三 忙殺される日々
数日後、真薫が式部省に戻ると、兼遠がまた待ち構えていた。
「やあ、真薫くん。お疲れ様」
「兼遠様」
「報告書、ありがとう。どれも呪詛じゃなかったんだね」
「はい。猫と、蛍と、老衰によるものでした」
「そっか」
兼遠は、にこやかに笑った。
「でも、また依頼が来てるんだ」
兼遠は、さらに多くの報告書を渡した。
「これ、全部頼むね」
真薫は、報告書を見た。
——平近信邸、夜な夜な物音。
——藤原惟信邸、急な腹痛。
——源雅房邸、物の怪の気配。
「……また、ですか」
「うん。みんな、呪詛に敏感なんだよ」
兼遠は、肩を竦めた。
「最近、右大臣様が“左大臣派の呪詛が横行している”って言ってるからね」
「……」
「だから、みんな怖がって、ちょっとしたことでも“呪詛だ”って騒ぐんだ」
兼遠は、真薫の肩を叩いた。
「真薫くん、大変だけど、よろしくね」
真薫は、定明と再び京中を駆け回った。
平近信邸の物音は、鼠だった。
藤原惟信の腹痛は、ただの食べ過ぎだった。
源雅房邸の物の怪の気配は、使用人の悪戯だった。
「やれやれ」
定明は、苦笑した。
「今日は、鼠と食べ過ぎに、使用人の悪戯ですか」
「ああ」
「明日は、何でしょうね」
定明は、笑った。
「犬あたりですかね」
真薫は、報告書を書きながら、考えていた。
なぜ、こんなに依頼が増えたのか。
どれも、些細な事件ばかり。
呪詛とは、到底思えない。
しかし、貴族たちは本気で怖がっている。
物忌をして、家に籠もっている。
「……おかしい」
真薫は、小さく呟いた。




