5 お后候補のお勉強、始まります
しばらくしてそれぞれの世話係がやってくると、透子たちはその部屋を出た。
「こんなものでいいんでしょうか。なんだかもっと勉強したりしなくていいんですか?」
フィオナは微笑む。
「透子様は真面目な方なのですね。でも、休むことも必要なことです」
「ならいいんですけど」
体の変化なんて全く感じないけど。とにかく、休んでいいって言うんだから、休んじゃお。透子はそう頭を切り替える。
「フィオナさん。お茶の相手してください。それにこの世界の話も聞きたいです」
「わかりました。戻ったらさっそくお茶の準備をいたしますね。ですが、お勉強はいたしませんよ? 余計なことは考えず、ゆっくりしていただかなければいけませんから」
「はーい。わかりました」
二人は顔を見合わせると、くすくすと笑った。そうして透子の、この世界での一日目は終わった。
翌日、緊張からか早くに目が覚めた。フィオナが来る前に身支度を始め、まずは昨日知ったことを簡単にメモにまとめることにした。
メモ用紙とペンを手に取り、書こうとした瞬間、思っていたことが紙の上に勝手に記されていく。
「えっ? この世界のペンってこんなこともできるの? すごい!」
驚いてペンとメモを見比べるが、どう見ても普通の文具だ。
「これも霊術なんだろうな……。でも、これじゃ覚えられないかな。今はこの機能いらないかも」
そうつぶやいた瞬間、文字がふっと消えた。
「うぉっ! すごい! 今度は文字が消えた!」
もう一度まっさらな紙を見つめ、透子は息を整えると、改めて昨日教わった内容を書き出し始めた。大臣たちの名前、フィオナに教えてもらった日常のことなどだ。
このペン、録音機能があればもっといいのにな。あとで聞き返して、正確に書けるのに。
そのときドアがノックされた。フィオナだった。
「透子様? こんな早くにどうされたのですか?」
「ごめんなさい、起こしちゃいましたね」
フィオナは頭を振る。
「そんな些末なことはお気になさらないでくださいませ。それより、一体どうされたのですか?」
「えっと、少し頭の中を整理したくて」
フィオナは一瞬驚いた顔をすると微笑んだ。
「透子様はとても実直な方なのですね。それが透子様のスタイルなのですか?」
「そうですね、朝早くにこうして頭の中を整理することが多いかもしれません」
「承知いたしました。ではこれからはそのスタイルに合わせて準備いたします」
透子は、そこまでしてもらうのは気が引け、慌てて言った。
「フィオナさん、そこまでしていただかなくても……」
すると、フィオナは少し目を伏せた。
そうか、フィオナさんは今の仕事を誇りに思ってるんだ。
透子はそう気づくと、満面の笑みを返した。
「あーでも、そうしてもらうと本当に助かります。お願いしちゃいますね!」
フィオナは次の瞬間、明るい表情になり嬉しそうに答える。
「はい。お任せください」
嬉々として朝の準備を始めるフィオナを見つめながら、透子は、こうしてなんの不安もなく過ごせているのは彼女のおかげなのだと改めて感謝した。
朝食も済ませ、あとは出かけるばかりとなったとき、誰かが部屋を訪ねてきた。
「あれ? こんなときに誰でしょう」
フィオナはなにか心当たりがあるらしく、透子を安心させるように微笑む。
「おそらく、透子様の護衛が迎えに来たのだと思います」
透子たちは基本的に、王宮内から出る必要はない。それでも不測の事態に備え、シジル・レゾナント候補である透子と留里には一人ずつ護衛がつくことになっている。昨夜、フィオナからそう説明を受けていた。
「そうでしたね。これからお世話になるから、しっかり挨拶しないと」
そう答え、急いでフィオナの横に立つと、フィオナはくすくすと笑った。
「透子様、そこまで改まらなくても大丈夫です」
「うん。でも自分の気が済まないから」
フィオナと共にその護衛を出迎えると、護衛は透子を見て驚いた顔をした。
「あの、失礼ですが透子様でしょうか? わざわざ私の出迎えを?」
「はい、そうです。これからお世話になるので、挨拶がしたくて。改めまして水瀬透子です。よろしくお願いします」
護衛は目を見開き、フィオナと顔を見合わせ、透子に視線を戻すと、屈託なく笑った。
「はい、承知いたしました。私は王宮近衛兵、第二近衛隊所属のレオン・グランツと申します。本日より、透子様の王宮内外の護衛を拝命し、着任いたしました」
レオンは言い終わると敬礼した。
「レオンさん、ですね。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。では行きましょう」
透子はレオンの差し出した手を取った。
その日の授業は、透子たちの滞在する屋敷内で行われることになっていた。
屋敷内での移動に護衛なんて流石に大げさだな……。そう思いながら、指定された部屋へ向かった。
レオンは入り口で待機すると透子に伝え、そばを離れた。
しばらくすると留里が不満顔で護衛を伴って部屋へ入ってきた。
「私が優れてるのはわかってるのに、こんなことになんの意味があるわけ?」
留里は護衛にそう言い放った。服を着崩して胸元を開け、短いスカートをはいたいでたちだった。
席に着くと、やっと透子に視線を向けた。
「あ、居たの」
なにそれ、小学生でもあるまいし。
透子は軽い苛立ちを覚えながら、はっきり言った。
「あのさ、いい加減そういうのやめたら? 本当に昔から全然変わんないよね、そういうところ」
留里は透子のその反応を見て、楽しそうに答える。
「あれ? なになに? もしかして、怒っちゃった? やだ、透子メンタルよわー!」
透子はムッとしながらも、それをこらえる。
「ねぇ、私たちがここに召喚されたのって、きっとなにか意味があるんだと思う。だから、今はそんなこと言い合ってないで、自分たちにできることをしないといけないんじゃないの?」
透子がそう返した瞬間、ドアをノックする音がした。




