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式部省の呪詛係  作者: 浮田小葉子
第三章 偽りの呪詛
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五 書かされる嘘

 翌日、真薫(ちかゆき)が式部省に出仕すると、兼遠(かねとお)が待っていた。


「やあ、真薫くん。報告書、できた?」

「……いえ、まだです」


「そう」

 兼遠は、にこやかに笑った。

「じゃあ、今から書こうか」


「しかし、調査が——」

「調査は十分でしょ」


 兼遠は、真薫の肩を叩いた。


「呪物も見つかったんだから」


「あれは、偽物です」

 真薫は、はっきりと言った。

「新しすぎるし、置き方が雑です」


「ふーん」

 兼遠は、あっけらかんと言った。

「でも、呪物は呪物でしょ」


「それに、症状から考えて、これは毒物の可能性が——」


「真薫くん」

 兼遠の声が、わずかに低くなった。

「君、わかってないの?」


「……」


「これは呪詛。そう報告書を書く。それだけ」

 兼遠は、真薫を見た。

「君は賢いから、わかってるだろう」


「しかし——」


「真薫くん」

 兼遠は、溜息をついた。

「君、また左遷されたい? いや、それだけじゃ済まないかもね」


 兼遠の目が、一瞬だけ鋭くなった。


「右大臣様を敵に回したら、どうなるか」


「……」


「君の家族も、困るよ」


 真薫は、歯を食いしばった。


「わかり、ました」


「うん、よろしい」

 兼遠は、またにこやかに笑った。

「じゃ、報告書、よろしくね」


 兼遠が出て行って、真薫はまた一人、残された。


「……またか」


 小さく呟いた。


 真薫は、報告書を書いた。


 ——藤原義光、藤原泰房、源時信、三名が病に倒れる。

 原因は左大臣派による呪詛。屋敷より呪物発見。


 筆が、震えた。


 嘘だ。

 これは、嘘だ。


 真相は、右大臣藤原道顕の自作自演。

 自分の派閥の貴族に毒を盛り、病を仕立て上げ――

 呪物を設置し、左大臣派を陥れる。


 しかし、真薫はそれを書けない。

 書けば、潰される。


 自分だけではない。――家族もだ。

 そして右大臣はきっと、それを躊躇(ためら)わない。


 真薫は、報告書を提出した。


 そして、別の紙に書いた。


 ——真相。右大臣道顕(みちあき)の自作自演。宴の食事に毒物混入。

 陰陽助賀茂保規(かものやすのり)が道顕の命で呪物を設置。

 目的は左大臣派の弾劾。



 裏帳簿。

 真実の記録。


 真薫は、それを手箱の奥深くに隠した。


「いつか……」


 真薫は呟いた。


「いつか、この記録で道顕を追い詰める」


 真薫が簀子縁(すのこえん)を歩いていると、顕実(あきみつ)とすれ違った。

 真薫は畏まり、頭を垂れる。


「真薫」

「顕実殿……」


「報告書、書いたか」


 顕実の声は、静かだった。


「……ええ」

「父上の望み通りに?」


「……」


 顕実は、真薫の肩を叩いた。


「それでいい」


 顕実は、小さく言った。


「それが、お前を守る方法だ」

「……顕実殿は」


「何だ」

「それで、いいと思っているのですか」


 顕実は、一瞬、目を伏せた。


「……思っていない」


 顕実の声が、掠れた。


「でも、仕方ないだろう。父上に逆らえば、消される。お前も――もしかしたら、嫡子の私であってもな」


 顕実は、去っていった。


 真薫は、顕実の背中を見送った。


 顕実も、苦しんでいる。

 父と、自分の良心の間で。


 真薫は、それを感じ取った。



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