20 変化の兆し
長い廊下を歩きながら、窓から注がれる日差しに目を細めた。
「今日はいい天気ですね」
「そうだな。ところでお前は資料庫に行くことなど、ほとんどないはずだ。なぜ場所を知っている」
こんなこと言っていいのかな? 透子は少し躊躇した後、答える。
「今からこんなこと考えるなんて、厚かましいことかもしれませんが、将来的にここに住むかもしれないと思って覚えたんです」
「そうか」
透子はカイの反応が気になって顔を盗み見たが、いつもと変わらぬ無表情からは、何を考えているのか読み取れなかった。
ふと窓の外に視線を向けると、秘封庫のある塔が目に入った。
「カイ先生、質問よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「秘封庫の封が破られる心配はないのでしょうか?」
「秘封庫? あぁ、黒の塔の中にある秘封庫か」
カイは立ち止まり窓の外に目を向けると、透子に向き直る。
「なぜそんなことを?」
「はい。あの塔、怖く感じることがあるんです。それで、少し不安になって」
「心配ない。黒の塔の扉はアーケインキーと詠唱がなければ開くことはない。警備も厳重だ」
「アーケインキー?」
「そうだ。とても特殊な鍵で、特定の人物にしか反応しない」
「そうなのですか、安心しました」
透子は胸をなで下ろすと、歩きだした。
「それにしても、アマルって本当に便利なものなのですね。先日、字を書こうとしたらペンが勝手に動き始めて、驚きました」
カイが再び足を止めた。
「ペンが勝手に?」
なにか余計なことを言っただろうか? 透子も立ち止まると振り返った。
「はい。あの、もしかして使ってはいけないアマルだったのですか? 知らなくてすみません」
「ちがう」
カイはしばらく考え込んだ。
「透子、私の言葉がわかるか?」
透子は、今さら何を言っているのだろうと思いながら答える。
「もちろん、わかりますよ?」
カイは目を見開いた。
「まさか……。いや、まだわからない」
そうつぶやき、首を横に振る。
カイ先生は一体どうしてしまったのだろう?
突然、カイはつないでいる手にわずかに力を入れると、ふっと微笑んだ。
透子は初めてカイの笑顔を見て一瞬ドキリとし、思わず目を逸らした。
「先生、私なにか変なこと言ったでしょうか」
「いや、なにもおかしなことはない」
カイの顔に視線を戻すと、すでにいつもの無表情だった。透子はそれを少し残念に思う。
いつもあんなふうに笑ってくれればいいのに。あ、そんなこと考えてる場合じゃなかった。
「資料庫はこの先です。早く行きましょう」
透子はカイを資料庫へ続く扉の前まで案内した。
「助かった。ここから先はもういい。部屋に戻れ」
「はい。では失礼します」
透子はカイの手を離して踵を返すと、部屋へ向かって歩きだす。去り際にちらりと振り返ると、こちらを見つめるカイと目が合った。
急いで目を逸らし、足を速めた。
部屋のドアの前で、ここまで付き添ってくれたレオンにお礼を言うと、彼は尊敬の眼差しを向けた。
「透子様。私は今日ほど透子様にお仕えしてよかったと思ったことはありません」
「レオンさん、急にどうしたんですか?」
レオンはふっと笑った。
「その無自覚なところが素晴らしいんです。そのままの透子様でいてください」
「ん? どういうことですか?」
「いいえ、いいんです。では明朝お迎えに上がります。失礼します」
レオンが下がった後も、透子はしばらくドアの前に立ち、なにを指してあんなことを言われたのか考えてみたが、さっぱり見当がつかなかった。
この日はいつもよりかなり早く部屋に戻れたので、透子は日頃の感謝の気持ちを伝える手紙を書くことにした。
明日はフィオナさんの誕生日だし、ちょうどよかった。
透子はすぐに机に向かった。だが書き始めるとうまい言葉が見つからず何度も書き直し、やっとのことでそれを清書した。気づけば、すっかり夜になっていた。
翌朝、身支度を整えようと鏡の前に立った透子は、自分の姿に驚いた。髪の色や目の色が薄くなっていたのだ。
「なにこれ……もしかしてこれが魂に呼応した姿ってこと?」
そこへフィオナが声をかける。
「透子様、おはようござ……まぁ! 透子様。お姿が少し変わられたのですね」
透子はフィオナの方を向くと、思わず両手で髪を隠そうとした。
「変ですよね。なんだか髪の色が抜けちゃってるし、目の色も変なんです」
フィオナは優しく微笑むと首を横に振る。
「決しておかしいなどということはありません。髪は色が抜けたのではなく、まだ変化の途中なのだと思いますし、目の色だって少しグリーンがかってとても神秘的ですよ」
フィオナの言葉に、透子は鏡の中の自分を見つめ直した。不思議と、先ほどまでの違和感が薄れていた。
「フィオナさん。本当におかしくないですか?」
「はい。とてもお美しいです。でも困りましたね」
その一言で、透子はまた不安になり、恐る恐る尋ねる。
「なにがですか?」
「透子様がこんなにお美しいなら、他の貴族たちも透子様に夢中になってしまいます」
透子は思わず笑った。
「やだ、フィオナさん。もう、笑わせないでください」
「透子様? 本当のことですよ。笑い事ではありません!」
「はい、大丈夫です。わかってます。なんか、気にならなくなってきました。フィオナさん、ありがとうございます」
そう答える透子を見て、フィオナは苦笑した。




