9 三十年前も侍女でした
「いずれにせよ、透子様のお姿もこうして投影されることになります」
透子は思わず顔を引きつらせる。
「えっと、それはちょっと嫌かな。恥ずかしいし。でも、私がなるとは限らないから、今からそんな心配する必要ないか」
フィオナは優しく微笑んだ。
「いいえ、わかりませんよ。とにかく、お覚悟を決めておいたほうがよろしいかと存じます」
「そうかなぁ」
「はい。そうです。では次の部屋を案内いたします」
フィオナは宴の間の中央に立つと説明を始める。
「正面に向かって左のドアから出て奥へ行くと、厨房がございます。厨房へは行く必要はないと思いますので、案内はいたしません。これから、図書室をご案内いたします」
フィオナは正面に向かって右側のドアから廊下へ出た。長い廊下があり、大きな窓からは日が差し込んでいた。
その奥へ進んでいく。右側に別棟へ続く廊下が伸びており、窓からそちらのほうを見ると高い塔が建っていた。
「あの塔は?」
「あれは黒の塔と言って、中には秘封庫があります。危険なことが記されている書物が保管されています」
「塔を別に建ててまで保管する必要があるのですか?」
「はい。書物そのものが周囲に影響を及ぼすこともあるので、特殊な状態で保管されているのです」
「そうなんですか」
透子は説明を聞く前から、少し黒の塔の存在を怖く感じていた。理由はそれだったのだと内心納得した。なんとなく肌でそういった危険なものを感じ取っていたのかもしれない。
フィオナは塔へ続く廊下の前を通り過ぎ、その少し先にあるドアの前で足を止めて振り向いた。
「こちらのドアを開けると地下室へ行く階段があります。そこには資料庫があります。こちらも透子様にはあまり関わりのない場所なので、中まで案内はいたしません」
フィオナはまた歩きだす。廊下の突き当たりにたどり着くと、ドアを開け透子に中へ入るよう促した。
中を覗くと本棚がなく、中央に譜面台のようなものが置かれているだけだった。
「あの、ここは図書室でしたよね。本はどこにあるんですか? もしかしてどこかから本棚を引っ張り出すのですか?」
「そのとおりです。では、お見せしますね」
フィオナは微笑むと譜面台のようなものの前に立つ。
「これはヴォイス・リトリーバー、普段はヴォイリトと呼んでいます。では見ていてください」
フィオナはヴォイリトに向かって言った。
「女王陛下の世界について」
その言葉に反応し、壁の向こうで機械や歯車の動く音がし始めた。何が起こっているのかわからず、壁を見つめていると、壁の中から突然本棚が現れフィオナの目の前に移動してきた。
フィオナは振り返ると、優しく微笑む。
「この本棚には、今、私が言ったワードが含まれる本が入っています」
「すごい……」
透子は唖然としながらその本棚を見つめた。するとフィオナはそんな透子を、懐かしそうに見つめて言った。
「女王陛下も、初めてこちらに案内させていただいたとき、同じような反応をされていました」
「えっ? じゃあ女王陛下のお世話をされていたのもフィオナさんなんですか?」
「はい。もう三十年前になりますけれど」
透子は驚いてまじまじとフィオナを見つめる。どう見ても、若々しく二十代ぐらいにしか見えない。
するとフィオナはくすくすと笑いだす。
「透子様は今、この侍女の年齢は一体いくつなんだろう、とお考えですね?」
透子は気持ちを見透かされ苦笑した。
「はい。すみません。失礼だとは思いますけど、フィオナさんはそんな年齢に見えないので」
「女王陛下もそのように驚かれていました。透子様の世界では年齢によって外見が変わるのですよね? ですが、この世界の者たちは魂によって外見が決まるので、年齢と外見は関係ありません」
透子は改めて、この世界が自分の世界とは違う場所なのだと実感した。
「そうか。だから若々しい方が多いのですね」
「はい。それと、この世界の人の寿命は三百年ほどです」
「三百年ですか!?」
それではまるで小説で読んだエルフのようだ。
「私たちの世界とくらべると、とても長く感じます」
「そうですね。確か、透子様の世界の三倍でしたよね?」
「はい、そうです。フィオナさんはよくご存じなのですね。それも女王陛下から?」
「そのとおりです。よく知っているからこそ、私たちが透子様のお世話役に選ばれたのでしょう」
「サマンサさんもですか?」
「はい、私とサマンサの二人で務めさせていただきました。今回はこのように特別な状況ですので、二人で分かれてお世話させていただいております」
「なるほどです。確かに、フィオナさんは私が戸惑いそうなところを説明してくれるので、とても過ごしやすいです」
「お褒めにあずかり光栄です」
フィオナはゆっくりとお辞儀をした。
「では、次に参りましょう」
フィオナは呼び出した本棚を元へ戻すと、図書室の奥のドアを開けた。そこには渡り廊下が続いていた。
「ここはどこにつながっているんですか?」
「この渡り廊下自体は、サロンと厨房、それにコートヤード・ガーデンにつながっています」
「コートヤード・ガーデン?」
「平たく言うと、お庭です」
「素敵ですね!」
「はい。温室もありますし、息抜きにお散歩されるのもいいかと存じます。それと、あちらのサロン近くの一角は、コートヤード・ガーデンの中でも特別な場所になっています」
「どうしてですか?」
「あちらはお茶会などの催し物で使用する一角になっていますので」
「そうなのですね」
「反対側には温室があり、その隣には王族専用の薬草園と研究棟があります」
「薬草の研究もしているんですね」
「もちろんです。霊術で治療もできますが、それにも限界がありますし……」




