22 花綴りへの招待
ルゥは部屋へ来ると帽子を脱ぎ恭しくお辞儀をした。
「透子、君を迎えに来ました」
透子はそんなルゥを見て微笑むと、同じようにお辞儀をする。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
透子は苦笑する。
「なにも準備しなくていいって書いてあったから、本当に準備してないよ? でも、こんな格好でびっくりしたよね。今礼節のレッスン中なの」
「じゃあちょうどよかったよ」
透子は首を傾げる。
「ちょうどいいって、どういうこと」
「うん。実は僕たちこの時期を『花綴りの季節』って言ってね、毎日お茶会を開くんだ」
「僕たち? 『花綴りの季節』? それってルゥたちのお花見みたいなもの?」
「そう。人間たちと違ってそんなにルールは厳しくないけど、これって透子にとっては練習場になるんじゃない?」
「確かに。誘ってもらえるのは嬉しいけど、それって私が毎日行ってもいいものなの?」
ルゥは大きく頷く。
「もちろんだよ! こうやって親しい人を招待するんだ!」
ルゥは指を鳴らした。その瞬間、透子は美しい薄紅色の花を模したドレスに包まれていた。
「すごい、ルゥどうやったの?」
透子は鏡の前に立ち、ドレスを見る。ウエストはすらりと細く、そこから裾に向かってふわりと広がっている。
思わずくるりとその場で一回転する。
すごくかわいい。
そんな様子の透子を見て、ルゥは得意げに言った。
「僕すごいでしょ!? もっと褒めてもいいよ」
ドレスもかわいいけど、それ以上にルゥがかわいすぎる。
思い切りルゥをモフモフしたい感情を抑え、透子はルゥに向き直る。
「ルゥ、ありがとう。こんな素敵なドレス準備してくれて」
「任せてよ、僕はなんでもできるんだから。じゃあ、行こうか」
「ちょっと待って」
透子は慌てて机の引き出しから準備していたスズランのフルール・サリエンテを取り出すと、そっとバッグにしまった。
こんなに早く使う日が来るとは思わなかったけど、うまく置くことができるかな?
「透子、どうしたの?」
「ごめん、ハンカチ忘れてたの」
「そっか」
ルゥは手を差し出し、透子はその手を取った。
ミルトドロップ取りに行ったときみたいに、空中廻廊のようなものを通って行くのかな?
「ルゥ、窓開ける?」
「いや、今日はこっちから行くからいいよ」
ルゥは透子の寝室につながるドアを開いた。
えっ? どこに行くんだろう。
「そっちは寝室……」
言いかけて言葉を失う。ドアの向こうには寝室ではなく、まったくちがった景色が広がっていたからだ。
「うそ、ここどこ?」
透子は周囲を見渡す。美しい色とりどりの大小様々な花々が咲き乱れ、頭上には満天の星が広がっていた。
「これってもしかして、アストラルイメージ?」
「ちがうよ。ここはアンノートル。僕たちの住む世界。そんなことより、透子、早くこっち!」
ルゥに手を引かれながら、後ろを振り向くとドアの向こうには透子の部屋が見えた。
どうなってるの? あのドアからちがう世界につながっているってこと? そう思いながら、花々の間を進むと突然ひらけた場所にたどり着く。
そこには青い絨毯が敷かれ、花の形をした大きな柱が何本も立っていた。空にはルスフが浮かび、舞う花びらを照らしていた。
その下にはお茶会の会場が設けられており、様々な動物たちがルゥと同じ燕尾服を着て座っていた。
すると、横から鷲が話しかけてきた。
「透子様。我らが花綴りの席へようこそ。こうしてお迎えできましたこと、皆で心より嬉しく思っております」
透子はその言葉に一瞬息を呑んだが、すぐにカミラの授業を思い出し、裾を整えて優雅に一礼した。
「このたびはお招きいただき、誠にありがとうございます。皆様にお目にかかれましたこと、私も大変嬉しく思います」
すると鷲は満足そうに目を細めた。
「ご丁寧なお言葉をありがとうございます。ご挨拶が遅れました。私はクゥと申します」
クゥがそう言うと、周囲にいた者たちもそれぞれ静かに頭を下げた。透子は思っていたよりもずっと格式のある迎えられ方に、胸の奥がそわそわと落ち着かなくなるのを感じた。
けれど無作法な振る舞いだけはしたくない。そう思い、透子はもう一度背筋を伸ばした。
「皆様にそのように言っていただけて、光栄です」
するとクゥは穏やかに頷き、片翼をひらいて広間の奥を示した。
「どうぞこちらへ。本日は透子様のお席をご用意しております」
その言葉に導かれるように視線を向けると、広間の中央よりやや奥まった場所に、一際目を引く席が設えられていた。
丸卓を囲む椅子の中に、白い花々を編み込んだ背の低い一脚があり、その周りには同じ意匠の席が静かに寄り添うように並んでいた。その卓には透き通る硝子の茶器と、花びらを散らしたような小さな菓子が美しく並べられている。
「わぁ……」
思わずこぼれた声に、ルゥが隣で満足そうに笑った。
「すごいでしょ? 今回のお茶会は特に透子のために、みんなで知恵をしぼったんだよ」
透子はその言葉に目を丸くし、再び卓へと視線を戻した。どこを見ても丁寧に整えられていて、歓迎の気持ちが伝わってくる。
「ありがとう。とても嬉しいです」
思わず素直な気持ちがこぼれた。クゥは静かに答える。
「今宵、透子様は我らの大切なお客様です。花綴りの席は、招いた者をもてなすためにございますから」
その落ち着いた言い方に、透子の胸の緊張が少しだけやわらいだ。
「本当に素敵です」
透子がそう言うと、近くにいたライオンが嬉しそうに耳をぴくりと動かした。隣にいるヒョウも、控えめに頷いている。
クゥは透子に微笑む。
「では、どうぞお席へ。どうか肩の力を抜いてお過ごしください。我らの花綴りでは、礼は尽くしますが、窮屈な決まりごとでお客様を縛ることはいたしません」
その一言に、透子はほっと小さく息をついた。
「それを聞いて安心しました。まだ不慣れで、失礼がないか少し心配していたんです」
するとルゥがすぐに口を挟む。
「大丈夫だよ。透子の挨拶完璧だったよ。さっきの挨拶だってすごくよかったし」
「ルゥ、ありがとう」
少し照れながら見ると、ルゥは満足そうに胸を張っている。クゥもまた、静かに目を細めた。
「えぇ、実にお美しいご挨拶でした。透子様がこの席を大切に思ってくださっていること、みなに十分伝わっております」
褒められ、恥ずかしくなる。こういったことに慣れていないせいか、どうにも落ち着かなかった。
それでも、こういうことにも徐々に慣れていかなければならないだろう。
透子は小さく微笑み、クゥに向かってお辞儀をすると、席へ向かいドレスの裾を引っかけぬよう優雅に椅子に腰掛けた。
目の前に用意されているお茶からは、花の香りが漂っていた。
ルゥは透子の隣に座り、クゥは透子の横に立って言った。
「ご一緒させていただいてもよろしいですか?」
「はい。もちろんです」
クゥはゆっくりと美しい所作で向かいに座った。そこで透子は不思議に思っていたことを質問する。
「あの、みなさんはどうして同じ服を?」




