27 失われた宝石
「透子様。本日は楽しんでいただけましたでしょうか」
エントランスでアメリア公爵夫人に声をかけられ、透子は改めてお茶会でのことを思い出しながら挨拶した。
「アメリア公爵夫人、本日はお招きいただきありがとうございました。ご同席の皆様にとても優しくしていただきましたし、それに氷華にはとても感動いたしました」
「そう。楽しんでいただけたようでなによりですわ」
「はい。おかげで忘れがたいひとときとなりました。ですが、なにより公爵夫人の細やかなお心配りに、心より感謝しております。ありがとうございました」
「よかったわ。私も透子様とお知り合いになれて、とても光栄だと思いましたわ。また、お誘いしてもよろしいかしら」
「もちろんです。是非お誘いください」
アメリア公爵夫人は透子の両手を取り、軽く引き寄せて短く抱擁した。
こうして最後の最後までなんとか無事にお茶会を終えた透子は、馬車に乗り込むと満足感と安心感から、息をついてぼんやりと前方を見つめた。
そこで、透子は留里のことを思い出す。今日のことは許してよいことではないし、そもそも許すことはできないだろうと思った。
留里が透子のフルール・サリエンテを盗ったことは間違いないだろう。だが証拠がない今、なにを言っても無駄だ。
透子はなんとか、自分の負の感情と折り合いをつけるしかなかった。
翌日、カミラの授業に出席すると留里は透子の顔を見るなり嬉しそうに言った。
「フルール・サリエンテを置かないなんて、そんな礼儀知らずな人がいるのかな? カミラ先生はなんて言うかなぁ」
残念だったわね。フルール・サリエンテはちゃんと置きました。透子はそう返したいのをぐっとこらえる。
「そうね、そんな人いないでしょうね」
留里は楽しそうに続ける。
「ふーん。わかってるんじゃん。わかっててやっちゃうのって、どうなのかなぁ?」
「さぁ、どうなんだろうね。カミラ先生に訊いてみたら?」
透子のその答えに、留里は鼻で笑った。
「強がっちゃって。あんたがお茶会でルール違反したの留里知ってるんだから」
「あらあら、どうしたの? 二人とも喧嘩したらだめよ?」
その声に振り向くと、カミラが戸口に立っていた。いつからそこにいたのだろう。それにどこから話を聞いてたの?
留里も同じ事を考えてたのか、聞かれてもいないのに話し始める。
「先生、今、透子と話してたんです。フルール・サリエンテを置かないで帰っちゃう人っているのかな? って。でも、まさかそんな人いないよね?」
留里は透子の顔をちらりと見た。カミラは微笑む。
「そうねぇ、置かない理由としてはお茶会で主催者と喧嘩してしまったりってところかしら。そうでなければ、相手は嫌われたと思うかもしれないわね」
「ふーん、やっぱりそうなんだ」
留里は嬉しそうに答える。カミラは苦笑する。
「でも、うっかり置き忘れちゃうこともあるの。だから、あとから届けさせる貴族も結構いるのよ? 二人とも昨日は忘れないで置いてきたんだから、心配いらないわね」
「え? 留里は忘れずに置いてきましたけど、透子は?」
カミラは朗らかに笑った。
「大丈夫、アメリア公爵夫人が二人から素敵なフルール・サリエンテをいただいたって聞いてるわ。安心して。さ、じゃあ授業を始めましょうか」
留里は唖然とした顔をして、悔しそうに透子を睨みつけたが透子はそれを見て微笑んだ。
カミラは二人のやり取りに気づかない様子で授業を始めた。
まず昨日のお茶会について講評した。
「二人とも昨日は素晴らしかったと聞いてるわ。アメリア公爵夫人は、まず留里の振る舞いが堂々としていたと褒めていらしたわ」
留里はにやつきながら透子を横目で見る。
透子は留里を無視し、自分の世界では謙虚さが好まれていたが、社交界では時に堂々と振る舞うことも必要なのだと思った。
カミラは続けて言った。
「透子、あなたのことは所作がとても美しかったと仰っていたわ」
透子は思いもよらぬことを褒められ、ほっとする。
あれだけ練習した甲斐があったな。それにしても、留里だって所作は美しかったはずなんだけど。
留里を見ると、頬杖をついて不機嫌そうな顔で外を眺めていた。
「お茶会の礼節をマスターしたらあとは簡単よ。次からは舞踏会の作法や礼節、それとあなたたちには関係ないかもしれないけれど、夜会でのマナーも勉強しましょう」
こうして、カミラの授業は舞踏会や夜会での礼節に移った。
とはいえ、二人とも基本的なマナーはすでに身に着けていたので、ルールや流れなどの話が主となる。
透子は内心、これでしばらくは落ち着いた生活に戻れると思っていた。
授業が終わり、廊下で待つレオンのところへ行こうとしたとき不意にカミラに呼び止められる。
「透子。疲れてるとは思うけれど少し話があるの。時間をもらえるかしら。こちらでお話ししましょう」
今朝カミラは昨日のお茶会について問題なかったと言ったが、やはりあのフルール・サリエンテについてなにか不都合があったのかもしれない。透子はカミラの後ろに続いた。
応接室のような部屋へ通されると、ソファにカイとアレクシスが座っており、その横にアメリア公爵家の執事が立っていた。透子は慌ててカーテシーをする。
「透子、かしこまらないでいい。顔を上げて」
「は、はい」
顔を上げた透子は、アメリア公爵家の執事が手になにか持っているのに気づき、鼓動が速くなるのを感じた。
やはり、あのフルール・サリエンテに問題があったのだ。しかも、アレクシスまで出てくるのだから、相当まずい事態になっているのかもしれない。そう思うと、血の気が引いていく気がした。
カミラがそんな透子を安心させるように肩に手を置くと言った。
「大丈夫。そんなに心配しないで。さぁ、座って」
カミラはアレクシスの向かいに透子を座らせると、自身はその隣に腰掛けた。
アレクシスが口を開く。
「透子。霊煌石という石があるのは知っているか?」
「れいこうせき、ですか? いいえ。聞いたことがありません」
「そうか。とても希少な石で、霊力の結晶なんだ」
カイが続けて説明する。
「霊力の結晶にはいくつかの種類がある。一番出来の良くないものは霊晶石と呼ばれ、これはごくありふれたものだが様々なアニママテリアルに使われる。これは話したな」
「はい。覚えています。霊晶石の他にも霊結晶や魂晶石それに……」
「そうだ、そう教えた。だが、教えていない霊石がある」
「それがその霊石なのですか?」
「そうだ」
透子はここまで話を聞いて、一体なんの話でここに呼び出されたのか分からず困惑していた。カイはそんな透子を観察するようにじっと見つめると続けて言った。
「霊煌石は失われた宝石と言われている。今は誰にも作ることのできない古の宝石だとも」
「だから授業でその霊石の話に触れなかったのですね?」
「そうだ。私も実際に見たことがなかった。今朝までは」
今朝まで? ではどこかで発見されたのだろうか? でも、それと私に何の関係が? 少し不安になっていると、カミラが優しく透子に話しかける。
「透子。落ち着いてよく聞いてね。昨日のお茶会であなたがフルール・サリエンテとして置いたもの。あれがその霊煌石だったの」




