28 見られていた
透子は驚いてカミラの顔をまじまじと見つめた。どういうことだろう? もしかして私が置いたフルール・サリエンテが何者かによって入れ替えられたってこと? だとしたらいつ?
透子は最後に庭を後にしている。誰も入れ替えることなどできないはずだった。
「カミラ先生、なぜ私の置いたフルール・サリエンテがそれほど希少な宝石に入れ替わっていたのか、私にはわかりません」
カイが無表情で言った。
「では、お前が置いたということになる。これはどこで手に入れた?」
カイは執事に合図し、厳かにクッション上に乗せられた霊煌石をこちらに見せた。
透子はそれを覗き込み、思わず胸をなで下ろすと苦笑しながら言った。
「カイ先生、カミラ先生。これはちがいます。これ、私が作った霊石ですから」
なぜ自分が作った霊石が、霊煌石と間違われてしまったのかさっぱりわからなかったが、とにかく問題がないのだと知って透子はほっと息をついた。
だが、透子のこの反応とは裏腹に、カイとアレクシスは怪訝な顔をした。
「そんなわけがない。そんなに簡単に霊煌石を作れるわけがないだろう。嘘をつくな」
アレクシスは不機嫌そうに言った。自分たちが間違えたと透子が指摘したことに対して苛立っているのかと思い、透子は慌てて頭を下げた。
「申し訳ありません。ですが、本当なんです。アレクシス王太子殿下が間違えたなんて、言うつもりは毛頭なく」
そこでカイが口を挟む。
「透子、わかった。私たちもお前を責めるつもりはない。とにかく、今ここで同じものを作ることはできるか?」
「はい。うまくいくかわかりませんが、努力してみます」
透子はそう答え、昨日そうしたように手の中に花の結晶を作るイメージで気を集中させる。しばらくして、全身の気が掌に集中していくのを感じると、それを結晶化するようにギュッと力を込めた。
みなが固唾を飲んで見守る中、透子の掌からまばゆい光が放たれ、掌には昨日作ったものと同じ、蓮の花に似た霊石が出来上がっていた。
透子はそれをアレクシスに差し出す。
アレクシスは口を半開きにし、唖然とした表情で透子をじっと見つめていたが、はっとしたようにその霊石を受け取った。
「本当に、本物か?」
アレクシスはルーペを取り出し結晶を鑑定するように観察すると、唸り声を出した。
「この輝き、形、それにとてつもない霊力を感じる。文献通りだ。本物に間違いない。実に見事なものだ……」
アレクシスはそれをカイに手渡した。カイは表情一つ変えずに受け取ると、透子に向き直る。
「透子。これは霊煌石で間違いない」
透子は驚き、唖然とする。
「そんなはずはありません。今、私が作ったの見てましたよね?」
カイは頷くと、その霊石を透子に渡しながら説明した。
「よく聞け。霊石でこれほど美しく完璧な結晶を作ることは通常ではありえない。この霊石は歪みもなく、欠損もクラックも濁りもない。完璧なものだ」
透子は受け取ると、今言われたことを確認する。確かに言われてみると綺麗で完璧な結晶に見える。もしかして、本当に私が霊煌石を作ったということ?
透子はしばらく自問し結晶を見つめているうちに、やっと自分がとんでもないことをしてしまったことに気づき、血の気が引いた。
「そんな、私。そんなつもりはなかったんです」
そう訴えるとカミラが優しく微笑んだ。
「わかってるわ」
カミラは透子を安心させるように背中をなでると、カイとアレクシスに向き直った。
「ですから私は言ったではありませんか。昨日、透子がテーブルの下で霊石を作っているのを見たと」
透子はその言葉に驚きカミラの顔を見た。カミラ先生はあの場にいなかったのに? カミラは申し訳なさそうに説明する。
「透子。ごめんなさい。でもこれはテストですもの。アマルを通してあなたたちの振る舞いを見させてもらっていたの」
透子はカミラがついてきていないのは、アメリア公爵夫人が見守り役だからだと思っていた。けれど、言われてみれば一応テストなのだから見られていてもおかしくはない。
「謝らないでください。当然だと思います」
アレクシスが口を挟んだ。
「透子、今はそんな悠長な話をしている場合ではない。これはとんでもないことだ。こんなことが外部に知られたら、恐ろしいことになる」
カミラがそれを受けて言った。
「そうですわね。このことはここだけの話にしたほうがよろしいと私も思うわ」
透子はその会話を聞きながら、いまだに自分がそんなに希少な霊石を作ったことが信じられずに唖然としていた。
「カイ先生。本当に私がそんなにすごい霊石を作り出したのでしょうか」
カイは真剣な顔で答える。
「そのとおりだ。それはお前が先ほど私たちの目の前で証明した」
そう言われても、透子はそんな力を手に入れたという実感がわかなかった。
カイはしばらく考え込んでいたが、やがて口を開く。
「透子。これからは霊煌石を気まぐれでも作らないように。この石はとてつもない霊力を宿している。よからぬ者の手に渡れば、どのようなことに使われるかわかったものではない」
言われてはっとする。この力は使い方によっては、戦争すらおこしかねない。透子はその力を持つことの責任の大きさをここで自覚した。
「はい。わかりました」
「今お前が作った霊煌石はお前が持っていて構わない。信用している。フルール・サリエンテとして置いた霊煌石はこちらで預かって構わないか? 色々調べたい」
「構いません」
そこでアレクシスが、アメリア公爵夫人の執事に向き直る。
「お前も、このことは他言無用で。それと、アメリア公爵夫人にもこの件を伝えてくれ」
「はい。もちろんでございます。私はなにがあろうとも、このことについて他言したりはいたしません。主人にだけ、この件を報告いたします」
執事が一礼し部屋を出ていくと、カミラが不安そうに言った。
「透子が霊煌石を作ることができるなら、留里にも霊煌石を作ることができるかもしれません」
アレクシスが頷く。
「確かに。透子と留里は同時期にこの世界にやってきている。ポテンシャルは持っているはずだ。可能性は否定できない」
カイはそこでため息をつくと言った。
「だが、留里のあの性格だ。もし霊煌石の結晶化に成功すれば、黙ってはいられないだろうな」
カミラがそれを受けて言った。
「そうですわね。今後授業でも霊石の結晶化の実践は控えたほうがよろしいと思いますわ」
その提案に三人とも深く頷いた。
透子は大変なことになってしまったと、霊煌石を見つめながら、霊石を作ったことを後悔していた。
話し合いが終わり、透子が部屋を出ようとしたときアレクシスが声をかけてきた。
「透子。先ほどは疑って悪かった。君はいつも正直だと報告を受けているのに」
「いえ、大丈夫です。疑って当然のことだと思いますから。では失礼いたします」
透子はアレクシスが王太子でありながら、このような些細なことに気を配ることができることに驚いていた。王族といえば、尊大で他者に心配りをすることなどないと思っていたからだ。
この前は無視されたけど、王太子殿下は思ったほど冷たい人ではないのかも。
それにしても、これから力を制御しなければならないかもしれない。知らないうちにこの力を使って、とんでもないことをしてしまったらどうしよう。
不安に思いながら部屋を出ようと振り返り、アレクシスたちに一礼した。そのとき、カイが透子を呼び止めた。




