですね」
「……」
行季は、何も答えなかった。
ただ、うつむいたまま、動かなかった。
「行季……」
行斉は、力なく呟いた。
「なぜ、このような、真似を……」




