7 夢の中の救世主
残された透子はカミラとゆっくり過ごすと部屋へ戻り、疲れからかこの日はいつもより早めに休んだ。
気づくと透子は見知らぬ場所に立っていた。
あれ? 私、自分の部屋で休んで、それで……。
ぼんやりしながら周囲を見渡す。辺りは暗闇に包まれ、物音一つしない。
ここはどこだろう?
透子は目を凝らすが、なにも見えない。不安に思いながら、両手を前方に伸ばしたそのとき、猛烈な突風に襲われ、まばゆい光が見えた。
突風に揉まれながら目を細め、光に目が慣れ始めたとき、目の前にはやや朽ちた神殿が建っていた。周囲には雑草が生い茂り、神殿の柱には草の蔓が巻き付いている。
透子は周囲を見渡しながら神殿のほうへ向かった。
神殿の中へ一歩足を踏み入れると、外とは打って変わってひんやりとした空気が肌を撫でた。
天井の一部は崩れ、そこから差し込む光が床を照らしている。透子は慎重に足を進めながら、壁や柱を見回した。
数歩進むと、そこには大きなホールがあり、男性が二人立っていた。
人がいる。透子はそのことにほっと胸をなで下ろし、声をかけようとした。そこで様子がおかしいことに気づく。
そこにいる二人は、不安そうな顔で何かを見上げ、叫んでいた。
「やめてください。無茶です!」
「なにを考えているんだ!」
透子は自然と上を見上げた。そこには人の背丈を優に超える高壇が設けられており、一人の男性がこちらに背を向けて立っているのが見えた。
その男はゆっくりこちらを振り返ると、満面の笑みを浮かべて言った。
「こうすればこの世界は救われ、私は救世主となるんだ!」
次の瞬間その男の手元が光を放つと、透子は吹き荒れる風に巻き込まれ強く目を閉じた。
そうしてもう一度目を開けるとそこには見慣れた天井があった。
あれ、夢? 透子は改めて周囲を見渡し、自分がどこにいるのか確認する。窓からは柔らかな日差しが差し込み、おそらくフィオナが準備してくれている朝食の香りが漂う。
私の部屋、だよね。やっぱりさっきのは夢だったんだ。ずいぶんリアルな夢だった……。
そのときドアがノックされる。
「透子様、おはようございます」
透子はそれに答えると、夢のことは忘れベッドから起き上がり朝の準備を始めた。
こうしてこの日から、シジル・レゾナント候補として、そしてお后になるための本格的な教育が始まった。
慣れないうちから無理に霊力を使うと暴走する恐れがあるとのことで、透子たちは礼節の教育から受けることになった。
留里はカイに会えないことを不満に思っているらしく、あまり勉強に身が入っていないようだった。
「カミラ先生、そんなにこの勉強って大切なの? それに留里は王族になるんでしょ? こんな勉強必要かなぁ」
「そうよ、普段から身につけてこそ自然に出るものなの。頑張りましょうね」
留里は不満そうに視線を逸らした。
まるで子どものようだと、透子は呆れながら留里を見つめた。そして、そんな留里に毎度、忍耐強く言い聞かせるように説明するカミラを心から尊敬した。
「では、今日はお茶会でのマナーについてお話しましょう。女王陛下が仰るには、お二人の世界のマナーと似ているそうなんだけど」
透子が答える。
「そうなんですか? 色々な作法があるので、わかりませんけど。特に私たちは庶民なので、あまりマナーに気をつかうこともなくて」
「あら、そう。でも少しぐらいはマナーを習ったりはしたでしょう?」
「はい」
「よかったわぁ。女王陛下もヴァレンディアに来たときは同じようなものだったのよ? それでもまったく知らないのと、少しでも知っているのとではだいぶ違うものねぇ」
「そうですね、少しでも同じなら覚えやすいです」
「それじゃあ透子たちの世界のマナーを教えてくれる?」
透子は、ざっと自分たちの世界のマナーを説明した。
「そう、やはり聞いていたものと変わらないみたい」
「では女王陛下も、私たちと同じ世界からいらしたのでしょうか?」
「ええ、そうよ。女王陛下もあなたたちと同じノルティアからいらしたの。私も詳しいことはわからないのだけど、ヴァレンディアとノルティアは近い位置にあるんじゃないかと思うのよ」
「近い位置、ですか?」
透子は平行世界のようなものを想像したが、それにしては共通点が少なすぎると、この考えを打ち消した。
「あら、透子。あまり難しく考えないでね。それは私が勝手に思っていることだから」
「いいえ、そういう考えってとても面白いと思います」
透子がそう返すと、留里はつまらなそうに言った。
「カミラ先生、それより授業の続きしましょうよ〜」
「あら、ごめんなさい留里。では授業の続きを」
そう答えてカミラは穏やかに微笑むと続ける。
「ヴァレンディアには独特の、とても素敵なマナーがあるの。お茶会の最後に、お礼を込めてフルール・サリエンテという花の飾りがついたリボンを置く習慣よ」
「フルール・サリエンテ……」
透子は慌ててメモを取るが、留里は頬杖をついて興味なさそうに聞いていた。
カミラはそんな二人の様子を気にすることもなく、変わらぬ調子で話を続ける。
「その花飾りに使うのは、本人の特色を表すお花で、自分自身で決めていいの。本人に合う花を自然と見つけられるはずよ。透子はなにか好きな花があるかしら?」
急に言われても透子は思いつかなかった。すると横で突然留里が手を挙げた。
「先生! 留里はどんな花が似合うかな?」
瞳を輝かせながら留里はカミラの返事を待つ。カミラは一瞬驚いたもののすぐに微笑むと答える。
「留里、私が留里のフルール・サリエンテを決めてしまってもいいのかしら。私はとても嬉しいけれど」
「もちろん。先生なら留里に似合う花を決めてくれるでしょ?」




