side40.指切り
※コミカライズ23話と24話の間
「わたし、皆さんとやってみたいことが、もうひとつあるんです」
友人と四人で同じベッドで寝るという、お泊りをした翌朝、朝食をともにしながらシュテファーニエが憧れを零した。それは、下町で暮らしていた頃にも叶わなかったことらしい。
「まぁ、どんなことですの?」
リュディアが訊ねたが、他の二人も興味深く耳を傾けている。気恥ずかしさを覚えながら、シュテファーニエは打ち明ける。
「……えっと、お友達と買い物に行ってみたくて」
友人の家に泊まりで世話になったことは平民時代にもあったが、女手ひとつで育ててもらっていたので余分に何かを買うという行為を控えていた。母に無理をさせたくないシュテファーニエが、自身で我慢していた欲求だ。けれど、近所のお姉さんが幅広のリボンをヘアバンドにして飾っていたのが素敵で、どうしたのか訊いたら友人とお揃いで購入したものだとのことで余計に憧れた。そういう、ちょっとした体験を友人と共有してみたかったのだ。
「それはいいね。ファニーちゃんは欲しいものをなかなか言ってくれないから」
「お嬢様方、娘に貴族のお金の使い方を教えていただけませんか?」
与えられる物を大事にして物を欲しがるということをしてこなかったシュテファーニエを、ヴィッティング伯爵家の両親は心配していた。正確にはできた娘を可愛がりたい養父のヘルマンが、甘えてくれないのを寂しがっていた。実母のナディヤも、物欲に乏しいままでは今後貴族令嬢として支障がでると危惧していた。
「わたくしも店に行って買い物をしたことはないので、教えられるかは自信がありませんが……」
「公爵家だと、店側が来ますものね。私は家族とならありますが」
「私も家族と、……あとツェーザル様となら」
トルデリーゼに同意しようとしたが、先日婚約者と会ったときに装飾店などいくらかの店に寄ったのを思い出し、ザスキアは頬を染めた。婚約者と親しくなれているようで、リュディアたちは微笑ましく感じる。
「ご令嬢だと、あまりしないことなんですかね……?」
全員が友人との買い物経験がないときき、シュテファーニエは平民感覚の要望なのかと眉をさげた。
「いえ、わたくしたちの年頃では機会が少ないだけで、学園に通う歳になれば機会も増えますわ」
幼い令嬢だけで外出させる家が基本的にないだけであり、護衛と連携が取れる年頃になれば問題はないとリュディアが教えた。
「父に頼めばこの人数で行っても大丈夫な護衛をつけてくれます」
騎士団副団長を父親に持つトルデリーゼの申し出に、シュテファーニエは物々しく感じたが、面子を鑑みた結果と納得した。公爵令嬢のリュディアもいるのだ。王族の血も入ることのある公爵家、事実彼女の祖母は降嫁した王女である。護衛は十全にした方がいいだろう。
気軽な外出とはいかず、想定より大がかりになりそうでシュテファーニエは過分な要望を口にしたのではと、意気消沈する。
「なら、安心ですわね。楽しみですわ」
「ファニー様は行きたいお店はありますか?」
「え。あ……」
シュテファーニエは、手間をかけさせては、と要望を取り下げようとしていたが、リュディアが乗り気であり、ザスキアからも行き先の候補を訊かれ、それを封殺されてしまう。自分が気負わないよう率先して態度を明確にするリュディアの心遣いが嬉しく、頬が熱くなった。トルデリーゼの護衛の提案も、ザスキアの問いかけも彼女の意を汲んでのものだ。
この友人たちの前でなら素直になっていいのだと思える。得難い出会いをしたのだと、あらためて実感する。貴族となって最初に親しくなったのが、彼女たちでよかった。
「雑貨屋さんに可愛いものがないか見に行きたい、です」
装飾品や玩具店など特定のものに限定された店ではなく、いろんなものがある店で気に入る宝物を発掘してみたい。
シュテファーニエの希望は、リュディアたちにも素敵なものに響き、四人で期待に胸を躍らせる。表情を輝かせる少女たちに、ヴィッティング伯爵家夫妻は微笑みを禁じ得なかった。
朝食を終え、トルデリーゼが迎えを頼む文に護衛の件も添えたところ、父のツィンバルカが非番で家にいたらしく、すぐさま手配してくれた。そのため、後日になるかと思われた買い物が昼下がりに決行となった。娘の溺愛ぶりはエルンスト公爵が有名ではあるが、彼の親友であるツィンバルカもなかなかに愛情深いようだ。
父親の速攻ぶりに、トルデリーゼは移動中の馬車で恥じ入る。リュディアたちはこんなに早く叶って嬉しいとむしろ感謝した。
「けれど、ツィンバルカ様含め護衛くださる方は非番でいらっしゃるのでしょう? 休まらないのではないのですか?」
「そこは大丈夫です。もともと父に指南要望で邸にきていた方々でしたから」
ツィンバルカは、侯爵家の地位からではなく当人の力量で若くして副団長に就いている男だ。非番の日であっても、彼に鍛えてほしいという志願者がよく訪れるらしい。
「それなら、騎士団長のいらっしゃるシュターデン侯爵家も非番の日は賑やかなんですかね?」
ザスキアが、トルデリーゼの父同様に騎士たちの憧れの対象である騎士団長の存在を思い出す。彼女の推察に、トルデリーゼは静かに首を横に振った。
「いえ、逆にシュターデン家の令息が父に挑みにいらっしゃいます。騎士団長のハンネス様はどうにも感覚的らしく、後進の指南には向かないようでして」
圧倒的武勇を誇り騎士団長を務めるハンネス・フォン・シュターデンを始めとするシュターデン侯爵家は、感覚派で具体的な指導には向かないらしい。騎士団長からは背中をみて学び、論理的指導は副団長から、というのが今の騎士団である。ツィンバルカは面倒見がいいため、非番であっても向上心のある者に乞われれば応えてしまう。そのため、父同様、騎士を目指すトルデリーゼの兄は稽古相手に事欠かない。
「実地訓練になってよいと騎士の方々も望んでのことですので、お気になさらず」
今回は従騎士も含むため護衛人員は多めだが、人目に付く分には数人に抑えられている。ツィンバルカ含めた他の騎士たちは隠密または後方部隊である。護衛の実人数を知るのはトルデリーゼのみだ。ツィンバルカから共有され、友人たちに伝えるかは一任されていた。友人たちに気負わずに楽しんでほしい。特に外出要望をしたシュテファーニエが畏縮しては困る。だから、トルデリーゼは自身の胸の内に留めることにしたのだ。
自分に何かあったら解っているな、と眼で父から圧をかけられていたので、騎士たちは死ぬ気で守ってくれることだろう。トルデリーゼは父の統率力を信頼している。
リュディアたちの乗る馬車と護衛の乗る馬車の二台が雑貨店の前で停まり、先に降りた護衛たちが出入口に控え、残りがリュディアたちが降りるのを手伝った。店のなかへはアウグスト侯爵家の護衛の女性騎士が一人付き添う。彼女から離れないように気を付けつつ、令嬢四人は店のなかを見回る。
「いろいろありますわね。オルゴールや懐中時計まで」
「この陶器の小物入れ、花の絵が綺麗ですよ」
「どれも素敵です……っ」
「はい、目移りしちゃいますっ」
商品ごとにいくらか種類があり、金属製の文鎮などは長方形で飾り気はないが購入者に合わせた家紋を彫るものや、重しの役割を果たしつつ花や動物を模った目を楽しませるものまで多種多様であった。くるみ割り人形もあり、人形なのに道具の役割もあることに驚いた。どれが好みか言い合ったり、用途の判らない雑貨に首を傾げながら推察し合ったり、四人は楽しんだ。友人たちの笑顔をみて、シュテファーニエはいってよかったと目元を和らげる。
心浮き立つ最中、不意に小さな装飾品が眼に留まる。
「わ……、可愛い」
シュテファーニエが足を止めたのは、小さなリボン飾りが並んだ陳列台だった。蝶々結びのリボンの中央に蛋白石が嵌められている。リボンの色はさまざまだったが、虹のような遊色をもつ蛋白石はどれにも合っていた。
ひとつ気に入った色のリボンを手にとり眺めていると、リュディアたちもその手元をみる。
「本当に可愛らしいですわ」
「好きな色が選べていいですね」
「髪飾りでしょうか?」
「こちらはどちらにもご利用いただけますよ」
用途が髪留めに限定されていないと、店員がリボンのひとつを裏返して金具部分をみせてくれた。金具部分が付け替え可能な構造になっており、ピンやブローチなど飾りたい場所で使えるようになっているのだと、実際に部品を付け替えてみせてくれた。
「わぁ、すごいっ」
シュテファーニエが瞳を輝かせると、リュディアもその感嘆に同意した。
「便利ですわね」
付け替える部品も込みの商品なので、服装に合わせやすくていい。
「あのっ、これお揃いにしませんか?」
ずっと憧れていた友達とのお揃い。これがぴったりだと思った。家の爵位が皆異なる以前に、それぞれ合う髪型やドレスデザインの傾向が違うのだ。だが、飾る箇所すら変えられるこのリボン飾りなら、個々の服装に合わせながら同じものが身に着けられる。
「いいですね……っ」
「今度、このリボンを付ける日を合わせませんか?」
ザスキアが賛同してくれ、トルデリーゼが自分のしたかったことを提案しした。同じ考えだったことが嬉しい。
「なら、次のパーティー、わたくしの誕生日に一緒に付けてくださったら、嬉しいですわ」
「はいっ、約束です!」
リュディアから自身の誕生日がいいと望まれ、シュテファーニエは小指を差し出した。小指を立ててから、平民の慣習であったことを思い出す。だが、リュディアは淡い青の瞳を和らげ、自身の小指をからませた。公爵令嬢の彼女がなぜ誓い方を知っているのかと驚いたが、小指を組んだまま数度振り、離す。小指の誓いを交わし、互いに笑い合う。今は嬉しさを胸いっぱいだった。
購入する前から約束を交わす少女たちを、店員も付き添いの女性騎士も微笑ましく眺めていた。
その日、リュディアたちは色違いのリボン飾りを買い、約束の日を心待ちにしながら別れた。それぞれ帰宅して最初にしたことは、どのドレスにどうリボンを合わせるか悩むことだった。
その夜の夢で、シュテファーニエは幅広のリボンをヘアーバンドにする近所のお姉さんに再会した。自分も友達とお揃いのリボンがあるのだと見せると、素敵だと褒めてくれた。
とてもいい夢だった。
これからは抱えていたささやかな夢が叶う日々が待っているのだと、眠りの淵で確信するシュテファーニエだった。
マンガUP!でコミカライズ24話が追加されました。
お待ちくださった読者様、ありがとうございます。毎度、モブすら愛のこもった渾身のコミカライズくださる日芽野先生にも感謝です。
コミカライズを楽しむ一助になれば幸いです。








