三 粗雑な呪詛
真薫と定明は、源基隆邸を訪れた。
立派な屋敷だった。
左大臣の邸宅にふさわしい。
門をくぐると、使用人が出迎えた。
「怪異雑掌の方々ですね。お待ちしておりました」
真薫と定明は、屋敷に案内された。
広く整えられた間。
御簾の向こう側。
一人の娘が座っていた。
「よくいらしてくださいました」
娘が、頭を下げた。
「私は、源潔子と申します」
潔子は、清楚で優しい声をしていた。
御簾の向こうで頭を下げる気配がする。
「萩野は……私の大切な側仕えの者なのです」
潔子の声が、震えた。
「どうか、助けてください」
真薫と定明は、頭を下げた。
「尽力いたします」
「まず、現場を見せていただけますか」
「はい」
潔子は、立ち上がり、御簾から出た。
扇で顔を隠しているとはいえ、自ら案内をするとは思わなかった真薫と定明は、狼狽する。
「こちらへ」
潔子は、真薫と定明を、ある場所へと案内した。
そこが、萩野の局だった。
小さな局。
女房の局としては標準的な広さ。
褥(布団)に侍女が寝かされている。
顔色は青を通り越して、白い。
「ここで、萩野が倒れました」
潔子は、説明した。
「昨夜のことです。萩野は、いつも通り、私の身の回りの世話をしてくれておりました。そして、局に戻り、休もうとしたところで......」
潔子は、声を震わせる。
「突然、"何か……黒い影が……"と言って、倒れたのです」
「黒い影……」
真薫は、呟いた。
「はい」
潔子は頷いた。
「それから、萩野は目を覚ましません。たまに、うわごとを言うのですが……何を言っているのか、わかりません」
潔子は、涙を浮かべた。
扇を持つ手がカタカタと震える。
「萩野は、私が幼い頃から仕えてくれていた女房なのです。姉のように、慕っていました。――どうか……」
真薫は、潔子を見た。
潔子の目には、本気の心配が浮かんでいた。
嘘ではない。
真薫は、頷いた。
「わかりました。必ず、真相を明らかにします」
定明が、局を調べ始めた。
茵(座布団)。
几帳。
文机。
定明は、一つ一つ、丁寧に見ていった。
そして、几帳の裏に、何かを見つけた。
「真薫殿」
定明が、真薫を呼んだ。
真薫が近づくと、定明は几帳の裏を指し示した。
そこに、小さな紙片が貼られている。
呪詛の文言が書かれていた。
真薫は、それを見たときに、何か強い違和感を感じた。
だが、原因は分からなかった。
「呪詛......」
「ええ」
定明は頷いた。
「しかし......」
定明は、眉をひそめた。
「文言が、雑です」
「雑?」
「はい」
定明は、紙片を指した。
「この文言、呪詛としては不完全です。文字の配置も、不自然です。まるで、呪詛を知らない者が、見よう見まねで作ったような……」
真薫は、改めて紙片を見た。
確かに、定明の言う通りだった。
本物の陰陽師なら、もっと精緻な呪物を作るだろう。
何度も本物を見てきたのだ。そのくらいの判断は真薫にもできる。
これは、素人の仕業だ。
先程の違和感は、これか。
「しかし、誰が……」
真薫は、考えた。
「わかりません」
定明は、首を振った。
「それに、これが萩野殿を害した原因かどうかも、定かではありません」
真薫は、潔子を見た。
「潔子様、この局に、他の誰かが出入りしましたか」
「いえ……」
潔子は、首を振った。
「萩野以外、誰も入っていないはずです」
「そうですか……」
真薫は、考えた。
(誰かが、この局に忍び込み、呪詛の紙片を貼った)
(しかし、それは誰か。――そして、目的は何か)




