四 誰も隣に座らない
真薫は、六角烏丸の定明の住まいを訪ねた。
「やあ、真薫殿」
定明は、疲れた顔で迎えた。
「どうしたんです」
「少し、話したいことがある」
「どうぞ、中へ」
定明の住まいは、以前と同じく整然としていた。
しかし、どこか寂しげに感じられた。
「定明殿、陰陽寮の様子はどうだ」
「ああ、見事なものですよ」
定明は、軽く笑った。
「みんな、僕を避けるんです」
「避ける?」
「ええ。光保と親しかった。保規様の部下だった。だから、次は僕の番じゃないか、って思われてるんでしょうね」
定明は、庭へと視線を流した。
「誰も、僕に近付こうとしない。話しかけても、すぐに逃げていく」
「……」
「まあ、気持ちはわかりますけどね」
定明は、肩を竦めた。
「僕だって、立場が逆なら、近付きたくないですから」
「定明殿……」
「でも、面白いですよ。僕、疫病神扱いされてるんです」
定明は、自虐的に笑った。
「触れたら呪われる、みたいな」
「……」
「陰陽師なのに、呪われるって言われるんですよ。皮肉でしょう?」
定明の笑みが、どこか寂しかった。
「今朝も、面白いことがありましてね」
定明は、苦笑した。
「僕が書物を取ろうと手を伸ばしたら、隣にいた後輩が、さっと離れたんです」
「……」
「まるで、僕が物の怪にでもなったみたいに」
定明は、庭へと視線を投げた。
「誰も隣に座ろうとしません。僕が席につくと、みんな離れていく」
「定明殿……」
「保規様が亡くなってから、特にひどくなりました」
定明の声は、静かだった。
「”次は定明だ”って、陰で囁かれているのが聞こえるんです」
定明は吐息に混ぜて、笑う。
「でも、逃げられないんです」
定明は、真薫を見た。
「陰陽寮を辞めれば、生きていけません。僕には、これしかない」
「定明殿……」
「だから、毎日行くんです。疫病神扱いされても」
定明は、にっこりと笑った。
「意外と、図太いんですよ、僕」
真薫は、何も言えなかった。
定明の達観した様子が、かえって痛々しかった。
「真薫殿」
定明が、にっこりと笑った。
「僕、真薫殿と会えて、本当によかったです」
「私は、何もできていない」
「いえ、十分ですよ」
定明は首を振った。
「話を聞いてくれる。それだけで、ありがたい」
「……」
「一人じゃない。それが、何より嬉しいんです」
真薫は、定明の肩に手を置く。
「もし、何かあったら、すぐに私に知らせてくれ」
「はい」
「危ないと感じたら、逃げろ。京を離れろ。私が、何とか手配する。――兄が、長兄が近江守をしているんだ。まずは近江へ逃げて……」
定明は、一瞬、目を見開いた。
そして、静かに笑った。
「無駄ですよ」
「定明殿……」
「道顕様の手は、どこまでも届きます」
定明の声が、静かだった。
「京を離れても、いつか見つかる。――そして、殺される」
「しかし——」
「それに」
定明は、真薫を見た。
「逃げたら、真薫殿に迷惑がかかるでしょう」
「それは——」
「僕を匿った、って」
定明は、微笑んだ。
「そんなの、嫌ですよ」
真薫は、何も言えなかった。




