五 裏帳簿
「有子の死後、私は誓った。藤原道顕を、必ず倒すと」
兼遠は、真薫を見た。
「だから、私は裏帳簿をつけ始めた。有子が集めた証拠に、私の記録を加えて」
兼遠は、別の手箱を取り出した。
中には紙の束。
「これが、私の裏帳簿だ」
真薫は、差し出されたそれを見た。
そして丁寧に受け取った。
幾分か古びた感じのその冊子は、十七年前からの記録だった。
——紀有子の死。帝への工作を知られ、謀殺。病死として処理。
——源正周、藤原貴通派の重鎮。讒言により失脚。後に自死。道顕が工作。
——藤原胤家、有力貴族。娘を入内させようとしたが、道顕が妨害。病死とされるが毒殺の疑い。
——大納言橘仁斉、道顕の政敵。不正を捏造され、流罪。道顕の策略。
真薫は、息を呑んだ。
次々と記された名前。
蹴落とされた貴族たちが並んでいた。
破滅させられた人々。
失われた命の数々。
兼遠の記録してきた裏帳簿。
道顕は、十七年以上をかけて、多くの人を犠牲にしてきた。
そして、今の地位に上り詰めた。
兼遠は、静かに言った。
「道顕様は、権力を得るために、躊躇なく人を消してきた。有子も、その一人だ」
真薫は、さらに紙をめくった。
最近の記録。
——藤原維時の事件。
——藤原行斉邸の事件。
——賀茂光保の事件。
——道顕の自作自演。
——賀茂保規の口封じ。
真薫が記録してきたことと、ほぼ同じだった。
「兼遠様も、すべてを……」
「ああ。私の立場なら、見えるものも多い。入ってくる情報もね」
兼遠は、真薫を見た。
「君と同じように、私も記録していた。――いつか、道顕様を引きずり降ろすために」
兼遠は、真薫の肩に手を置いた。
「君も裏帳簿をつけているだろう?」
真薫は、驚いた。
「どうして……」
けれど見抜かれたことに、驚きよりも納得があった。
「君の目を見ればわかる」
兼遠は、微笑んだ。
「君は、嘘をつくことに耐えられない。だから、必ずどこかに真実を書き残している」
兼遠は、雨が降りしきる外を見た。
「だから、見守っていた……いや、違うな」
兼遠の声が、静かになった。
雨の音に紛れてしまうくらいに。
「君を、試していた」
「……試して?」
「ああ」
兼遠は頷いた。
「道顕様を追い詰めるには、強い意志が必要だ。途中で諦めるような人間では、戦えない」
兼遠は、真薫を見た。
「だから、見ていた。君が、保規殿の死を目の当たりにして、どうするか。――君が、折れるか。諦めるか」
兼遠の目が、鋭くなった。
「もし、君がここで諦めるなら、見限るつもりだった」
真薫は、息を呑んだ。
「しかし、君は折れなかった」
兼遠は、微笑んだ。
「記録を続けると決めただろう。それがわかった。道顕様に一矢報いる気概がある。そう思った。だから、私は決めた」
兼遠は、真薫の肩を叩いた。
「君となら、道顕様と戦える」
真薫は、兼遠を見た。
兼遠の目には、強い決意があった。
「兼遠様……」
「真薫くん、協力しよう」
兼遠は、真薫の手を取った。
「二人の裏帳簿を合わせれば、道顕様を追い詰められる」




