6 先生たち
フィオナがそれに答え、ドアを開けると、入り口にはとても品のいい女性が立っていた。
「失礼いたします」
その女性は恭しくお辞儀をすると部屋へ入ってきた。その後ろに、長い黒髪で黒いローブを着た、落ち着いた雰囲気の男性が続いた。
この女の人はあんなに優しそうなのに、男の人はなんだか怖そうだな。透子はそんな印象をもった。
「ごきげんよう。透子、留里。私はカミラ・ド・シェルバンと申します。礼節の教育官を務めさせていただきます」
カミラは一礼すると、隣にいるカイを紹介した。
「彼はカイ。主に霊術や理術を教える教育官よ」
えっ! 先生なんだ。やだな〜。
透子はそんな気持ちを顔に出さないよう、笑顔を貼り付けた。
カイはにこりともせずに一礼する。カミラはそんなカイを見て苦笑すると言った。
「彼、少し人見知りなの。無愛想で可愛くないけれど、気にしないでね」
透子と留里が頷くと、カミラは嬉しそうに微笑む。
「では、座ってもよろしいかしら?」
留里が瞳を輝かせて答える。
「もちろんです!」
それを受けて二人は席に着いた。
カミラは物腰が柔らかく、笑顔を絶やさない温和な女性で、透子はカミラが礼節の教育官だということに大いに納得していた。
一方のカイは無愛想で視線を合わせることもなく、二人が並ぶとなおのこと、その対照的な様子が際立った。
「今日はまだ本格的なお勉強はいたしません。ただ、少しお話ができればいいと思って来たの。だから、そんなに緊張しないでね」
そう言われても、緊張しちゃう。
そう思っていると、それが顔に出てしまったのかカミラがカイを小突く。カイは小突かれても、ほとんど無反応だった。
「おほほほほ、この朴念仁が怖い顔をしているから緊張するのよね? 彼のことは枯れ木だと思って構わないわ」
カミラは不機嫌そうなカイをよそに、執事に合図し、お茶と茶菓子を運ばせた。
「美味しいものを食べれば自然に緊張もほぐれるもの。さぁ、一緒にいただきましょう。マナーなんて気にしないで、美味しいものを美味しくいただく。本来それが一番大切なことよ」
よかった。カミラ先生がとても優しそうな先生で。透子はカミラの横に座るカイに視線を移す。
カイは相変わらず無愛想だが、怒っている様子はなく、透子はそこまで怖い先生ではないのかもしれないと思い直した。
透子の横では留里が身を乗り出し、瞳を輝かせてカイに質問する。
「あの、カイ先生はご結婚されているんですか?」
「その質問に私が答える必要はない」
カイがそう言い放つと、場の空気が一瞬で凍った。留里はしばらく目を瞬かせていたが、言われた意味を理解すると、ふてくされたように頬を膨らませ背もたれに寄りかかった。
そこでカミラが答える。
「こんな無愛想な人が結婚だなんて、してるわけないわ。それにしても、留里は面白い質問をするのねぇ」
カミラは不思議そうに留里を見つめた。
なんだか居心地が悪くなった透子は、その場の空気をなんとかしなければと、口を開く。
「えっと、勉強についての質問なら構いませんよね? 私たちはシジル・レゾナント候補として三カ月間こちらで学ぶと聞きました。では、その間にすべてのことをマスターしなければならないのでしょうか」
カミラはゆっくりと首を横に振る。
「いいえ、大丈夫。その間にすべてのことを覚える必要はないわ」
「そうですか。よかった。でも、お后になるのなら、その先もずっと勉強しなければならないってことですね」
その台詞に素早く留里が反応する。
「じゃあ、お后になった後もカイ先生に教えてもらえるんですか? それなら留里、嬉しいです。ずっとカイ先生といられるもん」
はぁ、本当にこりないなぁ。
透子は侮蔑の眼差しを留里に向けた。カイも留里を完全に無視しているが、当の留里はまったく意に介さないようだった。
カミラがにこにこと微笑みながら言った。
「あらぁ、あなたの頭の中はそんなことでいっぱいなのねぇ。楽しい子」
「ありがとう。よく言われるんですよ! 透子と違って留里には愛嬌があるって」
透子は思わず留里の横顔を見つめる。するとそれに気づいた留里は透子から少し身を引きながら言った。
「やだー。透子怖ーい」
するとカミラが口を挟む。
「あらあら、お友達にそんなこと言ったらダメよ?」
「はぁ~い」
留里は不満そうにそっぽを向く。
透子は留里のその言い方にムッとして言い返そうとしたが、にこにこと笑みを浮かべるカミラの目が笑っていないことに気づくと口を閉じた。
カミラ先生、怒ってる?
そう思いじっと見つめていると、カミラは透子に気づいて優しく微笑んだ。
「透子? お菓子、美味しいかしら? もっとたくさんいる?」
透子は慌てて首を横に振る。
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「いいのよ、これぐらい」
そう話している横で、留里は更に身を乗り出してカイに話しかける。
「カイ先生。私と透子は幼馴染なんです。ほら、透子は見てのとおりぱっとしないっていうか、目立たないから私がフォローしないとダメでぇ」
カイは呆れたようにため息をつくと立ち上がった。
「くだらん。私はもう行く」
すると、留里も立ち上がった。
「えっ! なら留里もカイ先生と一緒に行きます! カミラ先生、いいよね?」
いいわけがなかろう!
透子は内心そう突っ込みを入れたが、カミラは思いもよらぬ返事をした。
「あら、気をつけてねぇ」
えっ? いいの!?
透子は困惑しながら、カイを追って部屋を出ていく留里を見つめた。
「いいわねぇ、呑気で」
カミラはその背中に向けてそうつぶやき、透子のほうへ向き直る。
「じゃあ透子は私と一緒にお庭でお茶でもどうかしら。色々お話しましょう」
「よろしいのですか?」
「もちろんよ。じゃあ行きましょう」




