三 呪詛にあらず
藤原泰房邸、源時信邸でも、同じ状況だった。
三人とも、同じ症状。
高熱、幻覚、嘔吐。
そして、屋敷には必ず呪物が置かれている。
しかし、どれも新しく、置き方が雑だった。
「やっぱり、おかしいです」
定明は、源時信邸を出ると、はっきりと言った。
「これ、呪詛じゃないですよ」
「では、何だと思う」
「わかりません。でも、少なくとも“普通の”呪詛ではない」
定明は、真薫を見た。
「真薫殿は、どう思います?」
「……症状が、気になる」
真薫は、考えながら言った。
「高熱、幻覚、嘔吐。これは……」
「何か、心当たりが?」
「ああ」
真薫は頷いた。
「あれは睦月だったか。藤原行斉邸の事件と似ている。怪異雑掌として、私が扱った、最初の事件だ」
「ああ、あの毒殺事件の」
「そうだ。あのときも、同じ症状だった。附子による中毒だ」
真薫は、声を潜めた。
「もしかしたら、これも毒物かもしれない」
「毒物……」
定明は、息を呑んだ。
「でも、行斉邸のときは一人死にましたよね。今回は三人とも、まだ生きています」
「そうだ」
真薫は、口元に手を当て、眉を寄せる。
「もしかしたら量が違うのかもしれない」
「量?」
「ああ。行斉邸のときは、井戸に毒を混入して、長期間にわたって少しずつ、だが多量に摂取させた。だから、死者が出た」
真薫は続けた。
「しかし、今回は……おそらく、一度。そして少量を盛られたのではないだろうか。病にするだけで、殺すつもりはないのでは……」
「では、犯人は……」
「計画的な犯行だ」
真薫の声が、低くなった。
「病にはするが、殺さない。そして、呪詛だと騒ぐ。誰かを陥れるための、自作自演だと思う」
定明は、顔色を変えた。
「でも、なんだって三人も同時に」
「それは、わからない」
真薫は、空を見上げた。
「だが、確かめる必要がある」
真薫は、再び三つの屋敷を訪れた。
今度は、井戸や厨を重点的に調べた。
しかし、毒物の痕跡は見つからなかった。
「おかしい……」
真薫は、首を傾げた。
「行斉邸のときは、井戸に毒があった。しかし、今回は……」
真薫は、屋敷の者に詳しく聞き込みを行った。
「最近、何か変わったことは」
「いえ、特には……」
「宴や会合には」
「ああ、三日前に、右大臣様の屋敷の宴に」
真薫の目が、鋭くなった。
「では、今回病に伏された他のお二方も?」
「藤原泰房様も、源時信様も、参加されていたと聞いております」
真薫は、確信した。
三人とも、最近、ある宴に参加していた。
右大臣道顕の屋敷で開かれた宴。
「まさか……」
真薫の背筋が、凍った。
真薫は、定明を呼んだ。
「定明殿、聞いてくれ」
「何ですか」
「三人とも、三日前に右大臣邸の宴に参加していた」
「右大臣邸……」
「ああ。そして、その翌日から病気になった」
真薫は、声を潜めた。
「もしかしたら、宴の食事に毒が……」
「待ってください」
定明は、真薫の言葉を遮った。
「それは、つまり……」
「ああ」
真薫は頷いた。
「右大臣道顕様が、自分の派閥の貴族に毒を盛った、ということになる」
定明は、顔色を変えた。
「そんな……なぜ」
「わからない。だが、考えられる理由は一つ」
真薫は、続けた。
「自作自演だ」
「自作自演?」
「ああ。自分の派閥の貴族を軽い毒で病にさせる。そして、呪物を設置して、“左大臣派の呪詛だ”と騒ぐ」
真薫の声が、低くなった。
「そうすれば、左大臣派を弾劾する口実ができる」
真薫は、さらに推理を続けた。
「宴には、多くの貴族が参加していたはずだ。しかし、病に伏したのは三人だけ」
「では……」
「おそらく、三人だけに出された料理か、酒があったのだろう。または、三人の席にだけ、毒を仕込んだ」
真薫は、目を細めた。
「附子は、少量なら病に伏すだけで、死なない。量を調整すれば、計画通りに事を運べる」
「……」
定明は、何度か口を開け、閉め、吐息を零した。
「真薫殿、それは……」
「証拠はない」
真薫は、認めた。
「ただの推測だ。だが、状況証拠は揃っている」
定明は、深く息を吐いた。
「もし、それが本当なら……」
「ああ」
真薫は頷いた。
「我々は、その片棒を担がされることになる」




