18 月虹の贈り物と新たな出会い
部屋へ戻ると、ルゥは去り際に透子にペンダントを渡した。
「これ、プレゼント。なにかあったときに透子を助けてくれるから、身につけておいて」
受け取ると、それはレインボームーンストーンのペンダントだった。
「こんなに高価なもの、もらえないよ」
「そんなに遠慮しないでよ。僕が君にあげたいの!」
透子は少しむくれているルゥを愛しく思いながら頷いた。
「うん。わかった。ありがとう」
ルゥは嬉しそうに微笑んだ。
「えへへ、気に入った? その、感想とか聞かせてほしいな……」
感想? 透子は少し違和感を覚えたが、そんな言い方もルゥの個性なのかもしれないと考えながら答えた。
「もちろん、とっても素敵なデザインだし、それにこの青みがかった色がすごい綺麗」
「ほんと? その石好き?」
「うん、気に入った」
「よかった〜」
ルゥはほっと息をつくと満足そうに頷く。
「じゃあ今日はもう遅いし帰るね!」
「気をつけてね」
去っていく背中に透子が声をかけると、ルゥは振り返って両手を振り、帰っていった。
素敵だったな〜。
透子はミルトドロップの瓶を見つめ、しばらく余韻を楽しんだあと、それをサイドテーブルに置きベッドへ潜った。
透子は見慣れない部屋にいた。
ここは……、こんな部屋あったかな?
目の前に本棚が並んでいる。
図書室かな? それにしても城内にこんな場所あったっけ?
そのとき背後から男性が透子の体をすり抜け、本棚に向かって歩いて行く。
「え、嘘? 今のなに?」
思わずそう言うが、その男性には声が届いていないようでこちらには見向きもしない。
もしかして、また夢を見てる?
透子は目の前の男性を見つめた。
この人、この前夢の中で、救世主になれるとか言ってた人かも。
その男性はなにか考え事をしているようにうつむき加減で、目の前を行ったり来たりしていた。男性は突然立ち止まり、顔を上げる。
「そうか、そういうことか!」
男性は机に向かいなにかを探し始め、ある一枚の書類を手に取った。
「これだ。これはそういうことだったのか……。カル、すぐに来てくれ!」
呼ばれて、一人の若者が部屋へ入ってきた。
「はい、レグナート様。一体どうされたのですか?」
「西の丘に置いたエネルギースケールの数年分のデータを持ってきてくれ。これでわかるかもしれない。なぜこの世界のエネルギーが消えていくのか」
「レグナート様、それは本当ですか? わかりました。すぐにデータを揃えてお持ちします」
カルはすぐに部屋を飛び出して行った。レグナートはそれを横目に、羽根ペンを手に取ると、一心不乱に計算式を書き始めた。
そこで目が覚めた。
やっぱり夢だった。ヴァレンディアに来るまであんな夢見たことないのに。なんだろう? それに、レグナートって一体……。
やけにリアルな夢だった。
なにか意味があるのかな? でも、夢は所詮夢だよね。
ふと横を見ると、そこにミルトドロップの入った瓶が置いてある。昨夜の出来事を思い出しその瓶を手に取ると、ドロップを一つつまんで口の中へ入れた。
「美味しい。少しずつ食べないと、すぐになくなっちゃう」
透子が瓶を元の位置へ戻したところへフィオナがやって来た。
「透子様、おはようございます」
フィオナはミルトドロップの瓶に目を止めた。
「それ、ミルトドロップですよね。どなたかからのプレゼントですか?」
「えっと、そんなところです」
「そうですか。よかったですね。とても希少なものなんですよ。特定のヤドリギからしか採れないので」
「そうなんですか?」
「はい。それをそんなにたくさんプレゼントされるなんて、その方はよほど透子様のことを思っていらっしゃるんですね」
透子はそれを聞いて、ルゥが案内人と言っていたことを思い出す。
案内人だから、あの特別な場所を知っていたのかな? ルゥってなんか不思議な存在。
「透子様。どうされたのですか? ぼんやりなさって。昨日のお出かけでつかれていらっしゃるんですか?」
「いいえ、ちがいます。大丈夫です。早く支度しないとですね」
透子はベッドから出た。
身支度を整えるとレオンが来るのを待ち、いつものように教室へ向かった。
この日はカミラの授業だった。昨夜カイに怒られた透子は、顔を合わせずに済むことにほっとした。
カミラが来るのを待っていると、ギリギリの時間になって留里が教室へ入ってきた。
「ヘックシュ!」
留里は大きなくしゃみをすると、透子を睨みつける。
「やだ、透子の近くに来たら鼻がムズムズする」
ひどい言いがかりだと思い、無視していると留里は勝手にしゃべり始めた。
「そういえば、昨日の夕方、気持ちの悪い化け猫が部屋に来たのよね。留里、猫アレルギーだから適当に追い返したけど。あんな化け物も、みんな留里に引き寄せられちゃうって、本当に嫌。ヘックシュ!」
留里は鼻をすすりながら透子の横顔を見つめ、続けて言った。
「あんたはそういうことないだろうから、気楽でいいかもね」
留里は鼻で笑った。まだなにか言おうとしていたが、ちょうどそのときカミラが教室に入ってきたので、留里は口を閉じた。
「今日はこのヴァレンディアの歴史と、お茶会のマナーについて説明するわね。まずは歴史から」
留里が叫ぶ。
「そんなのつまんなーい」
「あら、じゃあ退屈しないように話すわね」
「先生がそう言うなら聞くけど。つまんなかったら留里、部屋に帰る」
「じゃあ尚更、私は頑張らないといけないわねぇ」
カミラは微笑むと話し始める。
「昔、この世界の危機にラ・ヴェルが訪れる。ラ・ヴェルはこの世界が安定するよう、霊石である『ザ・シール・ギヴン・トゥ・ザ・クイーン』を人々に授けた」
カミラはそうやって、物語のようにこの世界とヴァレンディアの歴史を話してくれた。気づけば、透子はその話に聞き入っていた。
一方の留里は、相変わらず退屈そうに頬杖をついてあくびをしていたが、一応話は聞いているようだった。
話を全て聞き終わると、まるでファンタジーものの映画を観たような気持ちになった。
でも、これは現実の話なんだ。透子は自分が物語の中に入ったような、そんな感覚にとらわれ、しばらくその余韻に浸った。
授業内容はヴァレンディアの歴史やお茶会のマナーで、ようやく一通りのことを学んだ形となった。
「次からは実際にドレスを着てレッスンするわね。それが終わったら、実際にお茶会に参加してみましょう」
留里が瞳を輝かせた。
「本当に? やった。退屈な授業も終わるし、これで他の貴族たちに留里のことを知らしめることができるじゃん。透子とまた差が開いちゃうかも」
留里はそう言って透子の顔を見た。透子はそれに動じず、無視を決め込むとカミラに質問する。
「カミラ先生、ドレスはどうすればいいでしょうか」
「あら、ちょうど今その話をしようと思ってたの。今日このあとデザイナーに会ってもらって、どんなデザインにするか相談してもらうことになってるの」
今度は留里が手をあげ、カミラへ質問する。
「先生、そのデザイナーって有名な人なんですか?」
「もちろんよ。二人にはそれぞれ専属のデザイナーがつくことになってるわ」
「やったー!」
留里は勢いよく両手を突き上げた。
「では紹介するわ」
カミラがそう言った瞬間、扉が勢いよく開かれピンク色の人物が教室内に飛び込んできた。
「ヤッホ〜! やっと紹介してもらえる! もう、僕待ちくたびれちゃったよぉ。僕ファニー! よろしくね!」
ファニーは大きなピンクの羽根がついたピンク色のシルクハットをかぶり、ピンクの燕尾服を着た金髪碧眼の男性だった。
留里はその人物を見て、明らかにドン引きしている。ファニーはそんな留里には目もくれず、一直線に透子に駆け寄る。
「やぁ、僕のシャイニングプリンセス。ちょっと立ってみてよ!」
ファニーは透子の手を取り、立ち上がらせるとその周囲をぐるぐると回りだした。
「わーお、最高! インスピレーション湧きまくり! 僕何枚でもドレスのデザインしちゃうよ!」
留里が不満そうな顔で口を開いた。
「先生、この人が留里たちのデザイナーなんですか?」
「えぇ、そうよ。でももう一人いらっしゃるの。オデット・ロシュフォール様よ。ロシュフォール様、どうぞお入りになって」
部屋に入ってきた人物は、ファニーとは正反対で隙なく整えられた美丈夫だった。淡い亜麻色の髪を端正になでつけ、灰青の瞳には相手を一瞬で見抜くような鋭さがあった。華やかというより、仕立ての良さそのものを人の形にしたような男性だった。
「ご紹介に与りました、オデット・ロシュフォールと申します。私はあなた方お二人のうちどちらかのデザイナーを務めるよう仰せつかっております」
留里が手をあげて言った。
「だったら、あのピンクのデザイナーは透子がいいみたいだし、ロシュフォール様は留里のデザイナーでいいんじゃないですか?」
カミラは困ったように答える。
「本当は相性をみてからって話だったのだけれど、ロシュフォール様はそれでもよろしいかしら?」
オデットはしばらく留里を見つめ、ため息をついた。
「早いもの勝ちのようになってしまっていますが、いいでしょう。ファニー殿は諦めないでしょうし。私が折れるしかありませんから」
オデットは留里に手を差し伸べ微笑む。
「留里様、よろしくお願いいたします」
留里は瞳を潤ませ、上目遣いのまま差し出された手をおずおずと握ると頬を赤らめた。
「はい。あの、こちらこそよろしくお願いします。留里、ロシュフォール先生が担当で嬉しいな」
留里はうっとりオデットを見上げた。オデットは優しく微笑んで、留里の手の甲に挨拶のキスをすると素早く手を引っ込めた。
「それはよかった。では、具体的な希望を聞きたいのですが」
留里は立ち上がり、オデットの腕に手を絡ませた。
「でしたら、留里の部屋でお茶を飲みながらゆっくりお話ししませんか?」
オデットは困ったような顔をしたが、留里はお構いなしに強引に引っ張って行った。
一方のファニーは、留里に目もくれず興奮した様子でずっと透子を観察しながらウロウロしていた。
突然立ち止まると、その場で大きく手を叩く。するとお針子たちが教室へなだれ込み、透子を取り囲んで採寸を始めた。
「あの、前に採寸は終わっているんですが」
「ノンノン! 僕はちゃ〜んと自分たちで採寸しなきゃ納得できないよ〜!」




