10 怖くはないけど、かわいくない
そこでフィオナは説明を止め、透子を不思議そうに見つめた。
「どうかしました?」
「いえ、ルミナスが透子様の周囲に集まっていたもので、驚いてしまって」
そう言われて気づく。透子を取り囲むようにルミナスが飛んでいた。
「このルミナスたちは、ランプの中にいた子たちですか?」
「いいえ。ここにいるのは庭の花の蜜を吸いに来た野生のルミナスです。透子様の周囲にこれほど集まってくるなんて、とても霊種に好かれているのですね」
「そういうこともあるんですね」
「はい、ですが霊種に好かれる者はいても、ここまで好かれている方はあまりいらっしゃらないと思います」
透子は少し考えてから答える。
「もしかして、私が異世界から来たことも影響あるのかもしれませんね」
「そうかもしれません。ですが女王陛下もここまでは……」
フィオナははっとする。
「あ、すみません。まだ案内の途中でしたね。では、次は訓練場をご案内いたします」
「訓練場? なんの訓練をする場所ですか?」
訓練場と聞いて身構える透子を、フィオナは安心させるように微笑んだ。
「霊術の訓練です。とても設備が整っていますから心配いりません」
「私たち以外にも、訓練する人たちがいるのですか?」
「もちろんでございます。霊力はそのコントロールが一番難しいので、誰もが訓練をする必要があります」
この世界の人々は霊力を容易く扱えるものと勝手に思っていた透子は、この世界の生まれでもない自分がうまくコントロールできるか、少し不安になった。
「透子様、なにか不安なことが?」
「いいえ、大丈夫です」
「そうなのですか? もしもなにかありましたらすぐに仰ってくださいませ。では、訓練場には中庭を通って行ったほうが近いので、このまま中庭に出ましょう」
促され中庭に一歩踏み出ると、一瞬にして景色が変わった。先ほどまでは中庭の向こうに王宮の建物が見えていたのに、今はそこに美しい山並みが見えた。
慌てて振り返ると、背後にはどこまでも続く丘陵と陽の光を受けてキラキラと水面が輝く美しい湖が見える。
続けて空を見上げると、虹が幾重にもかかっており、空中には、透明なガラスでできたような大きな島が浮いていた。
フィオナは驚く透子に説明した。
「あちらに浮いているのはクリスタリア・テラスという庭園です。王宮でお茶会が開かれるときや、催し物でも利用いたします」
「庭!? あれ、庭なんですか?」
「はい。空中庭園になります」
「すごいですね、そんなものまであるなんて」
「あの庭は許可がないと入ることを許されません。透子様もいずれ利用することになると思いますから、そのときに改めて案内いたしますね」
フィオナは先を促した。
透子が後ろについていくと、フィオナは突然なにもない場所で立ち止まり、前方に手をかざした。
すると、空間がドアの形に切り取られ、その向こうに庭とは全く違った景色が広がる。
「こちらは訓練場のある南棟につながっています」
透子は慌てて手を伸ばし、フィオナを制した。
「えっと、フィオナさん。少し待ってください。この南棟は現実のものですか?」
フィオナは目を見開き、申し訳なさそうに言った。
「説明が遅れて申し訳ありません。南棟は実在する建物です。ただ、先ほど中庭でご覧になった景色は、アストラル・イメージを使用したものなのです」
「あぁ、そういうことだったんですね? 私も不思議に思ったときにすぐ質問するべきでしたね。それにしても、アストラル・イメージにあんな利用方法があるなんて思わなくて、驚いちゃいました。すごいですね」
フィオナは少しほっとしたような顔をした。
「はい。アストラル・イメージを応用したものは、結構あるんですよ。これからは都度説明いたしますね」
「ありがとうございます」
透子は微笑んで返し、南棟へ足を踏み入れた。
南棟は入ってすぐに横に長い廊下が続いており、正面に大きな扉があった。
「透子様、こちらです」
フィオナがその扉を開けると、広い空間が奥まで続いていた。
透子は入り口に立ち中を覗き込む。
「とても広いのですね」
「はい。広いうえに壁が衝撃を吸収するので霊術の訓練をしてもまったく危険はないのですよ」
フィオナは一度話を切り、思い出したかのように続けた。
「それと、霊術の中には大きな空間を必要とするものもありますから」
「大きな空間を必要とする霊術、ですか? それは私たちも練習することがあるんでしょうか」
「いいえ。そういった霊術は主に火災や自然災害などの救出訓練で使うものですから、あまり透子様には関係ないと思います」
「そっか、そうですよね。この世界にも自然災害は当然あるはずですもんね」
「もちろんございます。女王陛下のおかげでだいぶ安定していますが、それでも小さな災害は抑えられません」
透子はドキリとする。
「女王陛下のおかげ……。この世界にとって女王陛下のスタビライズの力はとても重要なものなのですね」
異世界に来たことで浮かれていたが、自分がこの世界にとってとても大切な役割を担うことになるかもしれないのだと今頃になって実感した。
「そうですが、透子様。どうぞお気を楽になさってください。私たちは透子様を全面的にバックアップさせていただきます」
「フィオナさん、ありがとうございます。でも、私も頑張らないといけませんよね。シジル・レゾナントに選ばれたら、この世界の未来を背負うことになるんですから」
そう答えたその瞬間、透子はフィオナの背後に気配を感じそちらを見た。そこにカイが立っていた。
カイ先生、いつの間にそこにいたんだろう?
不思議そうに見つめていると、フィオナが透子の視線の先を追って振り返る。
「カイ様!? こちらにいらしたのですね」
フィオナは透子に向き直った。
「透子様はもうご存じですよね」
「はい。あ、あの。カイ先生、ごきげんよう」
カイはにこりともせずに透子を一瞥する。
「挨拶はいい」
え? そんな言い方ないじゃない。わかった、カイ先生は怖くはないけど、かわいくない。
透子は内心ムッとした。
カイは我関せずといった様子で、それだけ言い残すとその場を去っていった。その後ろ姿を見つめながら透子はフィオナに訊いた。
「カイ先生はなぜ教官を引き受けたんでしょう。あまり私たちに関わりたくないように見えますけど」
「そうですね、カイ様は賢人の一人ですから、そのためではないでしょうか」
カイ先生って賢人なんだ。だから気難しいのかな?
そんなことを考えていると、フィオナが不思議そうに首を傾げた。
「フィオナさん? どうかしたんですか?」
「えっ、いえ。カイ様がこんな場所にいらっしゃるなんて、不思議に思ったものですから」
フィオナははっとする。
「申し訳ありません、透子様。案内は以上になります」
透子も気を取り直して笑顔で答える。
「ありがとうございました。とても丁寧でわかりやすかったです」
「それはよろしゅうございました。他にもわからないことがあれば仰ってくださいね。では、お部屋へ戻りましょう」
前を歩くフィオナに続いて足を踏み出した透子は、まだカイが後ろにいるような気がして立ち止まり振り向いたが、当然そこにはカイの姿はなく長い廊下が続いているだけだった。
部屋へ戻ると、透子は自分が霊術を扱えるのか、どんなことができるようになるのかと考え、期待に胸を膨らませる一方で、シジル・レゾナントという存在が背負う重圧を知り、不安に思う気持ちもあった。
「とにかく頑張るしかないか……」
そうつぶやくとベッドに潜った。
こうして日々の勉強を重ねるうち、透子たちがこの世界に来てから一週間が過ぎた。




