二 白衣の影
真薫と定明は、まず死者の小桜が倒れた場所を調べた。
それは、屋敷の北側、侍女たちが寝起きする局の一角だった。
几帳で仕切られた狭い空間。
茵が敷かれ、衣桁に衣が掛けられている。
「ここで、小桜は倒れたのですね」
真薫が訊くと、案内役の老女房が頷いた。
「はい。夜半に、突然苦しみ出して……」
「症状は」
「高熱です。それと、幻覚。“何かが見える”と言って、怯えておりました」
「何が見えたのですか」
「“女の影”だと……」
老女房は声を潜めた。
「“白い衣の女が、私を見ている”と、そう言っておりました」
真薫は局を見回した。
特に変わった様子はない。
清潔に保たれた、ごく普通の局だった。
「定明殿」
真薫が声をかけると、定明は几帳の奥をじっと見つめていた。
「……何か?」
「んー」
定明は首を傾げた。
「何にもないですね。“気配”ってやつが」
「気配?」
「ええ。怨霊とか物の怪って、独特の空気感があるんですよ。陰の気、っていうか。でも、ここには全っ然ない」
定明はあっけらかんと言った。
「真薫殿、何か気づきました?」
「……まだ」
真薫は正直に答えた。
「次に、他の侍女の局を見せていただけますか」
時雨と若菜は、別の局で寝込んでいた。
二人とも、高熱にうなされている。
顔は蒼白で、額には冷たい布が当てられている。
「症状は、小桜と同じですね」
真薫が呟くと、定明が頷いた。
「ですね。高熱、幻覚、痙攣。教科書通りの“物の怪に取り憑かれました”の雛型です」
「雛型、ですか」
「ええ」
定明は軽い調子で続けた。
「でもね、やっぱりおかしいんですよ。物の怪が人に取り憑くと、普通は強烈な陰の気が残るんです。でも、ここには何にもない」
定明は不思議そうに首を傾げた。
「まるで、物の怪なんて最初からいなかったみたいに」
真薫は、時雨と若菜の様子を観察した。
二人とも、苦しそうに呼吸をしている。
時折、うわごとを言う。
「……女が……白い……」
「……見ている……私を……」
小桜と同じ幻覚を見ているようだった。
「真薫殿」
定明が軽い調子で声をかけた。
「はい」
「この侍女たち、何か共通点ってあります?」
「共通点」
真薫は考えた。
「三人とも、侍女です。そして、症状が同じ」
「他には?」
「……わかりません。もう少し、調べてみます」
真薫は老女房に訊いた。
「この三人、何か共通していることはありませんか。例えば、同じものを食べたとか」
「さあ……」
老女は首を傾げた。
「侍女たちは、皆同じ釜の飯を食べますから……」
「では、同じ場所で働いていたとか」
「それも、皆違いますね。小桜は台盤所、時雨は御湯殿、若菜は塗籠で調度品の掃除を……」
真薫は眉をひそめた。
共通点が見つからない。
「定明殿」
「はい」
「屋敷内を、もう少し調べてみませんか」
「ええ、そうしましょう」




