3 異世界生活、始まりました
フィオナが寝支度と軽食の準備をし、部屋を出ていった瞬間、透子は興奮を露わにした。
「すっごーい! 広ーい! なにこの部屋! こんな部屋ひとりで使うなんて! しかも、私がお后候補!? 嘘みたい!」
そう叫ぶと、部屋の中を隅々まで見て回り、棚や引き出しを開け、小物を手に取って確かめた。
基本的には自分たちの世界にあるものと変わりない家具や小物ばかりだったが、中には見たことのないものもあった。
一通り見終わると、寝室へ行きベッドにダイビングする。
「天蓋付きベッド〜! 最高! しかも明日からしばらく仕事行かなくていいなんて! ここは天国か!?」
透子はベッドの上を左右にゴロゴロと転がる。
「転がっても、落ちません〜! だって、ベッドが広いから〜!」
そう叫んだところで人の気配に気づく。がばっと起き上がり、そちらを見ると、フィオナが呆気にとられた顔で立っていた。
「フィ、フィオナさん!?」
そう叫ぶと、フィオナは申し訳なさそうに言った。
「透子様、あの、おくつろぎのところ大変申し訳ありません。お声がけしたのですが、返事がなく……」
「あ、すみません。ごめんなさい。それで、えっと、なんでしょう?」
「はい。時々、扉のコアが反応しなくなることがあります。そのときのために鍵をお渡ししておこうと思いまして。ではゆっくりおくつろぎください」
フィオナは鍵をテーブルの上に置くと、深々と一礼して部屋を出ていった。透子は恥ずかしさのあまり、枕に顔を埋めた。この後も、変に興奮して寝付けそうになかったが、無理に目を閉じていると疲れからか、やがて深い眠りに落ちた。
透子は目が覚めるとすぐに体を起こし、周囲を見回した。
「夢、じゃない。私、やっぱり異世界転移してる……」
そのとき、ドアがノックされる。
「透子様、おはようございます。入ってもよろしいでしょうか?」
「はい。もちろんです」
フィオナは部屋へ入ると、すぐに朝の支度を始めた。
「透子様、昨夜はよく眠れました?」
「はい。おかげさまで」
ベッドはスプリングが効いていたし、布団も軽く、空調も行き届いていてとても快適だった。
すると、フィオナは確認するように声をかける。
「なにか不便なことはございませんでしたか?」
「えっ? いいえ、特には……。あっ、そうだ。あの、電気の消し方がわからなくて」
するとフィオナは首を傾げる。
「デンキ、ですか?」
「いえ、明かりです。明かりの消し方がわからなくて」
「あぁ、そうですね。確か透子様の世界では、明かりを灯す道具があるのですよね」
「そうです。あれ? でも、ランプを使ってますよね。ランプも道具じゃないですか」
「はい、確かにそうですね。ですが透子様の世界の道具とは原理が違うと思います」
フィオナはランプを手に取り蓋を開けた。すると中からふわりふわりと光の粒が出てきた。
「ご覧ください。これは光霊種のルミナスと言って、私たちのお手伝いをしてくれている存在なんです」
「こうれいしゅ?」
「はい。私たちの世界では、人間と霊種が共存しているんです」
透子が光の粒を覗き込むと、ルミナスたちはふわりふわりとランプの周囲を漂っていた。
「じゃあ、この明かりは全部ルミナスが?」
「いいえ、霊術を使うこともありますよ。でも、この子たちはほんの少しのハチミツで暗闇を照らしてくれるので、とても身近な存在なんです」
「へぇ……」
「それに、私たちの言葉もわかるんですよ。ですから、明かりを消したいときは声をかけるだけで大丈夫です」
「えっ? 言葉がわかるんですか?」
透子は驚いて、もう一度ルミナスを見る。
「じゃあ、夜中に明かりが消えてたのって……」
「透子様がお休みになったのを見て、発光を止めたのでしょう」
「へぇ、そんなことまでしてくれるんですね」
透子は光り輝く粒を興味深く見つめた。すると、ルミナスたちがふわりふわりと透子の近くへ寄ってきた。
その様子を見てフィオナは優しく微笑む。
「透子様はルミナスに好かれているのですね」
「だといいんですけど。ただ単に、物珍しいのかも」
透子とフィオナは顔を見合わせて笑った。
身支度を整えると、これからどうするのか説明があるとのことで、透子はフィオナに連れられ王宮内へ向かった。
そうして向かった先には、幅三メートルぐらいはありそうな重厚な観音開きの扉があった。
「こちらは大切なお話があるときに使われるお部屋なんですよ」
そう説明を受けていると、後ろから留里とサマンサがやってきた。
「あら、透子。早いじゃない」
「そうでもないよ。私も今来たばかり」
「あっそう」
留里は不機嫌そうにそっぽを向いた。透子はその態度に腹を立てたものの、相手にする必要はないと自分に言い聞かせる。
フィオナはそんな二人のことを気にも留めぬ様子で、扉の向こうへ声をかける。
「候補の方々がお越しです」
「入ってよろしい」
中から返事があると、フィオナとサマンサは扉をゆっくりと内側へ開いた。
中を覗くと中央に大きな長テーブルがあり、三十歳前後に見える者たちが十人ほど席についていた。
彼らは扉が開いたことに気づくと、一斉に立ち上がり、透子と留里に笑顔を向けた。中央にいる人物が二人に声をかける。
「さぁどうぞ。中へお入りください」
思わずフィオナの顔を見ると、フィオナは微笑み、頷いた。
透子はなにが始まるのだろうと、期待半分、不安半分で一歩を踏み出す。その横で、留里も期待に満ちた顔で室内へ足を踏み入れた。
「緊張していますか? とにかく、その椅子に座って、お茶を飲みながらくつろいで私たちの話を聞いてください」
そう声がかかると、執事たちが椅子を引いた。
透子と留里が着席すると、先ほど立ち上がった者たちも一斉に席に着いた。すると、中央の男性が口を開く。
「さて、まずは私たちの自己紹介をさせていただきます」
彼らは一人ずつ名と職位を名乗った。
一気に紹介されても、覚えられないよ!
心の中で叫びながら、透子は必死に名前と顔を頭に叩き込む。
先ほどからこの場を取り仕切っている男性は、財務大臣のギヨーム・ヴェルシエだった。




