九 記録は続く
真薫は、寝所に戻った。
手箱を開けた。
中には、六つの裏帳簿。
藤原維時の事件。
藤原行斉邸の事件。
賀茂光保の事件。
道顕の自作自演。
賀茂保規の口封じ。
道顕の監視。
真薫は、新しい紙を取り出した。
そして、筆を執った。
——水無月、兼遠が裏帳簿を開示。協力関係を構築。
兼遠の動機。紀有子の死。前帝の中宮嘉子内親王の女房。優秀な人物で、兼遠にとって親しい間柄。姉のように思っていた人。十七年前、道顕により謀殺。病死として処理。
有子が集めた証拠を兼遠が保管。兼遠、それ以来裏帳簿をつけ続ける。
次子、疑われるが中宮顕子の信任により無事。しかし直接会うことかなわず。今後、兼遠を介して情報交換。
次子の父、大江宣隆は兼遠の友人。学識高く、どの派閥にも属さないが、今上帝の覚えめでたい。
顕実の動向が少し気にかかる。
真薫は、筆を置いた。
七つ目の裏帳簿。
十七年前から続く、因縁。
真薫は、裏帳簿を手箱に仕舞った。
そして、そっと蓋を閉じた。
真薫は、庭を見た。
雨が、静かに降っていた。
京の都は、烟るような雨に包まれている。
真薫は、呟いた。
「一人ではなかった」
兼遠がいる。
次子もいる。
そして、紀有子の想いがある。
十七年前、道顕と戦った女性の想いが。
「有子殿……」
真薫は、呟いた。
「あなたの想いを、無駄にはしない」
真薫は、拳を握りしめた。
「道顕は、多くの人を犠牲にしてきた。有子殿も、保規殿も。そして、おそらくはこれからも増える……」
真薫は、雨雲を見上げた。
「しかし、私たちは諦めない」
真薫は、静かに誓った。
「兼遠様と、次子と、私。三人で、道顕を追い詰める――いつか、必ず」
真薫は、円座に座った。
そして目を閉じた。
雨の音だけが、静かに響いている。
京の都は、今日も平穏だった。
しかし、その平穏の裏で、蠢いているものがある。
はるか昔から、今に続くまで――
それは侵食を続けている。
真薫は、目を開けた。
文台に向かい、筆を執った。
記録を続ける。
真実を残す。
それが、真薫にできることだった。
そして今、真薫は一人ではない。
兼遠がいる。
次子もいる。
三人で、道顕と戦う。
「紀有子殿」
真薫は、呟いた。
「あなたが始めた戦いを、私たちが継ぎます」
過去からの谺が、今に響いている。
十七年前の想いが、現在に繋がっている。
真薫は、それを感じた。
雨は、静かに降り続けていた。




