26 氷華と硝子の花
透子たちだけではなく、お茶会の参加者が一斉にその花壇の周囲に集まった。
そばに立っていたフォルジュ子爵令嬢が透子に小声で説明する。
「こちらの氷華はこの時期、毎日この時間ちょうどに花が開くの。それがとても美しくて……。とにかく、私が説明するより見ていただいたほうがいいわね」
そう言われ、花をよく見ると確かにすべて蕾だった。だが、透子はずっとその花を氷でできた飾りだと思っていたので、この花が開くなど思いもよらなかった。
会場内ではざわざわと話し声が聞こえていたが、次第にみんな氷華が花開くのを無言で待つようになり、会場は静けさに包まれる。
そのとき、鈴を転がしたような、シャリン、シャリンという音とともに、一輪、また一輪と氷華が花を開いていく。
氷華の花弁は驚くほど透き通っており、日に照らされキラキラと光を放つ。
「綺麗……」
透子がその光景を見つめていると、今度は会場全体に飾られていた雪の結晶の形をした小さな明かりが点灯してゆく。
さらに管弦楽団の奏でる美しい旋律が流れると、誰もがその美しくも儚い氷華に見惚れた。
そうして数分間、氷華の開花を存分に楽しむと、参加者たちは花壇を囲む席へ戻り、満開の氷華を観賞しながら話をした。
ベルティエ伯爵令嬢がほっと息をつく。
「私、氷華を初めて見ましたの。あんなに美しいものだなんて知りませんでしたわ」
フォルジュ子爵令嬢が言った。
「私は以前にも何度か拝見したことがありますけれど、とくにこちらの屋敷の氷華は素晴らしいと思いますわ」
そこでクレール侯爵夫人が透子に訊いた。
「透子様は、氷華をお気に召しまして?」
「はい、もちろんです。今日、こちらに招待していただいたこと、それにあれだけ素晴らしいものを見せていただけたことに、とても感謝しております」
透子はとても感動していた。この世界に来て美しいものはたくさん見てきたが、氷華は神秘的で演出もあいまってこの世のものとは思えない美しさだったからだ。
透子は感嘆のため息をついた。氷華を見ていた時間だけ礼節もなにもかも忘れることができた。
これだけでもお茶会に来た甲斐があったというものだ。だが、お茶会の素晴らしさはこれだけではなかった。
香り高いお茶。ティーカップも今日のテーマに沿ったものだった。
提供された茶菓子にも趣向が凝らされていた。口に入れた瞬間に溶けてなくなった雪の結晶モチーフの砂糖菓子。ふわふわで口の中でとろけるクリーム菓子。
美味しいものを食べ、会話も弾んだ。もっとも、そのほとんどは自己紹介のようなもので、透子にもっと自分のことを知ってほしいという友好的なものだった。
最初はあんなにも緊張していた透子も、今はこの楽しいお茶会の終わりが近づいていることを少し寂しく思うほどだった。
透子はフルール・サリエンテを取り出そうとバッグの中を見る。
「ない」
つぶやくと、クレール侯爵夫人が心配そうに透子の顔を覗き込んだ。
「透子様。どうかされたのかしら」
「い、いえ。なんでもありません」
とっさに取り繕ったが、バッグに入れたはずのフルール・サリエンテが見当たらなかった。昨夜準備し、朝も入っているのをしっかり確認したはずだった。
どこかで落としたのだろうか? 透子はあやしまれないように周囲の床を見渡した。そのとき、留里がこちらをじっと見て意地の悪い笑みを浮かべているのに気づく。
まさか、留里が? そんな考えを打ち消す。そこまでするわけがない。透子がどうすべきか頭を働かせている間、アメリア公爵夫人が終わりの挨拶を始めた。
「皆様、本日はお越しくださり誠にありがとうございました。こうして冬の彩りを皆様とともに楽しめましたことを、心より嬉しく思っております。名残は尽きませんが、本日の席はこれにてお開きとさせていただきます。どうぞお気をつけてお帰りくださいませ」
アメリア公爵夫人がお辞儀をすると、みんな拍手を贈った。透子も笑顔でそれに加わったが、内心穏やかではなかった。
同席していたクレール侯爵夫人が立ち上がると、それを合図にベルティエ伯爵令嬢とフォルジュ子爵令嬢も立ち上がる。
当然、彼女たちのソーサーにはそれぞれフルール・サリエンテが乗せられていた。
「透子様? どうかなさったのですか?」
いつまでも動かない透子を心配してクレール侯爵夫人が声をかけた。透子は微笑むと答える。
「すみません。私は護衛と連れが来るまではその場で待つよう言われているので」
「まぁ、そうでしたの。ではこちらでご挨拶させていただきますわ。ごきげんよう」
それに続いてフォルジュ子爵令嬢とベルティエ伯爵令嬢も透子に別れの挨拶をすると、その後ろから留里がすっと透子に近づいて言った。
「なにか大切なものがなくなっちゃったのかな〜? ふふっ。いい気味」
そのひと言で、やはりフルール・サリエンテをバッグから抜き取ったのは留里なのだと透子は確信した。
透子が振り返って留里の顔を見つめると、留里は透子に憐憫の眼差しを向けて言った。
「透子、アメリア公爵夫人に失礼のないようにね」
くすくす笑うと、その場を去っていった。その瞬間、透子はその卑怯なやり方に心底腹を立て、カッと頭に血が上るのを感じた。
ここまでする!? こんなことして勝って何が楽しいの? どこまで卑劣なの? 信じられない!
心の中で思いつく限りの悪態をつく。だが、クゥの言っていたことを思い出す。失敗をしても問題ない。その後の対応が大切なのだ。
今は落ち着かねばならない。
透子はすぐに頭を切り替える。まず、フルール・サリエンテを置かないということは考えられない。
これが礼儀だからということではなく、透子自身がアメリア公爵夫人にお礼を形で伝えたかった。
でも、置くものがない。
正直に話すしかないのだろうか。
だが、次の瞬間先ほどの氷華を思い出す。
あの花はきっと霊術でできたものだろう。ならば、今、小さな花を作ることぐらいなら可能なのではないか。
透子は先日、病気を治療したときのように花の結晶をイメージしながら、周囲に見えないようテーブルの下で意識を集中させる。
その瞬間、全身に霊力が流れるのを感じ、それを掌に集め凝縮させるイメージを作り、ぎゅっと力を入れた。
すると、ほんの一瞬だけまばゆい光が放たれ、透子の手の中に美しい花の結晶が出来上がった。
「できたぁ!」
思わず口にしてしまい、周囲を気にしながらその花を確認する。それはガラスでできた蓮の花のような見た目だった。
よかった、これで問題ないはず。とりあえず、なにも置かないという無礼な行動をせずに済む。透子は胸をなで下ろした。
透子は次に胸についているスズランの飾りの一部を外し、髪飾りからもリボンを外すと、霊力で作った花に添えてソーサーに乗せた。
やった、なんとかなったかも。
ようやく透子は席を立った。ファニーを探すと、ちょうどこちらに向かって来ている所だった。
「シャイニングプリンセス、遅くてごめんねぇ。なんか色々と絡まれちゃってさぁ〜。それにしても楽しかったねぇ〜」
「はい、楽しかったです」
透子は笑顔で答えたが、内心は留里に対する怒りで頭がいっぱいだった。
なんとかそんな負の感情を抑え、ここでミスをすれば留里の思う壺だと自分に言い聞かせ、透子は最後の挨拶まで気を抜かなかった。




