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式部省の呪詛係  作者: 浮田葉子
第一章 怨霊の宴
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三 物の怪なき屋敷

 真薫(ちかゆき)定明(さだあきら)は、屋敷の隅々を調べて回った。


 寝殿(しんでん)(たい)の屋、渡殿(わたどの)

 台盤所(だいばんどころ)御湯殿(おゆどの)(くりや)塗籠(ぬりごめ)


 だが、怪しいものは何も見つからなかった。


「おかしいなあ」

 定明が首を傾げた。

「呪詛の痕跡が、まっったく見当たらない」


「呪詛の痕跡?」


「ええ。誰かがこの屋敷を呪ってるなら、どっかに呪物(じゅぶつ)があるはずなんですよ。人形(ひとがた)とか、髪とか、爪とか」


 定明は肩を竦めた。


「でも、何にもない。掃除が行き届きすぎてるのかな」


 真薫は、庭を見渡した。


 冬の陽が、低く差している。

 池の水面が、冷たく光る。


「定明殿」

「はい」


「物の怪や呪詛でないとしたら、何だと思いますか」

「うーん」


 定明は少し考えて、あっさりと答えた。


「人間の仕業でしょうね」

「……そう、思いますか」


「だって、物の怪の気配がないんですもん。となると、残るのは人間しかいないじゃないですか」


 定明は屈託なく笑った。


「僕、陰陽師ですけど、実は現実主義者なんですよ」


 真薫は考えた。


 三人の侍女が倒れた。

 症状は同じ。

 しかし、共通点が見つからない。


 ——いや、待てよ。


 真薫の頭に、ふと疑問が浮かんだ。


「定明殿、もう一度、侍女たちの局を見に行っても宜しいですか?」

「ええ、構いませんが」



 侍女たちの局に戻ると、真薫は丁寧に辺りを調べ始めた。


 (しとね)几帳(きちょう)衣桁(いこう)

 そして、簀子縁(すのこえん)の隅に置かれた水瓶(みずがめ)


「これは?」


 真薫が指差すと、老女房が答えた。


「侍女たちが使う水です。半挿(みずさし)角盥(つのだらい)に移して、顔を洗ったり、手を洗ったり」

「この水は、どこから汲んでくるのですか」


「屋敷の井戸(いど)です」

「井戸は、どこに」


「裏庭に」


 真薫は定明を見た。


「井戸を、見に行きましょう」



 裏庭の井戸は、古びた石組みだった。

 深く、暗い。

 覗き込むと、底に水面が見える。


「定明殿、この井戸の水を調べていただけますか」

「水を、ですか」


「ええ。何か、混ざっているかもしれません」


 定明は(おけ)で水を汲み上げた。

 その水を、ひょいと日の光にかざす。


「んー、透明ですね。見た目は普通」

「匂いは」


「匂い?」

 定明は水に顔を近づけた。

「あ」


「何か」

「ちょっと変な匂いがします。苦いっていうか……何だろ、薬草みたいな?」


 真薫は水を受け取り、自分でも匂いを嗅いだ。


 確かに、わずかに妙な匂いがする。

 ほんのりと苦く、そして——。


「これは……」


 真薫の脳裏に、ある記憶が蘇った。


 検非違使時代。

 藤原維時の死体。

 附子(ぶす)の毒。


「定明殿」

 真薫は静かに言った。

「これは、毒です」


「え、本当(マジ)ですか」


 定明は目を丸くした。


「ええ。おそらく、附子。この井戸に、誰かが毒を混入したのです」


「うわあ」

 定明は素直に驚いた。

「じゃあ、侍女たちは……」


「毒を飲んだのです。井戸の水で顔を洗い、手を洗い、その手で食事をし……少しずつ、毒が体内に入ったのでしょう」


 真薫は井戸を見下ろした。


「これは、呪詛ではありません。殺人です」


「やっぱり人間の仕業かあ」

 定明は溜息をついた。

「僕の出番、なかったですね」



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