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式部省の呪詛係  作者: 浮田小葉子
第三章 偽りの呪詛
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二 旧友

「やあ、真薫(ちかゆき)


 不意に掛けられたその声に、真薫は驚いて振り向いた。


顕実(あきみつ)殿……」


 このような掃き溜めに――式部省怪異雑掌所かいいざっしょうどころになど、立ち寄るべきではない男。

 藤原顕実(ふじわらのあきみつ)

 右大臣藤原道顕(みちあき)の嫡子。

 中宮顕子(あきこ)の弟でもある。


 そして。

 真薫の、大学寮時代の同期でもあった。


「久し振りだな」

 顕実は、にこやかに笑った。

「大学寮以来か」


「……何の用ですか」


「冷たいな」

 顕実は、肩を竦めた。

「旧友が挨拶に来たのに」


「旧友……」

 真薫は、顕実を見た。


「顕実殿は今、右衛門佐(うえもんのすけ)五位蔵人(ごいのくろうど)の兼帯でしょう。私とは、住む世界が違い過ぎる」


「ああ」

 顕実は少しだけ顔を歪めて頷いた。

「――そうだな」


 顕実は、真薫の肩を叩いた。


「お前が、式部省でよりにもよって、怪異雑掌をしていると聞いてな。見に来た」


「……ええ」


「お前は、もっと出世すべき人間だったのに」


 顕実の声が、複雑になった。


「検非違使尉として、優秀だった。――それが、こんなところで、こんな扱いとはな」



「顕実殿には、関係ありません」


「そうか」

 顕実は、庭先へと視線を流した。

「まあ、いい。ただ――気を付けろ」


 顕実の声が、低くなった。


「父上は、お前のことを気にしている」


「……」


「"真薫という男は、賢い。だから、注意が必要だ"と」


 顕実は、真薫を見た。


「父上がそう言うときは、警戒しているときだ」

「……忠告、ありがとうございます」


「忠告じゃない」

 顕実は、立ち上がった。

「ただの……世間話だ」


 顕実は、去っていった。


 真薫は、一人残された。


 顕実。

 大学寮では、良き好敵手(ライバル)だった。

 互いに競い合い、高め合った仲。


 しかし今、顕実は道顕の――敵の息子だ。


 それでも、忠告してくれた。


 顕実は、味方なのか。

 それとも……。


 真薫は頭を振った。

 今、それを考えても仕方がない。


 重要なのは、警告してくれたという事実のみだ。


「……行くか」



 安倍定明(あべのさだあきら)と合流し、二人はまず藤原義光(ふじわらのよしみつ)邸を訪れた。


「やあ、真薫殿」

 定明は、いつもの軽い調子だった。

「また呪詛案件ですか」


「ああ。今回は、右大臣派の貴族が三人」


「三人?」

 定明は、眉をひそめた。

「それは……妙ですね」


「何が」


「普通、呪詛は一人ずつ行うものです。三人同時に呪うだなんて、かなり高度な術式が必要ですよ」


「つまり」


「つまり、本当に呪詛なのか、疑問です」

 定明は、真薫を見た。

「とにかく、行ってみましょう。現場を見れば、わかります」



 藤原義光邸は、三条堀河にあった。


 立派な寝殿造(しんでんづくり)

 右大臣派の中堅貴族らしい、堂々とした屋敷だった。


 主人の義光は、三十代半ば。従五位下。

 蔵人(くろうど)を務める、道顕の側近の一人だった。


「よく来てくださった」


 義光は、疲れた顔で二人を迎えた。


「早速ですが、症状をお聞かせください」


 真薫が訊くと、義光は頷いた。


「三日前から、高熱が出た。そして、幻覚を見る」


「幻覚?」


「ああ。何か、黒い影が見えると」

 義光の声が、震えた。

「医師にも診せたが、原因がわからぬという。これは、呪詛に違いない」


「他に、症状は」


「嘔吐もある。食事が喉を通らぬ」


 真薫は、定明を見た。

 定明は、首を傾げている。


「義光様、屋敷内を調べさせていただけますか」


「ああ、どうぞ」



 真薫と定明は、屋敷を調べ始めた。

 寝殿、(たい)の屋、渡殿(わたどの)

 そして、義光の寝所。


「……あ」


 定明が、声を上げた。


「何か」


「これ、見てください」


 定明が指差したのは、寝所の畳の隅だった。

 几帳の裾に隠れるように。

 粗末な木彫りの人形(ひとがた)が置かれている。

 胸に、釘が三本。


「呪物、ですか」

「……みたいですね」


 定明は、人形を手に取った。

 しばらく見つめて、首を傾げた。


「どうした」

「この人形……新しすぎます」


「新しい?」


「ええ。木の切り口が新鮮です。作られてから、せいぜい数日でしょう」


 定明は、人形を裏返した。


「それに、置き方が随分と雑です」


「雑?」


「本物の呪詛なら、もっと隠すはずです。見つかったら、効果が薄れますから」


 定明は、真薫を見た。


「――これ、偽物じゃないですか?」


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