24 白いスズランと深紅のダリア
「透子様、緊張せずいつも通りで大丈夫ですよ」
フィオナに声をかけられ、ぎこちなく頷くとファニーの用意したドレスを見つめた。
そのドレスはミルクホワイトのAラインドレスで、なめらかなシルク地で仕立てられていた。身頃はすっきりと、裾へ向かってやさしく広がっていて、胸元には小ぶりのスズランを模した花飾りがそっとあしらわれている。過度に飾り立てないことで、上品な美しさがあった。
透子はこのデザインをとても気に入った。ルゥからもらったペンダントが合っていたのも嬉しかった。
フィオナの手伝いでドレスを着て鏡の前に立つと、改めて自分の姿を見つめた。最近ますます髪の色が薄くなり、目の色はさらに灰色っぽくなってきているようだった。
その変化に戸惑い、自分じゃないように感じることもあったが、ドレスとはとても合っていた。
「留里は綺麗な黒髪なのに。私の髪の色、なんだか色が薄くなってるけど、大丈夫なのかな」
そうつぶやくと、フィオナは驚いたように言った。
「透子様。髪の色は柔らかく温和で清らかな透子様を表していますし、目の色もとても神秘的です。そのような目の色の方を私は見たことがありませんし、羨ましいぐらいです」
「え、あ、ありがとう。なんだか恥ずかしいですけど、フィオナさんにそう言われると嬉しいです。自信持っていきますね」
透子はフィオナに心配させまいと微笑んだ。そのとき透子は、自分がプレゼントした翡翠の髪飾りをフィオナが着けていることに気づく。
「フィオナさん。その髪飾り」
「はい。これとても素敵なので、特別な日に着けたいと思いまして。今日は透子様の大切な日でもありますし……」
そう言いながらフィオナは恥ずかしそうに髪飾りを触った。
「よかった。気に入ってくれたんですね!」
「当然です! あっ、いえ。とくに、その、あの手紙がとても嬉しくて。ありがとうございます」
「いいえ、そう言ってくれて私も嬉しいです」
よかった、すごく喜んでくれてるみたい。
はにかみながら髪飾りに触れる指には、翡翠の指輪がはめられている。
あれ、もしかしてルーカスさんからのプレゼント?
「フィオナさん。その指輪、とても素敵ですね」
「はい。この指輪もとても気に入っているんですよ」
フィオナは指輪をじっと見つめると、胸のあたりで包み込むようにぎゅっと握りしめ、嬉しそうに微笑んだ。
ルーカスさん。よかったね! グッジョブ!
透子は心の中でルーカスにグッドサインを贈った。
そこにレオンが迎えに来た。
「おはようございます、透子様。今日は私がエスコートさせていただきます」
「はい。よろしくお願いします」
透子はレオンに差し出された手を取った。フィオナに見送られ廊下を歩いていると、不意にレオンは立ち止まり、透子に向き直った。
「レオンさん、どうしたんですか?」
レオンは少し恥ずかしそうに頭をかいた。
「えっと、透子様。これなんですが、着けてもらえますか?」
レオンはぎこちない手つきでリングケースを取り出し、開いてこちらに向けた。透子は驚きながらそのケースの中をのぞきこむ。
そこには小粒だが洗練されたデザインのレインボームーンストーンの指輪が輝いていた。
私、これ受け取っちゃっていいのかな。レオンさんに下心がないのはわかってるけど、私は一応お后候補なわけだし……。
透子が逡巡していると、レオンが慌てて言った。
「あっ、その、立場上受け取れないかもしれませんね。ですが、先日のルーカスとの話を聞いていて、私もと思って。で、ネックレスに合わせて着けていただきたくて、えっと、それにいつもおそばに置いていただけるだけでも……。いや、私は何を言ってるんだ」
ルーカスさんが買ってるのを見て、自分もプレゼントしてみたくなったってことかな。尊敬の印みたいなものだし、これぐらいはもらってもいいかな?
透子は指輪を受け取ると、右手の中指にはめてレオンに見せた。
「すごい、ぴったりです。それにとっても可愛らしくて、私このデザインも気に入りました。ありがとうございます」
すると、レオンはつぶやく。
「中指……。薬指にもサイズ的には合うはずなんですが。でも着けていただけただけでもよしとしなければ」
「レオンさん、なにか問題が?」
「い、いえ。とてもお似合いで、よかったです」
透子はその指輪を見つめながら、みんなに守られているような気分になった。エントランスへ向かい玄関を出ると、馬車が待っていた。
レオンの手を借りて馬車に乗り込むと、彼は後ろから追いかけると告げ、ドアを閉めた。御者が馬に鞭を打つと、馬車が動き出した。
蹄の音を聞きながら、透子はもう一度気持ちを引き締めると窓の外を見た。すると、広大な庭の真ん中に大きな屋敷が見えてきた。
近づくにつれ、その屋敷の周囲だけ雪が積もり冬の景色に変わっていく。
「すごい! さっきまで雪なんて見えなかったのに。しかも全然寒くない、どうなってるの?」
透子は周囲の凛とした雪景色に見惚れた。ダイヤモンドダストが舞い、キラキラと輝く空間の中に、樹氷に包まれた木々も日に照らされ輝いてみえる。
その中を色とりどりの蝶が舞っていた。透子はこの幻想的な光景に感嘆の声を漏らす。
「綺麗……」
そうこうしているうちに馬車は屋敷のエントランスに着いた。近くに行くと、屋敷の壁が真っ白な雪の結晶で埋め尽くされていることに気づく。
透子がそれを眺めていると、後ろから留里がやってきた。留里は深紅のドレスを身に着けていた。
そのドレスは身体の線を際立たせるマーメイドラインで、光沢のある生地にラメがきらめいていた。胸元には大輪の赤いダリアが飾られ、背中は大胆に開いている。派手で華やかで、自分こそが主役だと言わんばかりの一着だった。
留里はそのドレスを見せつけるようにこちらに来ると、透子を見て鼻で笑った。
「なにそのドレス。ダッサ」
透子は品のない留里を見つめ返し、花言葉をこれほどに具現化している人物を見たことがないと思った。デザイナーは、止めなかったのだろうかと考えたが、留里のことだから押し切ったのだろう。
「なによ、あまりにもドレスに差がありすぎて言葉も出ない? それと、今日の作法。あんたが恥をかくの、楽しみにしてるね」
そう言い残して、留里はエントランスへ消えていった。透子は面食らいながらも気を取り直し、レオンを待ってからエントランスに向かった。
ポーチから招待状を取り出すと、執事にそれを見せた。執事は透子を見るとはっと目を見開き、それから目を細めて丁寧にお辞儀をした。
「透子様、ようこそいらっしゃいました。お目にかかれますことを、とても光栄に存じております。どうぞ本日は肩の力を抜いて、ひとときをお楽しみくださいませ」
執事は透子をエントランスの奥へと案内した。
奥では留里を囲んで挨拶をする者たちがいたが、透子に気づくと皆はっと息を呑んだ。
透子の着ているドレスは、既存のデザインとちがい流行りのものではない。
もしかして、おかしいと思っているのかもしれない。でも、ファニーさんを信じて堂々としよう。
透子は目が合った貴族に微笑みかけた。
そうしていると、留里を囲んでいた貴族たちの中から、金髪碧眼のとても線の細い美しい女性がこちらに向かってやってきた。
「透子様、本日はお招きに応じてくださり、誠にありがとうございます。こうして皆様とご一緒できますことを、大変嬉しく思っております。どうぞ本日は、心ゆくまでお茶と語らいをお楽しみくださいませ」
その挨拶で、この美しい女性がアメリア公爵夫人なのだと気づく。
アメリア公爵夫人は透子の手を引いて貴族たちのもとへいざない、紹介した。貴族たちはなぜかとても緊張した様子で、透子は温和で柔らかな物腰のアメリア公爵夫人が、とても強い影響力を持っているのだと気づく。
アメリア公爵夫人は透子に一礼すると、他の招待客を迎えにその場を離れた。




