19 差し出した手の行方
ファニーさんはこだわりのある人なんだ。職人って感じがして、これなら安心して任せられそう。
「はい。わかりました」
「うん、よかった〜! さっすがシャイニングプリンセス!」
なにがさすがなのだろう? そう思っていると、採寸をしているお針子の一人が透子に言った。
「お嬢様、心配する必要はありません。ファニー様はあのような変人ですが、腕は確かです。お任せください」
透子はその言い方に、思わずくすくすと笑って返す。
「大丈夫です。信用することにしましたから」
するとお針子は目を見開き透子の顔をじっと見つめた後、優しく微笑んだ。
「さようでございますか。さすがお后になられる方です」
「いいえ、私は候補です」
するとお針子は首を横に振る。
「ファニー様はお嬢様を選びました。それが答えです」
「そうでしょうか?」
二人はファニーを見つめた。ファニーはこちらの視線をまったく意に介さず、何事かつぶやきながら行ったり来たりしている。
その様子を見て、透子もお針子も顔を見合わせくすくすと笑った。
採寸が終わると、ファニーとドレスのデザインについて大まかな話をした。といっても透子はどのようなドレスにすればいいのかまったく見当もつかず、とりあえず自身のフルール・サリエンテにスズランを選んだことだけ話した。
「シャイニングプリンセスってば最高! スズランを選ぶなんてさぁ、自分のことをよくわかってるっていうか〜。とにかく、あとは僕に任せて! とっておきのドレス用意しちゃうよ!」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
ファニーはスケッチブックを取り出し、真剣な顔でデザインを素早く描き始めた。お針子が透子に声をかける。
「お嬢様、ファニー様はこうなったらしばらく誰の言葉も耳に入りません。今日はもうお部屋に戻られても大丈夫でございます」
「そうなんですか? わかりました。では私はこれで失礼しますね」
透子は何事かつぶやいているファニーに軽く会釈をして廊下へ出ると、待っていたレオンに声をかける。
「今日はもう終わりみたいです」
「わかりました。では行きましょう」
二人は並んで廊下を歩きだした。
「今日は早く終わったのですね」
「そうなんです。専属のデザイナーさんを紹介してもらったんですけど、私のデザイナーさん変わった人で……」
そう話しているところで、角の先から話し声が聞こえた。透子は口を閉じ、思わずレオンと顔を見合わせると、その先をそっと覗き込む。するとカイがこちらに背を向け、青年と話していた。
その青年は、わずかに癖のある金髪を短く整え、澄んだ碧眼を持ち、隙のない端正な顔立ちをしている。
透子は思わず目を奪われた。仕立てのよい衣服を上品に着こなし、何気ない所作にまで育ちのよさがにじんでいる。
どこかの貴族子息だろうか? そう思ったとき青年が透子に気づき微笑んだ。
青年の視線に気づいたカイがこちらを振り向き、透子は思わず頭を下げた。
「透子、なぜここに? カミラの授業は終わったのか」
透子は顔を上げて答える。
「はい。なのでこれから部屋へ戻るところです」
「そうか……」
しばらく沈黙が続いたところで、後ろにいた青年がわざとらしく咳払いをした。すると、カイははっとした様子で言った。
「透子、この方はアレクシス・ヴァレンティス王太子殿下であらせられる」
その台詞に驚き、透子は慌てて頭を下げたが、カミラの授業内容を思い出し、ぎこちないカーテシーをした。
するとアレクシスはくすくすと笑って言った。
「透子、君は私の前でかしこまらなくていい。お后候補なのだから」
「は、はい!」
「よろしく」
そう短く返すと、アレクシスはカイに向き直る。
「じゃあカイ、この資料を資料庫へ戻しておいてくれ」
アレクシスは抱えていた書類をカイに差し出した。カイは驚いたように目を見開き、少し躊躇したのちその資料を受け取ると頭を下げた。
「承知しました」
「うん。頼んだよ」
アレクシスは透子に視線を移して言った。
「透子、またいずれ」
「はい」
透子が頭を下げると、アレクシスは頷き、楽しそうにそこから去っていった。
透子は自分の伴侶となるかもしれない青年の背中を目で追いながら、思っていたよりも優しそうでよかったと胸をなで下ろした。
それにしても、なぜ王太子殿下はこんなところにいたのだろう。
「ところで透子」
急に声をかけられ透子は我に返り、カイをまっすぐ見つめる。
「はい。カイ先生、なんでしょうか」
カイは少し言いづらそうに視線を逸らす。
「昨日は理由も聞かず、少々言い過ぎた。事情については報告を受けている。きつく言ってすまなかった」
報告してくれたのはレオンさんかな? それにしても謝ってくれるなんて、もしかして昨日怒ったのは私を心配してたから、とか? まさかね。でも……。
透子は改めてカイに言った。
「いいえ、ちがいます。私がいけなかったのです。叱られて当然でした。心配してくださってありがとうございます」
するとカイは多少面食らったような顔をしたが、少し間をあけて口を開いた。
「そうか……。うん、心配した。今度から気をつけろ。では私はこれで失礼する」
カイはぎこちない動きで踵を返し、資料庫と反対方向へ歩きだした。透子は慌てて引き留める。
「すみません。カイ先生。その資料を資料庫へ運ばなくてよろしいのですか?」
するとカイは立ち止まる。
「もちろん、持っていく」
だが、資料庫は逆方向だ。
どうしたんだろう?
不思議に思いながら見つめていると、カイはその場に立ち止まったまま微動だにしない。手に抱えた書類が一枚二枚と零れ落ちた。透子はそれを拾い上げると恐る恐る質問する。
「あの、カイ先生、資料庫の場所はご存じですか?」
カイはしばらく書類をじっと見つめた後、気まずそうに答える。
「資料庫はこの先でよかったか?」
透子は完璧なカイにも少し抜けたところがあるのだと、なんとなくほっとした。
「カイ先生、差し出がましいことかもしれませんが、私が資料庫まで案内しましょうか? その、資料庫は私の部屋へ行く途中にあるので」
「そうか、わかった。頼む」
透子は頷くと、さらに何枚か書類を持とうと空いている手を差し出した。
そのとき、カイは無言でその手を取った。透子は驚いてカイの顔を見上げたが、カイも不思議そうに透子を見つめ返している。
もしかして、カイ先生は私が手を引いて案内すると思ってる!? だったら今、私がここで手を離したら、カイ先生が恥をかいちゃう。
透子はなんとか笑顔を作る。
「では、行きましょう」
そうして、透子はカイの手を引いて歩きだした。




