四 十七年前の雨
階に腰掛けて。
二人きり。
雨の音が大きくなった。
時折風に煽られた雨が降りかかる。
兼遠は、外を見ていた。
どこかを見ているようで、どこも見てはいなかった。
その目に映るものは、今は届かない過去の姿だ。
「紀有子」
兼遠は、静かに言った。
「先々帝の中宮に仕えていた女房だ」
「……先々帝の中宮」
「ああ。嘉子内親王様だ」
兼遠は、続けた。
「有子は、優秀な人だった。聡明で、見識が高く、誰からも尊敬されていた」
兼遠は、窓の外を見た。
「私にとっては……親しい間柄だった。姉のようにも思っていた人だ」
兼遠の声が、震えた。
「その有子が、道顕様に殺された。――十七年前のことだ」
真薫は、息を呑んだ。
「……殺された?」
「ああ」
兼遠は頷いた。
「当時、道顕様はまだ若かった。しかし、すでに権力を握り始めていた」
兼遠の声は、雨に溶けそうだった。
「道顕様は、当時中宮職についていて、中宮様の覚えめでたかった。そして、中宮様を通じて、先々帝に影響を及ぼそうとした」
兼遠は、振り返った。
「有子はそれを知ってしまった」
暗い目をしていた。
「有子は、証拠を集めた。そして、私に託そうとした」
兼遠は、目を閉じた。
「しかし……間に合わなかった」
一瞬、言葉が詰まる。
「――有子は、病死として処理された。実際は、毒殺だった」
真薫は、何も言えなかった。
兼遠は、胸元から古い文を取り出した。
「有子は、死の直前、私に文を書き残した。これが、そうだ」
古びた文。
十七年前の、形見となってしまった品。
肌身離さず、持ち歩いているのだと、兼遠は言った。
「そして、これが、有子が集めた証拠だ」
兼遠は、手箱から古びた紙の束を取り出す。
「道顕様の陰謀の記録だ。十七年より前から、ずっと」




