25 冬の庭園に咲く花
透子は貴族たちと挨拶を交わす。社交界に受け入れてもらえるか心配していたが、みんなとても丁寧に挨拶を返してくれた。
ふとサイドテーブルを見ると、おびただしい数のフルール・サリエンテが飾られている。
すごい、こんなにたくさん。どれだけお茶会を開けばこんなに集まるんだろう。そう思いながら、一つ一つのデザインを観察していた。
そのとき、背後から聞き慣れた声がした。振り向くと、ピンクの塊が向こうから走ってきた。
「シャイニングプリンセス! 僕を置いて、一人で行っちゃうなんてひどいよぉ!」
ファニーは透子のところへ駆けて来ると、目の前で呼吸を整える。その様子を見ながら透子は訊いた。
「ファニーさん? 招待されていたんですか?」
「うん! もちろんだよぉ」
そんなファニーを見て、留里が後ろの方で小馬鹿にするようにくすくすと笑っているのに気づいたが、透子はいつものようにそれを無視してファニーに言った。
「すみません。招待されていたなんて知らなくて」
「そっか〜、ならしかたないねぇ」
そう話していると、周囲がざわざわしていることに気づく。みんなファニーを見つめ、驚きの表情を浮かべていた。
ファニーさん変わった人だから、注目を集めているのかも。透子がそう思っていると、こんなつぶやきが耳に届く。
「透子様のドレス、あの斬新なデザイン素晴らしいと思っていたの!」
「やはりファニー様のデザインだったのね」
その声に驚いてそちらを振り向くと、貴族たちがこちらを羨望の眼差しで見つめており、透子と目が合うと、素早く目を逸らしてそわそわしている。
透子は思わずファニーを見つめた。この不思議なデザイナーは、どれほど社交界で影響がある人物なのだろう?
ファニーは透子を見つめ返し満面の笑顔で言った。
「シャイニングプリンセスってば、情熱的だね。僕シャイニングプリンセスに見つめられてめっちゃ嬉しいよ〜」
透子はそれを聞いて苦笑した。そんなやりとりをしていると、今度はこんな声が聞こえる。
「それにしても、透子様は素晴らしい御仁だ。こちらに来てそんなに経っていないというのに、所作も完璧じゃないか」
「さすがお后になられる方だ……」
透子は恥ずかしくなり俯きそうになるのをこらえる。
堂々としていなければ。
そのとき、留里がものすごい恨めしい眼差しでこちらを睨んでいることに気づく。思わずそちらを見ると、留里は不貞腐れたようにそっぽを向いた。
確かに、あれだけ馬鹿にしていたファニーが影響力のある人物だとわかれば、悔しいに違いない。だが、そんなことは自業自得である。
透子は、ファニー自身はどう思っているのだろうと、隣に立つファニーの呑気な顔を見つめた。
ファニーは変わらず満面の笑みで言った。
「もうそろそろ始まるねぇ」
ファニーさんはファニーさんだよね。誰にも影響されない。
透子も微笑み返す。
「そうですね。頑張らないと」
そのときアメリア公爵夫人が戻ってきて、透子と留里に声をかける。
「お二人とも、どうぞこちらへ」
促されるまま、透子と留里がエントランスの中央に立つと、アメリア公爵夫人は周囲を見回して言った。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。お茶を始める前に、ぜひご紹介したい方々がおります。こちらは透子様と留里様。お二人とも、このたび特別なお立場で王宮にお招きされ、日々励んでいらっしゃる方です。どうぞ皆様、温かくお迎えくださいませ」
すると暖かな拍手が沸き起こった。それに対して、留里は当たり前という顔をし、透子はみんなに笑顔で返した。
アメリア公爵夫人はそんな二人を見て満足そうに頷くと、前方を見つめた。
「では、皆様。どうぞあちらに移動してくださいませ」
そう言うと、使用人がエントランスの奥にあるドアを両側からゆっくりと開いた。
その奥には真っ白な雪景色の庭が広がっており、氷の花々で飾られている。奥には氷でできたガゼボや、氷の彫像もありそれらが美しく輝いている。
その中央には真っ白な雪の結晶の彫刻が施された美しいテーブルと椅子が並べてあった。
透子が思わず見惚れていると、周囲の者たちも感嘆の声を漏らしている。それを見てやはり、この世界でもこれはすごいことなのだと思った。
「本日のお茶会は冬がテーマですわ。心ゆくまでお楽しみください」
アメリア公爵夫人がそう言うと、どこからか心地のよい音楽が流れ始めた。その音楽に誘われるように、みんな次々に庭に出ていく。
ファニーは大はしゃぎで庭に飛び出すと、すべてのものを興味深く観察し始めた。
透子はそれを見て苦笑すると他の貴族に続き、アメリア公爵夫人の誘導で割り当てられた席に座った。透子のテーブルには同席者が三人いた。
お互いに顔を見合わせ微笑むと、右隣に座っていたとても落ち着いた雰囲気の女性が口を開いた。
「透子様、ごきげんよう。お初にお目にかかりますわ。私はヴィオレーヌ・ド・サン=クレールと申します。よろしければ私がご同席の方々の紹介をさせていただきたいのだけれど、よろしいかしら?」
「はい。お願いします」
「透子様の向かいに座ってらっしゃる愛らしいこちらのご令嬢は、エレオノール・ベルティエ伯爵令嬢、透子様の左隣に座られているご令嬢はアドリエンヌ・ド・フォルジュ子爵令嬢ですわ」
するとベルティエ伯爵令嬢は微笑んで言った。
「透子様、クレール侯爵夫人はとてもお優しい方ですわ。きっと色々助けてくださるはずよ」
クレール侯爵夫人はそれを受けて頷いた。
「えぇ、もちろんですわ。なんでも聞いてくださいね」
透子はその場の雰囲気に圧倒されていた。みんな所作が洗練されている。今まで自分がいた世界とはまるでちがった。
だめ、気圧されたらだめ。落ち着かないと。透子は笑顔を見せた。
「はい。ではその際はよろしくお願いします」
クレール侯爵夫人は微笑みながら言う。
「透子様は、王宮での暮らしにも少しずつ慣れてこられましたか」
透子は背筋を伸ばすと答える。
「まだ慣れないことも多いのですが、皆様によくしていただいております」
ベルティエ伯爵令嬢が興味深そうに身を乗り出した。
「では、普段はどのようにお過ごしなのですか? やはり毎日お勉強ばかりでしょうか」
「はい。礼儀作法や、ヴァレンディアのことを教えていただいています。でも、まだ覚えることばかりで」
フォルジュ子爵令嬢が優しく微笑んで頷く。
「それだけ熱心に学ばれているなら、教える方も嬉しいでしょうね。ところで、王宮の庭園はもうご覧になりまして?」
「少しだけです。とても美しくて、歩いているだけでとても心が穏やかになる、そんな場所です」
クレール侯爵夫人が大きく頷いた。
「ええ、そうでしょう。あの庭は季節ごとに趣が変わりますもの。冬の庭園もまた格別ですわ」
ベルティエ伯爵令嬢が楽しそうに言う。
「では、春になったらもっと驚かれますわね。お花が本当に見事なんですの」
そんな談笑を楽しみ、勧められたお菓子を口にし和やかな雰囲気で過ごしていると、クレール侯爵夫人が言った。
「もうそろそろ氷華が開く頃ですわ」
「氷華、ですか?」
ベルティエ伯爵令嬢がそれに続いて言った。
「透子様はご存じないかしら。では、ご覧になったら驚くと思いますわ」
そんな話をしていると、アメリア公爵夫人が会場の中心に集まるよう声をかけた。
ベルティエ伯爵令嬢は微笑む。
「アメリア公爵夫人の氷華はとても素晴らしいと有名ですの。さ、透子様、私たちも行きましょう」
促され、透子は席を立つと庭の中央にある三段に重なった花壇の前に連れて行かれる。そこには氷の花が植えられていた。




