21 おしゃべりな造花
朝食を摂り、身支度を整えた。鏡に映る自分への違和感は拭えなかったが、そこまで酷い変化でもないと自分に言い聞かせた。
気を取り直すと、透子はフィオナへのプレゼントに昨夜書いた手紙を添え、見つけやすいようテーブルの目立つ位置に置いて部屋を後にした。
廊下に出ると、レオンは透子を見てはっとし、目を細め微笑んだ。
「透子様は今日も美しいですね」
それだけ言うと、透子の手を取って歩き始めた。
もしかして、変な姿だから気を使ってなにを言えばいいのか考えてるのかな?
透子もあえて何も言わずにそれに続く。レオンはしばらく無言でなにやら考えているようだったが、突然立ち止まると透子に向き直った。
「透子様。透子様はいずれ社交界にデビューすることになるでしょう」
ん? なんの話? レオンさんどうしちゃったんだろう……。
「そうですね、このままお后になればそうだと思います」
レオンは少し寂しそうに言った。
「私は透子様のデビューをとても楽しみにしています。今よりもっとお綺麗になられて、もっと遠い存在になってしまいますが……」
「そんなことありませんよ。私がこの世界にいる限り守ってくださいね」
レオンは眩しそうに透子を見つめる。
「透子様……」
そこで、廊下の向こうからピンクのかたまりがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「シャイニングプリンセス! 僕のプリンセス!」
透子はそれがファニーだと気づくのにしばらく時間を要した。
「ファニーさん!? なぜここに」
ファニーは息を切らして透子の前まで来ると、呼吸を整えながら言った。
「もちろん、決まってるじゃ〜ん。シャイニングプリンセスのドレスのデザインをするんだよぉ? シャイニングプリンセスのことを知らないと! あ〜、まだまだシャイニングプリンセスが足りないよぉ」
「えっと、じゃあ何をすれば?」
ファニーは顔の前で両手をぶんぶんと横に振る。
「あ〜、いい、いいの! シャイニングプリンセスはなんにもしなくて。そのままなのがいいんだよぉ」
「えっと……わかりました」
レオンが驚いた顔で口を開いた。
「『ファニーさん』って、もしかしてあなたはあの著名なデザイナーのファニー様ですか?」
透子はレオンがファニーを知っていることにも驚いたが、著名なデザイナーという言葉が意外で、思わず訊き返した。
「ファニーさん有名なんですか?」
「はい。今社交界でとても話題の人物です。新進気鋭のデザイナーですが、彼は気に入った人物のデザインしかしません。それがまた話題を呼んでいるんです」
「そうなんですか……」
そうは見えない。
透子は自分の周りをウロウロするファニーを見つめる。レオンは苦笑した。
「そうは見えないかもしれませんが、彼に選ばれるということは、一種のステータスにもなります。もっと胸を張ってください」
透子とレオンは顔を見合わせて笑った。
ファニーはそのまま授業にもついてきた。さすがにそこまでする意味がわからなかった。
「ファニーさん。ここまで一緒に行動しなくてもいいんじゃないでしょうか? 授業中は外で待つとか……」
「なんで? もちろん必要に決まってんじゃん!」
そんな二人のやりとりを見て、留里は小馬鹿にしたように笑った。
「あー留里のデザイナーがそのピンクじゃなくてよかった! あんなにつきまとわれたら品格が下がるもん」
透子はそれを無視したが、留里は続ける。
「それに透子の髪の色、気持ち悪ぅい。それに比べて留里の髪は黒くて張りがあるでしょ? これからもっと綺麗になって見た目だけでどっちがお后に相応しいかわかっちゃうね」
確かに張りはあるけど、前はもっと艶があったような……。
透子が留里の髪を見つめていると、ファニーが言った。
「ねぇ、ねぇ、シャイニングプリンセス。あそこにいるおしゃべりな造花はなに?」
「おしゃべりな造花?」
透子は一瞬、霊術でしゃべる造花があるのかと思い、周囲を見渡すが造花などどこにもなかった。
「ファニーさん? なんのこと言ってるんですか?」
ファニーは留里を指さす。
「え〜! あのおしゃべりな造花のことだよぉ。さっきからうっさいね〜。なんであんなところにあるの?」
「あるの? って、留里はお后候補です。いて当然です」
ファニーは目を見開き大きな声で言った。
「あれは造花だよ? それがお后候補。ないない、ないよ! あははははは! シャイニングプリンセスってば、面白い冗談言うんだねぇ〜」
留里が立ち上がり、こちらを睨みながら言った。
「ちょっと、そこのピンク。ふざけないでよ! 造花ってどういうことよ、造花はそっちでしょ!」
ファニーは留里の顔を見て大きく息を吐くと、肩をすくめた。
「本当のことなのにぃ、怒られちゃった〜。あはは、こわいねぇ」
「はぁ!? あんた、いい加減にしなさいよ!」
「座れ」
全員が声のした方を見ると、そこにはカイが立っていた。
留里はファニーをもう一度睨みつけ、大人しく座った。カイはそれを見届け、部屋に入りながらファニーを見つめる。
「お前も、騒ぐなら出ていってもらう」
ファニーは舌をペロッと出すと、にやりと笑った。
「は〜い、先生。気をつけま〜す」
「では、今日は霊術と言霊の関係について話をする」
授業が始まると、透子はファニーに一瞬視線を向け、これからさらに面倒なことになりそうだと頭が痛くなった。
だが、予想に反してファニーは静かに過ごしていた。正確にはずっと透子を観察し、なにやら考え込んでいるようだった。
透子は静かにしてもらえるならと、なにも声をかけないようにした。
諍いも何事もなくカイの授業が無事に終わると、今度はカミラの授業に移る。
カイの授業が座学に移ったのに対し、カミラの授業は実践に入るところだった。
実際にドレスを着て、礼節の所作を練習するのだ。
透子は当然、今までドレスを着たことなどなく、コルセットの締め付けや幾重にも重なるペチコートに苦戦した。
留里は意外にもすぐにそれらに慣れ、苦戦する透子を鼻で笑っていた。
こうしてこの日から、慣れないドレスに苦戦しながら、一つ一つ礼節を覚えていった。
カイ先生の授業は問題ないけど、カミラ先生の授業は苦手だなぁ。ちょっと頑張らないと。
留里が卒なくこなしているのを見て、透子は焦りも感じた。
『焦る必要はない、着ていればいずれ慣れるときが来る』というカミラの言葉に励まされながら頑張ったが、慣れることはなかった。
こうして本格的な授業内容に移り、透子は授業についていくことに必死になった。
部屋で練習するにしても、一人だと限界があるし。毎日フィオナさんを付き合わせるわけにはいかないしなぁ。
思い悩みながら過ごしていると、ある日、部屋の机の上にお茶会の招待状が置かれていた。
「招待状? 誰からだろ」
見ると、それはルゥからのお誘いで、今夜迎えに行くとのことだった。
気晴らしになるかもしれない。透子はその夜、部屋でルゥが来るのを待った。




